第13話-応えたい



 ロートのナビゲートのおかげでオウカとウォルは合流することができた。

 その間に、ティスの子機も回収した。子機への命令も切れていたため、ティスの敗北が濃厚となった。彼女自身は生きているかもしれないが、機体は大破しているだろう。

 オウカとウォルはその事実を聞いても動揺しなかった。これが模擬戦であることはわかっているし、彼女らは同じようなことを何度も経験している。何より死生観が違う。

 相手の機体は残り四機。うち親機は一機だ。

 稼働できる機体の数だけで見れば五十七小隊の方が多い。五十七小隊の方に分があると見ていいだろう。

「合流も済ませた。次は敵を倒す。無人機を放っているが、通路の多い構造体だ。中々、見つけられないな」

「こちらのセンサーにも反応はありません」

「恐らくどこかに潜んでいるんでしょうね」

 ウォルの推測が正しいようにロートには思えた。これだけ準備していて、慎重ではないということはないだろう。

「リテッソというのはどんな子なんだ?」

「第一小隊のリーダー的存在です。容姿等のデータは閲覧できると思いますが」

「それは見たよ。君たちの意見を聞きたいんだ」

 リテッソの容姿を一言で述べるとギャルだった。日焼けした褐色の肌に白のウィッグが入った金の長髪、細眉で目が大きくどことなく強気な印象がある。

 軍のデータベースに登録されている写真は硬い表情をしているものがほとんどだが、リテッソは気だるそうにしていた。見た目だけ見れば緻密に計画を立てるタイプには見えないが、実際のところそうなのだから関係ない。

「悪戯っ子ですね」

「ああ、そして悪知恵が働く」

 オウカとウォルが濁すことなく評した。

 ウォルはともかく、温厚なオウカまでそう言うのだからよっぽどなのだろう。そこまで言われてロートは思い出した。お仕置きでティスをこそばしていたのがリテッソだ。

 なるほど、そういう雰囲気がある。

「こういう手を使ってきても不思議ではない、ということか」

「はい。むしろ、らしいと言うべきかと」

 ウォルの返答に、ロートは唸るはめになった。

 こちらに分があると考えていたが、それは改めないといけないかもしれない。

「知っていたティス、アンタの顔って人気なのよ。本気で悔しがるかららしいわ。そういうわけで私的なカメラで撮影してあげる。高値で売れるのよ、人気者って。ここはほら、偶然船との通信も繋がらないから。違反もばれないしね」

 突如聞こえてきた声はオウカとウォルのものではなかった。

「リテッソ」

 オウカの呟きで、ロートも声の主を特定する。

「この模擬訓練場はね、元々第六軍団のものだったのよ。意味がわかるかしら?」

「さあ? あんな下品な番組見ないからね」

 ティスの声だった。声は相変わらず強気で、致命傷ではないようである。

「有料チャンネルぐらい見なさいよ。お子様に説明してあげるとね、この構造物には第六軍団が所有していた時に使われていた人工物が存在しているの。もちろん、お仕置き目的のね。それがこれ」

 ロートは声の聞こえてくる位置の特定をし、そこに無人機を送る。

 オウカとウォルにも座標とそこまでのルートを送信しておいた。

 三人の間に声はいらなかった。ティスが生きている。そうであれば助ける以外の選択肢はない。オウカとウォルだけでなく、ロートもそのために動いていた。

 リテッソがいる場所は構造体の最奥で、通路は一つしかないようだが吹き抜けになっている広間だった。なので、すんなりと上から無人機を入れることができる。

 その映像をロートはオウカに送り、オウカからウォルにリンクしてもらう。

 ティスは五体満足で生きていた。泥などの汚れはあるが目立った外傷はない。だが、拘束されている。縄で腕を縛られ、壁に刺さったナイフの柄に吊るされていた。

 リテッソの姿は見えない。どうやらオフナーマの中にいるらしい。

 中には五機のオフナーマがあったが、二機は破壊されていた。一機は敵の親機で、もう一機がティスのものだ。一機のオフナーマは跡形もないほどスクラップになっており、ティスのオフナーマはそれほどではないが修理が必要なほど壊されていた。

 リテッソ側のオフナーマは前衛の親機と子機が一機、後衛の子機が一機という編成だった。どの機体も傷を負っていた。中でもリテッソの親機は片腕が破壊されている。ティスの善戦が窺える。

「ナメクジっていう生物を模したものらしいわ。もちろん、第六の、アンタの言葉を借りるなら下品さがプラスされた代物だけどね」

 そう言い、片手のオフナーマで親指から薬指を使って朽ち木を持ち上げ、小指で朽ち木の裏面にへばりついていたナメクジを一匹取った。

 すると朽ち木を下し、慎重に小指をティスの右太ももに擦った。それにより、小指にいたナメクジはティスのズボンで潰れる。これで終わりだと思っていたが、突然ティスのズボンが落ちた。よく見ると右側の太ももより下の部分が落ちたらしい。

