第11話-ここの常識


 よく眠っているオウカにブランケットをかけるために、ロートは掃除ロボットにアクセスした。球体に腕がついているもので、下に車輪がありそれで移動する。二本ある腕はアタッチメントを取り替えることができて伸び、短時間であれば浮くこともできるので、掃除できないところはない。

 それを操ってブランケットをかけると、格納庫にティスがやってきた。

「あら、隊長。オウカ寝ちゃったの?」

「ああ。いい心地みたいだ。日が出ている時間ぐらい好きにさせてやろう」

「そうね。どの箱でも日があるわけじゃないしね。オフナーマでも見ようと思っていたけどうるさいから止めておくわ」

 格納庫から出ようとしたティスがロートの方へ振り返った。

「ねえ、時間があるなら少し話をしない?」

「構わないよ」

「そう。じゃあ、あたしの部屋に来て」

 ロートはティスの後ろを付いていった。この船にカメラが仕掛けられていない場所は五ヶ所しかない。そのうちの一つが自室だ。これが三人分あって、残りの二つはトイレである。なので、自室で話す場合は音声のみでしか話せない。なので、中を見る手段は二つ。自室からの映像を送られてくるというのが一つ。そして、今回のように端末を自室に入れる場合だ。

 ティスの部屋に入って、ロートはまず暗いと思った。電気はセンサー式で自動的につくようになっているし、明るさも適切だ。暗いというのは印象の問題だった。

 部屋の壁に写真や文があちこちに貼られていた。それらは全て戦闘に関する資料だった。手書きのものもあれば、レポートを抜粋したものと多岐に渡る。

 よく見渡せば無闇やたらに貼られているのではなく、反省点を系統立てて分けているようだった。ロートは掃除ロボットを通して見ているので、視線を悟られずに済む。もしも、生身の体だったらそうはいかなかっただろう。

 きっと、目は細くなり顔が強張っていたに違いない。あまりにも重苦しい部屋だった。

「部屋に上げてくれるなんて感動だな」

 ロートは誤魔化すために、あえて茶化す言葉を選んだ。

 しかし、口から突いて出た誤魔化しという訳ではない。本当にそう思っていた。

 初対面で、外れだの不完全だの言われた相手である。それが今では軽口を叩く余裕が生まれていた。ロートが軽口を叩けるようになったティスや、ロートに対して固さのなくなったオウカがという個々の間のものではない。五十七小隊内全員でのことだった。ロートの計画通り事は進まなかったが、団結という目的は達していた。

「ウォルたちも似たようなことを言っていたわ。あたしが壁を作っていただけだもの。自分の誤りとはいえ恥ずかしいことね。まあ、話すという行為自体珍しいことだけど」

 少しはにかんでティスが言った。今ではこの通り棘がない。

 なら、何故かは暴く必要はない。解決さえすればいいのだ。ティスが抱えていた何かは彼女のものだ。興味本位で知っていいことではない。

「隊長にね、一つ聞きたいことがあるの」

「なんだ?」

「死ぬのって怖い?」

「当たり前だ。怖くないわけがないだろう」

 即答だった。自己が不確かでもそれだけは間違いようがなかった。

 機械の体になったとしても死にたいだなんて思わない。何をしたいのかと問われれば答えが詰まっていただろうが、死にたくないのはしっかりとした形でロートの胸にあった。

「そう。やっぱりそうなんだ」

 最初は堪えるように笑っていたが、ティスは次第に口を開いて笑い声をあげた。

 目から涙まで流している。ロートは唖然とした。ティスのことを感情的だと思うことはあったが、こういう風に取り乱すとは想像できなかった。そんなロートの様子に気づかないティスは、赤の髪を引っ張るように握り、笑い続けている。

「ねえ、隊長。これって、普通のことだと思う?」

「これ?」

 質問に質問で返すしかなかった。

 ロートには、ティスが自分でこの反応がおかしいですか、と問うているとしか考えられなかった。他のことを聞いているのであれば予想もつかないし、そう聞いているのであれば答えることができなかった。

 普通ではないという答えしか用意できそうになかった。

「質問の仕方が悪かったわね。死についてよ。死ぬことが怖いっていうのは当たり前のことか、って聞いたの」

「ああ。少なくとも私はそう考えている。生き物だぞ。そんなもの当たり前だろう?」

「そうなの。ああ、そうよね、隊長は記憶があるからここの常識が通用しないのか。いいことを教えてあげる。ヴィダーではね、そういう考えは普通じゃないのよ。異常なの」

 そう言うと、ティスはまた笑い始めた。彼女の笑いが収まってから、ロートは尋ねた。

「死ぬのが怖くないっていうのが普通ってことか」

「そうよ。私ね、オウカとウォルにも同じ質問をしたのよ。じゃあ、あの子たちは怖くないって言わなかった。怖いとも言わなかった。ただただ、何を言っているのか理解できないという目であたしを見つめたのよ」

「それはたまたま」

 ティスはひどく優しい顔をして、ゆっくり首を横に振った。 

「五十七軍団三十九期の人たちのほとんどに聞いたけれど、全員似たような反応だったわ。軍人はみんなそういう思考回路なのよ。まあ、一般人も似たようなものだったけど。自分の命なんてどうでもいいって」

 ロートは以前感じた恐れを思い出した。カレーライスを作った時に、ヴィダーの人々の生活を見たあの瞬間だ。ロッカーがひたすら立ち並んだ場所。あれが今の人々の生活の場だった。生活様式がまるで違うのだ。どうして、死にたくないという思いが共通のものだと思い込んでいたのだ?

