第10話-二戦目
二戦目も五十七小隊の大勝利だった。九機全て損害はなく、敵機を殲滅させた。勝つことが目的のため、相手を生け捕りにはしなかったことが功を奏したのかもしれない。手加減は全く行わなかった。そして、今回はウォルが主に作戦を立案した。三人の仲は悪くない。もう隊長がという建前は必要ないのだ。門外漢のロートより、彼女らが考えた方がいいに決まっている。今回も目立った損傷はなかった。
模擬戦中、オフナーマが損傷した場合、船でのリペアは可能だ。子機であれば丸々二機、親機であれば一機修繕できる。親機と子機には互換性があるが、親機にある子機への伝達回路だけは親機特有のパーツでこれの予備が一つしかない。そのため、親機は一機が限度だった。親と子という名称で別れているが、子機は親機がなければ動かないわけではない。
親機が破壊されても子機は活動できる。自動制御に切り替わるのだ。セントリーガンのような形で、センサーに反応があった場所に攻撃するようプログラミングされている。仲間であれば簡単なコマンド入力は可能だが、とある座標で待機等々が限界だ。
人がいれば操縦もできる。子機にも操縦席が設けられており、操縦は可能だが、残りの子機は動かせない。親機と子機の大きな違いはそこだろう。これも侵略のための機能だ。
そのため、模擬戦中は親機を死守するのが一位になるための絶対条件と言っても過言ではなかった子機に指示を出せるか否かで戦力は変わってくる。もちろん、動く子機も必要だ。だから、子機もできるだけ消耗しないように戦えればより良い。敵機からパーツを奪えるとはいえ、望んだパーツが使える状態で入手できるとは限らないのだ。
その点から見ると、五十七小隊は完璧に近い。ティスの子機が数発被弾したが、簡単な修繕で万全なコンディションに持っていける状態だ。敵から奪ったパーツもあり、伝達回路は三つある。そのため、時間さえあれば三機の親機を直すことができた。
この模擬戦は五十七組を三つのグループにランダムで分けるので、一グループ十九組いる。なので、単純計算では五勝すれば一位になれる。が、ここは戦場でトーナメント方式ではない。都合よく五回で済む保証はどこにもなかった。とはいえ、五回もしくはもっと少ない回数で済む可能性もあった。
「残りは我々を含めて五つ。第一小隊、第十三小隊、第三十小隊、第三十八小隊、そして五十七小隊だ」
朝のミーティングをロートたちは行っていた。毎朝六時ぴったりに残りの小隊が告知される。今朝で五つの小隊まで減っていた。こうなるとトップも視野に入ってくる。
ロートの予想では士気が上がってくるものだと思っていたが、三人の様子はいつも通りだった。反応が近くにないので、残存小隊の確認でミーティングが終わる。
次にいつの間にか朝の日課になった三人四脚での格納庫ランニングを行う。
「綺麗に三文字の名前で揃っているくせに、なんだそのばらつきは。歩幅も揃えられんのか。だから貴様らは芋虫なのだ」
資料を見ながらもロートは三人を捉えている。後ろ向きに三人四脚をさせられ、苦労している三人へ暴言を吐いた。
「ゴーナナ、ゴーナナ」
散々叩き込まれた掛け声を駆使して、三人は歩幅を合わせていく。
ゴールしたところで、ロートは紐を解くように命じた。
「今度は三人で匍匐前進をしろ」
ロートを怒りの的にし、三人の団結を促す作戦はまだ継続中だった。
ティスとオウカは簡単に進むが、ウォルは体一つ分ほど遅かった。体と胸が大きすぎるせいだろう。これを好機とロートは口汚く罵る。
「匍匐前進もできないから肉がつくのだ。丸々太りやがって」
言いながらセクハラもいい所だ、とロートは思った。が、理不尽であればあるほど怒りに直結する。そう考えたはずが、ウォルは目を輝かせていた。そこには決して怒りはない。匍匐前進のスピードが上がっていく。
予想通りにならないものだ、とロートは頭を抱えたい気持ちになる。
ロートの罵倒をBGMにした運動を終えると、三人はシミュレーターに潜ってしまう。
偽りの将校では教えることがないし、三人でシミュレーターをやった方が身になる。オフナーマの操縦が模擬戦の主のため、ロートが本物の将校であってもアドバイスできたかは怪しいのだが。
ロートは未だに記憶を取り戻していないが、自分が持っていたはずの記憶は今の時代よりも相当昔のものだろうと断定していた。科学技術の発展度合いがあまりにも違う。
オフナーマなんてものが自由自在に動いていることも、機械の中を行き来できる自分のことも、彼女らが暮らすヴィダーでの生活もあり得ないと、どこかで思ってしまう。
が、そんなもので感動していられる時期は過ぎた。
「暇だ」
ロートの呟きを拾う者はいない。皆、シミュレーターの中にいた。
鬼教官の仮面は初戦以降、いや初めから効果的ではなかった。嫌われ者になる必要なく、団結してしまったので被る理由がないことにも薄々気づいている。そもそも嫌われ者になること自体失敗していたわけだが。
