第12話-三戦目
三回目の相手は第一小隊だった。今回もウォルを警戒してのことだろう。戦闘地は構造物だった。もちろん、オフナーマが動ける大きさの構造物だ。色んなところに抜け道がある。それも人サイズではなく、オフナーマの。
「達する。今回の戦場は構造物だ。恐らくダムと坑道がくっ付いたものだろう。その中に潜んでいるようなので、狙撃はできない。ドローンを送った所、通信も繋がりにくいようだ。サポートであるオウカだけしか通信が通じない場合もあるだろう。そのため君が今回の要だ、オウカ」
「恐縮です」
大きな声でオウカは返事をする。士気は上々といったところだろう。
「第一小隊は君らが前回に敗北した敵だ。屈辱を晴らしてこい」
「はい」
三人の声が重なる。ティスがひと際、大きな声で言った。そのことが気になって、ロートはデータベースにアクセスする。第一小隊はリテッソ、パゼア、マフバールの三人で、彼女らは資料によるとティス知り合いのようだ。家が近く幼馴染みのようなものらしい。
家といっても、あの箱のことだ。それが隣に配置されているというだけである。昔は箱の並びで自由時間が与えられていたので、接触時間を多いという意味では関係がある。
今までの敵とは違い、浅からぬ縁のある敵のようだった。
しかし、ロートの頭はティスのことで一杯一杯だった。
彼女だけがロートと似た死生観を持っていた。そのせいで、ティスとウォルとすれ違っていたのだ。彼女らは死を恐れていない。だから、自分のように死が怖いから努力しようと焦ることがなく、本気でやっていないのだと。
成績のこともあるだろう。この世界は成績によるポイントで今後の進路が選べる。ポイントが高ければ高いほどいい装備を、いい配属場所を得られる。彼女らは生まれた時からそれを徹底してきた。視聴率による軍団の懐事情、模擬戦ですら順位で装備を選んでいく。
まだ訓練の段階であっても、ポイントは意識せざるを得ないほど身近にある。いいや、訓練の前からだ。何せ国営放送で軍の競争を流し続けているのだ。意識しないわけがない。
既に成績上位者である二人はポイントが多い。しかし、ティスは違う。彼女だけは装備を整えられず、戦場も選べない。それは恐れている死が近くなるということだ。少女であっても彼女はそのことを嫌というほど理解している。だから、焦る。じっとなんてしていられない。選ぶこともできず、成績も小隊を組む前は最下位。今でこそ違うが、それさえロートが伝えなければ、彼女は自分の実力が上がっていることも知らなかったのだ。
自分が弱いから負ける。小隊の仲間は死生観が、成績が違うから頼れない。故に少しでも強くなりたいと願い、自身を追い込む。誰かを思う余裕など削ぎ落とされる。
そんな状況で負け続け、自分と同じ焦燥がない人間を、ポイントの余裕のある人間を仲間だと思うのは不可能だろう。
ロートは簡単に焦っていると、ティスに言った自分を殴り付けたかった。焦りだって?
そんな生易しいものじゃない。死の恐怖に晒され、何度も打ちのめされお仕置きという屈辱を与えられ続け、仲間もおらず一人で疎外感を抱えてきた。そんな少女にボクは何を言ったんだ? 教育者ぶって何を言いやがった?