「こういうこと。衣類だけを溶かすんだって。ほんとお下品ね」

 高笑いするリテッソをティスは睨みつけていたが、体を震わせて俯いた。

「あら、そんなに早いんだ」

「なに、したのよ」

「なんのことだか?」

 リテッソはすっとぼけた声でそう言い、オフナーマの肩まですくめてみせる。

 彼女が嘘を言っているというのは一目瞭然だ。なぜなら、ティスの様子はおかしくなる一方だった。下唇を噛んで何かを堪えるように、内股になって太ももを擦り合わせている。

 ロートは尿意だろうか、と思って目をそむけたいようなそむけたくないような揺らぎを感じた。不謹慎なことを思う自分に嫌悪していると、ウォルから通信が入る。

「あれは痒くなるんです」

「どういう事だウォル?」

 努めて冷静にロートは問う。

「衣類を溶かされた箇所が痒くなるそうです。それで、そこを掻くことが気持ちよくなるような薬物に近い成分があれにはあるんだとか」

 ウォルがどうして有料チャンネルのことを精通しているのかという非常に興味深い議題を保留して、ロートは尋ねる。

「あれだけでそんな効果があるのか」

「みたいですね。恐らく、体全体に這わされた日にはヒドイことになるでしょう」

 救出を急がねばならない、とロートは思ったが違和感を覚えた。高値でティスの恥ずかしい映像が売れるからといって、相手も生き残っている状態でこんなことをするか?

 罠を張るのは狡猾さと臆病さによるもの。そんなリテッソが敵を放っておくか?

「ほら、ウォルに助けてって通信しなさいよ。もしくは投降を促してもらってもいいわ。あ、アンタの子機を操作して後ろからウォルを倒すのもいいわね。そうすればアンタのお仕置きは昔のよしみで回避してあげる。ウォルをイジメるほうが慣れ親しんだアンタより楽しそうだし。前回でよく知っているんだから。こそばいのは弱いでしょう?」

「だま、されない」

 息も絶え絶えといった様子だったが、ティスは目に闘志を灯してリテッソを睨みつけた。

「ウォルにはね、恩義を、感じているの。いいえ、あの隊、全員に、よ」

 ハッと鼻で笑って、ティスは馬鹿にするような態度を取った。

「だから、売らないわ。五十七小隊、万歳、よ」

 リテッソのオフナーマが拳を固め、ティスへと振りかぶる。

 叩いたのはナイフの柄だった。仲間がミンチになる瞬間は見なくて済んだが、深くそして角度をつけて刺さったせいで、ナイフに吊られているティスは柄を滑っていく。

 だが、どうにか落ちることなく引っかかった。

「この下にはね、さっきのナメクジがうようよいるのよ。それでも落ちたい?」

「悪くないわね、楽しそう」

 もう一度リテッソは拳を打ち付けた。

「冗談じゃないわよ」

「でしょうね」

 ティスは太もも同士を擦りつけながらも、リテッソをしっかりと睨みつけた。

 彼女は我慢して唇を噛み締めていたせいで、口端から血を流していた。そのおかげで痒さを感じにくくなったのか、ハッキリと言う。

「さっさと、殺しなさい。二人なら十三小隊にだって勝てるもの。もちろん、あんたたちなんか、瞬殺よ。ウォルだけじゃなくオウカもあたしよりすごいわ。あの子たちはあたしみたいに、焦ったりしない。あの二人はどのポジションでもできるんだから。前衛ぐらいしか適性のなかったあたしに合わせてくれたの。そんな二人は一人いなくなった程度じゃ負けない。卑劣なリテッソなんかには特にね。あんたはポンコツと言ったけれど、あたしたちを最大限活かしてくれる隊長もいるし、負けが見えないわ、ほんと」

「アンタ」

 リテッソの苛立った声を聞いて、ロートは違和感の正体に気づいた。

 敵の目的は実力では倒せないウォルを倒すためにティスを人質に取ったのだ。

 が、その策も潰えた。ティスには人質としての価値はない。あとは上手くいかなかった苛立ちをぶつけられるだけ。ティスの行く末は決まっているようなものだった。

 それは彼女自身もわかっているはずだ。にも関わらず、ティスは強気な声で罵る。

「もう、あんた達の策略には乗らないわ。あんた達から聞かされた噂のせいで頭に、あたしの事をウォルが馬鹿にしているというのがあった。内定が決まっているからウォルは手を抜いているなんて馬鹿みたいなこと考えてしまった。でもそれは嘘だったわ。彼女はそんなこと考えてない。真剣に取り組んでいる。もうね、あたしたち三人、いいえ四人はね、団結できているの。だから、仲間を売るなんてあり得ないのよ。ほら、さっきまでの威勢はどうしたの。ウォルに負けるってよくわかっているからこうしてビビってるんでしょ?」