 背筋が冷える。目が熱くなり、フッと意識が後頭部に引き寄せられる。

 一つの仮定を思い付いてしまった。この世界は戦争のために、死を恐れなくしたのではないかと。

「ねえ隊長?」

「なんだ」

「あたしっておかしいのかな? 変わり者なのかな? 異常者なのかな? 死ぬことにいつまで経っても慣れないなんて不良品なのかな?」

 現在のヴィダーでは少数派だろう、とバカらしい意見がロートの頭に浮かぶ。戦時中だからそういう風に調整することは理にかなっているなどとほざく脳が信じられない。

 真っ先にそんなことを考えてしまう自分をロートは嫌悪した。

 目の前の少女に残酷な言葉を投げ掛けようとする自分が気持ち悪くて仕方なかった。

 事実がなんだ。正論を突きつけて何になる。部品になれと言うのか?

 死を恐れない戦士として真に調整することこそ、ヴィダーの全体的な生存率を上げるのかもしれない。最小限の犠牲で星を守る。それは一つの真実で、正しいことだ。

 だが、ロートにはそんなことはできない。死ぬのに慣れろなんて責められない。まして、お前は不良品だと目の前の少女に突きつけることはできない。

「ああ、くそったれ」

 ロートの口から飛び出した言葉に、ティスは目を丸くして身を強張らせていた。

 それはそうだ、とロートは思う。ティスは自分を間違っていると思い込んできたのだ。そんな彼女が暴言を聞けば、自分のことを指していると勘違いするのは当然だ。

 あくまで自分のことしか考えず、自分の感情をどうにかするために暴言を吐き、彼女がどう思うか考えなかった愚か者に嫌気がさす。本当にくそったれだ、ボクも世界も。

 ロートは死生観について調べているうちに、この模擬戦の趣旨を見つけてしまったのだ。軍に入ってから仮想体験で何度も臨死体験をさせて、死に慣れさせることという文を。

 この模擬戦の目的の一つにそんなところがある、と知ってしまったから口から出た暴言だった。ロートには記憶がない。どうすれば傷ついている女の子の痛みを和らぐかわからなかった。だから、原始的な行動しか取れない。

「あっ」

 ティスの声がロートの耳元で聞こえる。掃除ロボットのマイクが至近距離で声を拾った。

 衝動的な行動だったけれど、これ以上ティスが痛みを覚えないよう慎重に制御して抱き締める。

 機械の腕では熱は伝わらないし、伝えられない。機械だから肌の柔らかさも匂いもない。それでもロートはそうしたかった。原始的だって構わない。

 ティスは戸惑いながらロートの仮初めの体に手を回した。人間よりも縦には小さいが、横は綺麗な球体なので男性並みの直径がある。それでもどうにか背の部分でティスは自分の手を握れたようだった。

「ありがとう。本当はね、もっとスマートに話すつもりだったの。でも、初めてだから、その、上手くいかなかったみたい」

「ああ。初めてというのは得てしてそういうものだ」

「そうね」

 ティスの声の震えを無視して、ロートは語りかける。

「前に似ているって言っただろう」

「カレーの時?」

「ああ」

「その、あたしと隊長が似ているって奴よね」

 恥ずかしそうな声だったが、無視してロートは詮索する。

「それだよ。どんなところだ?」

「物事に執着するところ。だから、隊長だけがこの模擬戦を真剣にやっていると思い込んでいたの。それはあたしの勘違いで、オウカはもちろん、ウォルも真剣だった。死がどうとか関係なくね。でも、前までの私は死を恐れていないから、彼女たちは技量を上げようとしていると思えなかったのよ。やる気がないって。ああ、恥ずかしい」

「反省できればいいことだ」

 ロートは自分によくやったと言いたかった。淀みなく返せてよかったと。

 でないと隊長という仮面を脱ぎ捨てて、何も恥ずかしがることがないと力説するところだっただろう。死への怯えに取り乱して何がいけないんだ。恐れることが悪いことだと誤解を抱かせる世界が悪い。その誤解を解消しようとしない周囲が悪い。どうして、ティスを責められるのだろうか。

「そうね。オウカは優しい子だし、ウォルは真っ直ぐな人だから。あたしは二人に迷惑をかけてばっかりよ。ほんと、ポンコツで足を引っ張ってばかり」

 ティスの口からウォルを褒めるような言葉が出ると、ロートは思わず笑いそうになる。

 機械の体なので堪えるのは容易なことだった。

「でもね、あの時じゃなくて、もう少し前から隊長と似ているっていう予感はあったの」

「予感?」

 ロートは自分の死についてウォルから聞いたが、そのことを表に出したことはなかったと記憶している。もしかして出していたのだろうか?

「司令プログラムに記憶があった事例を読んだの。取り乱さないっていうのは本当に稀。普通は取り乱す。いきなり機械になってそれを上手く扱えないと死ぬんだもの。あたしは想像するだけで怖いし、やっぱり取り乱すと思う。けど、隊長はそうじゃなかった。それはきっと諦めじゃなくて、死ぬとわかっていながら抵抗しようとした」

 そんなことはない、とロートは言いたかったが、ティスの真剣さを茶化すのは忍びなかった。本当にそんなことはない。ウォルに言われるまで楽しそうなどと思っていたのだ。

「自分の死を感じながらそんな素振りを見せずに、あたしに強くなれるって確証を抱かせてくれた。それであたしは不安が薄れてようやくまともに見られるようになった。だからね、本当に感謝しているの。それを言いたくて時間を作ってもらったのに。さらに励まされちゃった」

 ティスは体を離して舌を出した。

「まあ、結果的にいいわ。元気出たし。次も負けないわ」

「その意気だ」

 ロートはその後、冗談を加えようと思ったが言えなかった。計器に敵船の反応があったのだ。

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