今の体が機械でよかったとロートは心の底から思った。そうじゃなかったら、まともに仕事なんてできやしない。
無事に降下を済ませたが、懸念していた通信の不備があった。ロートはオウカと送受信できるが、他の二人とはできない。ティスとウォルはできないが、彼女らはオウカとならできる。彼女のオフナーマのみ、通信機器がワングレード上のものだからだろう。
つまり、オウカだけが全員と通信できるのだった。けれども音声のみで、映像のリンクはできない。映像の方もできなくはないが、距離が限定されていた。
計器の類も正確に使えないらしく、聴覚による察知、目視による確認が普段よりも重要になってくる。
「定時報告」
「どうぞ」
オウカからロートに定時報告が来る。五分おきに誰がどこにいてどういう状況かという報告を受けることになっていた。オウカが戦闘中の二人に指示する方が重要なので、自分への報告は後回しにするようにとロートが言ったのだ。偽の将校であるロートより、軍団兵と鍛え上げられてきた彼女たちの方が戦場での正しい判断ができる。
「敵の反応はなし。進度は予想の八割です。狭い道が多く、一列にならないといけなくて子機による安全確保、その後の移動となると時間が掛かりますね」
「了解した。健闘を祈る」
「ありがとうございます」
次の報告は四分遅れてされた。
「報告します。罠にハメられ、全員分断されました。私とウォルちゃんは無事に相手機合わせて五機、うち二機は親機を破壊しましたが、ティスちゃんとの連絡がつきません」
「オウカとウォルの損害状況は?」
「戦闘に支障はありません。ですが、私もウォルちゃんも子機が通る前に通路を閉じられたので、子機は後退しかできない状況です。他の入り口から合流させることもできると思いますが、この構造物は入り組んでいて」
「わかった。オウカの子機は後退させ、警戒に当たらせつつ通信の中継機として活用する。指定するポイントに移動させたのち、このラインを活かしてこちらにモニタの映像を送れ」
「了解です」
ティスの安否がわからない。
これは模擬戦では彼女らの生死に関わらないとわかっていたが、ロートの胸中は激しく揺れていた。
機械の体のはずなのに、動揺を感じている。姿形が機械でも、己は人間であるのだと強く証明してくれているようにさえロートには思える。
だったら自分ができることをしなくてはならない。自分で考えてこそ人間だ。
通信から八分後、オウカの子機が配置についたため、彼女のモニタが船に同期される。と同時にそれまでの映像も送られてきた。
これから見るのはティスがやられる瞬間だ。その前の彼女たちが分断された瞬間の映像も残っている。先行させたティスの子機が通路で分断され、他の道をウォルの子機が確認している途中に分断される。オウカははぐれないよう三人で行動することを提案し、彼女の子機を一機ずつ使い進路を確認していった。
「かなり念入りに準備している様だ」
通信が不調なので、ウォルはスピーカーにして話していた。
立ち止まっていれば敵に位置を知られる危険はあるが、歩きながらなので足音よりも小さいし問題はない。
「迂闊でした」
オウカの声は沈んでいた。勝ちが続いていたし、どこか浮かれた所があったのだろう。
今回の場合は警戒していても無駄だっただろうが、彼女はまず自分を罰することが始めた。そういう女の子なのだ。
映像を見ているロートからすれば、自分が悪いのだと思う。自分が無策に第一小隊と戦わせたからだ。この場に入った時点で悪手だった。
「けど、子機を分断するだけよね。破壊された様子はないし。どういうつもりかしら?」
ティスが沈みかかっていた話題を変えた。
「ああ。こっちもそうだ。不気味だな」
「ともかく一度、隊長さんに連絡しましょう」
「そうだな。この通路を抜けてからにしよう。ここは狭い。まともに武器も振り回せないし、戦闘となるとまともに逃げられない」
ウォルの指示にティスのオフナーマは頷きを示した。恐らく、オウカも同じようにしていたのだろう。彼女の視点での映像なのでわからないが。
通路の先はまた通路だった。本当に入り組んでいる。
「三股か」
「そうみたいね、ウォル。オウカ、どうする?」
「まずは通信してみよう。私たちじゃここを通ることしかできない」
「じゃあ警戒しておくわ。あたしはこっちを、あっちはウォルが、残りはオウカの子機で」
「了解した」
ティスの指示で全員が配置についた途端、通路に轟音が響く。
通路の浅い部分にいたが真上か真下で起爆したのか、自分の子機が進んだ奥に行くことを余儀なくされ、その衝撃によりオウカの機体は通信どころではなくなる。
すぐさまオウカは機体を起こし、異常がないかをチェックしたが損傷は軽微だった。
「ティス、久しぶりね」
「リテッソ、あんた」
ティスの通路から声が響いてきた。スピーカーで話しているにしても大きい。
「よくここまで生き残ってたわね。今回の司令プログラムって記憶のないポンコツなんでしょう? お揃いね。ウォルも訓練ではお上手だったみたいだけど、実戦ではアレみたいだし、ティスもついてないわね」