 無言でオフナーマが動く。今度はナイフではなく、ティスに指を、拳を向ける。

「ウォルとオウカはここまで一分近くかかるわ。それだけあればアンタを調理することは簡単よ。ええ、こうなったら道連れよ。勝たせてくれないなら役に立ちなさい、ティス」

 オフナーマの小指をティスの背に這わせ、ゆっくりと引いていく。それは地面まで降りていく。下にはナメクジがたくさんいる朽ち木が転がっている。落ちればひとたまりもないだろう。

「五十七小隊万歳! 万歳! ゴー! ナナ!」

 悲鳴に近いティスの叫びが響く。勇気を奮い立たせこれから身に降りかかるであろう屈辱を覚悟する。

「そんなために、ボクは掛け声を教えたんじゃない」

 舌打ちと共に、苛立ちの台詞が突いて出た。故に、ロートは飛び出ていた。

 ロートは軍人という意識が薄い。戦場から遠退きたいから転職したいと思っていたほどだ。そのため、隊長として規律を守る大切さも、隊長としての責務も薄い。保身も責任もない。縛るものはない。頭にあるのは一つだけだ。素直な感情だけだ。

 あの子たちに応えたい。転職を考えていた彼はもういない。

 今のロートにはこの勝敗に自身の生死が委ねられていることを失念していた。その場の勢いで生きてきた彼らしい愚かさ。

 ただただ、応えたいという気持ちがロートを突き動かす。これからの人生を三人と彩ると決めた。そこに汚点を作ろうとする存在を許すわけにはいかないし、見過ごすのもあり得ない。ここでのティスの体は仮初のものだ。が、心は変わらない。それを汚すというのなら――。

 ロートの頭で焦燥が破裂する。ついに身体を作動させる。とっくに準備はできていた。既に突入できるよう船を近づけてあった。

 船から五体を以て飛び出す。船よりもしっくりくる。今のロートには体がある。それは些か人よりも大きく、頑丈で、戦闘向きだった。

 ティスたちがいる広間の上からスモークグレネードを投げ入れ、三点射撃をリテッソに掠らせ親機をティスから引き離した後、後衛の子機に向かってありったけの弾薬を叩き込みながら降下する。他の機体が照準を船の本体であるオフナーマに、ロートの体に向けた瞬間、防御膜を張った。

「隊長!」

 明らかに弾んだティスの声を聞いて、ロートは心から安堵した。

「ああ、隊長だ。モグラ叩きの鑑賞は暇だったんでね、ゲスト参加だ」

「もぐら叩き? いや、そんなことより戦えるんですか?」

「そんなわけないだろう?」

「え?」

「聞こえているな、オウカ、ウォル。私は戦えないが、飛び出した。意味がわかるな? 負けたくなければ、私を助けに来い!」

 防御膜の作動時間がみるみるうちに減っていく。

 ロートは宣言通り戦えなかった。手足のようにオフナーマを扱えるが、この状況を切り抜けられるほどの戦闘スキルはない。

 単純な射撃であればシステムの補助もあるのでできる。が、適切な武器を選択し、相手の攻撃を予測し掻い潜って倒すなんてことはできやしない。戦闘の素人だ。口だけならどうにかなるが、戦場に出るとなると話は変わる。偽るのも限界だ。戦闘に関しては正真正銘のポンコツであった。

 それでも出来ることはする。ゆっくりと後退してティスが囚われているナイフを背で固定する。ロートに出来ることと言えば、オフナーマを盾にしてティスを守るぐらいだった。

「ロート隊長!」

 ウォルの声が響いたと同時に、相手の子機が脇から銃撃を受け崩れ込む。リテッソは後ろに跳びながら通路に銃弾を叩きこもうとするが、ウォルの銃弾に掠って中止を余儀なくされる。子機の方が通路へと照準を向けたが遅い。通路を抜けてきたオウカにタックルされ体勢を崩す。そこにオウカのナイフが煌めき、子機の方は行動不能となった。

 リテッソは腰に装備していたナイフを抜いて、自分の胸に刺そうとした。すかさずロートが彼女のオフナーマの懐に入り、右腕で相手の腕をつかんで左の肘を相手の肩関節へと上に打ち抜いた。

 その後ウォルの援護で、リテッソは足も潰され達磨状態になった。

「隊長、戦えるじゃないですか」

「オフナーマの扱いが下手というだけだ。それにこれは戦闘なんてもんじゃない。ただの喧嘩だ。全然洗練された動きじゃない」

 謙遜ではなかった。ロートにはどうしてもリテッソを逃したくなかったのだ。だから、自殺に気づいた瞬間無我夢中で止めていたのである。上手くいったのは偶然だった。

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