「リテッソっ!」
ティスの咆哮と共に金属がぶつかる音が響く。一度、二度、三度、音からの推測でしかないが近接武器で鍔迫り合いを行っているのだろう。
オウカは子機を走らせる。通路から出て、大きめの広間まで安全を確認してからオウカも中に入った。
広間にはまた三つの通路があった。ティスの戦闘音は続いている。
立ち止まっている暇はなかった。
オウカは子機を二つの通路に進ませ、自分も一つの通路に入る。
すると、オウカの出入り口が爆破で封鎖された。敵はオウカを一機だけでこの奥に招待したいらしい。
腕に搭載されている防御膜を作動させ、通路を駆け抜ける。
防御膜とはオフナーマに装備されいている武装の一種だ。腕から出る泥のような物体のことで、銃弾などの衝撃を受けた瞬間にそれを包み威力を分散させる。模擬戦でオフナーマに搭載されているほとんど火器であれば至近距離でも防御可能だった。唯一の例外として後衛機に搭載されているスナイパーライフルだけは、距離にもよるが受けた瞬間に腕がお釈迦になる。
強力な防御装置だが、膜を常に噴射し続けないといけないため作動時間は二十秒と短い。
奥から通路へと打ち込まれればオウカにはどうしようもないため、この二十秒でこの通路を渡り切れるかが問題だった。
彼女はこの先に敵がいないなどとは考えていない。敵がいるだろうと確信していた。
防御膜には弱点もある。膜を張っている間は攻撃ができない、という点だ。膜を張っていない方向からは攻撃できるのだが、今回のようなどこから攻撃が来るかわからない以上機体を守るよう全体に張るつもりだ。どこにも攻撃する隙間はない。
出来たとしても防御膜は機体の管制システムに負荷がかかるため、攻撃系統の補助がまともに作動しなくなる。視界も不良だ。一時しのぎとしての側面が強い装置である。
「やっぱり貴女が来たのね、オウカ」
声と共に弾丸の雨が降らされる。
それらには後衛機の銃撃は含まれていないようだった。もし配置されていたらオウカの命はなかっただろう。彼女はそこに勝機を見つける。勝算はまだあると考える。
刻一刻と減っていく防御膜の作動時間とは裏腹に、オウカの思考は高速化されていく。並列思考も苦じゃない。一手導けば、それに付随する数手を並べ最適化を行う。あらゆる可能性を弾き出し、そのほとんどを捨てる。
迷っている時間はなかった。やれるやれないなど文句を垂れる暇もない。
たった一つのやり方を信じる他ない。
オウカは実行に移した。防御膜が搭載されている右腕を切り離す。左手で離すのではなく、電子制御でのパージ。それが落下するまでの間にオウカは超絶技巧をこらす。
腰から上部にホップアップさせたグレネードを胸で受け、落下している右腕と自分の体の間に落す。
左手でグレネードを右手に握らせ、右腕に直接指示を出してそのままの状態を命令する。生きた右腕なら切り離していても、直接触れられるなら指示を出せた。その後、それを左手で抑え前進する。既に防御膜の残り時間のカウントが始まっている。六、五、四――。
三とカウントすると同時に、オウカは体制を崩しながらパージした右腕を前方に投げつけすぐに左手に武器を持つ。後ろに跳び、右肩から着地する。
推進力を最大限働かせた後退のエネルギーを殺すために、オフナーマが地面であるコンクリートを削りながら滑る音が響く。
オウカはそれでも正確に秒数をカウントしていた。
残り一秒になるコンマの間に、滑りながら銃弾を放つ。
右腕が通路の外に出たと同時に、そして防御膜が途切れる直前に銃弾が手を目標に到達する。握られたグレネードが破裂する。
耳をつんざく轟音。オウカは臆した様子もなく、立ち上がって通路の奥を目指した。
奥は広く、そこには二機のオフナーマが横たわっていた。一機は行動不能。もう一機はまだ動けそうだったので、動作する前にオウカは銃弾を放つ。
その後、他の出入り口の安全を確かめたていると、ウォルから通信が入った。
「こちらウォル。親機二機と子機一機の計三機を撃破。機体はほとんど損傷していないし、今は襲われていない。オウカ、君はどうだ?」
「私は子機を二機やりました。でも右腕がないです」
「残りは四機か。それで、ティスは?」
「今呼びかけていますが応答がありません。簡易信号の返事もありません」
「思考一つで安否が伝えられる簡易すら使えないとなると」
「そうですね。まずは隊長さんに報告します」
「ああ、頼む」
そこからはロートも知っている通りだった。オウカたちの判断が間違っているとは思えない。彼女らの取った選択はセオリー通りのものであった。
同じ軍の仲間だからこそ、それを逆手に取るのは簡単だ。今回の失敗は、初戦敗退ばかりで戦闘経験が少ないせいだろう。が、今はそんなことを言っても仕方ない。
ロートは万一のための準備をしながら、オウカに指示を出した。
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