二人三脚をすることで、ティスとウォルの仲が改善され、戦闘での連携が取れるようになった。文字にしてしまえば子供用のカリキュラムにしか聞こえないが、五十七小隊で実際に起こったことだ。
彼女らの上官にあたる司令プログラムが正常通り動いて、彼女らに具体的な口出しをしなかったとはいえ、ずっと連携が取れないというのは不思議なことだ。
二人三脚程度で直るのであれば、現実にいる本物の上官が指導しそうなものである。だが、現実は十数回の模擬戦中、連携が取れていなかった。つまり、指導がなかったと考えるべきだろう。そうしか考えられない。お金を集める見世物にすることに躍起になって、肝心の指導ができていないのでは本末転倒だな、とロートは呆れた。
「昼の訓練、終了しました」
オウカの声で現実に戻ってくる。ロートが意識しなくとも船は自動的に飛んでくれるし、情報を拾ってくれている。人格があろうとなかろうと、船としての機能は変わらない。
記憶があれば使い物にならないというのは、人格があり混乱していた場合、余計な制御を加えてしまって船の機能に支障が出るのだ。ロートはその辺りは無理に触っていない。
彼のように船であることを自覚し、元の機能に身を任せれば良いのだ。必要に応じて弄ればいいし、その方法は船の中にある。ロートは周囲の情報を解析してからスピーカーを響かせた。
「ご苦労。敵影はなしだ。これから夜の訓練まで自由時間とする」
「ありがとうございます」
三人はオフナーマから降りてきた。人が一人どうにか入ることができる箱がコックピットだ。長くはいたくないだろう。ロートにはコックピットがロッカーか、棺桶ぐらいにしか見えない。ヴィダーでの生活を見てから、ロッカーから棺桶にも見えるようになってしまった。
「ウォル、ちょっといいかしら」
ティスに呼び止められたウォルは小首を傾げた。
「さっきのシミュレーターのことで聞きたいことがあるの。時間をくれない?」
「ああ、いいよ。シャワーを浴びに行こう」
「うん。オウカは?」
「私は日向ぼっこをしてから行こうと思います」
「そう。じゃあ、お先に」
ティスとウォルがいなくなってから、オウカは格納庫の出窓を開いた。
「二人もずいぶん仲良くなったものですね」
「そうだな」
ロートが返事をすると、オウカはクスクス笑った。彼女には、以前話した時のような固さはもうない。
「隊長さんのおかげです。今まで言ってくれる人がいなかった。話も。ただ投げかけられるだけでした。今は受け取って、投げ返してもらえてます」
指導がなかったと推察していたが、本当の事だったらしい。模擬戦の命令だけ投げていたとは、軍の方がポンコツではないか。ロートには怒りしかなかった。もしや、話すらしてもらえなかったのだろうか。
「私は関係性をどうにかしようなんて考えてなかったんです。ただ仲良くなりたいとあいまいな思いだけでした。自分のしたいことでしかなかったから」
「本当に?」
ティスが以前言っていたように、オウカは隊の潤滑油として機能していたようにロートには思えた。
「私のやっていたことは二人のことをうかがって二の足を踏んでいただけです。軍の評価とかよりも仲良くやりたいと思っていながら、諦めていたんだと思います。これ以上悪くなることを恐れて、踏み込めなかった。もっと早ければと思いますね、さっきみたいな二人を見ていると。仲良くしたいと思っているのは自分だけなんて腐っていたから」
「たらればを言っても仕方ない。今がいいんだから問題ない。関係性もよくなり、勝利も収めた。文句のない出来だ」
「確かに」
オウカはにこっと笑うと、自分の前髪を撫でた。照れ隠しのつもりらしい。茶髪を揺らして赤くなるだけでは可愛いだけである。何も隠せていない。
「それにオウカがいたからこうなったんだ。二人のどちらか一方の肩を持つことなく、根気よく話したから決定的な傷がなく関係性を育めたんだよ。君がいなかったら修復不可能だったかもな。間違いなく、土台は君が作った」
「シャワーでみんなにも言われました」
「奇遇だな」
動揺が出ない。機械だもの。
「でも、これでポンコツ部隊と言われることもなくなりますね、隊長」
これにもロートは答えなかった。
五十七軍団、三十九期五十七訓練小隊。これがロート達の正式な部隊名となっている。
放映されている三十九期生の模擬戦は、二大アイドル小隊があった。そのうちの一つが五十七小隊である。
別名ポンコツ小隊と呼ばれており、有名かつ人気らしい。理由は定かではないが、全模擬戦内でトップクラスの実力であるウォルが、ポンコツ、ティスに足を引っ張られていることに同情していたのが発端のようだった。
実際調べてみると、ウォルと衝突するティス、二人の間を取り成そうとするオウカの関係性が面白い、という評判が目立つ。ティスの成長も見所のようで、彼女が着実にレベルを上げてきて今度こそ勝つのではないかというのも気になるポイントらしい。ここでも突出して指示に従わないことが取り上げられていた。
「あと五つの小隊ですか」
「そうだぞ、オウカ。一位も夢じゃない」
「十三小隊がいますよ?」
オウカは冗談っぽく言った。彼女の中でも、一位になれる可能性を感じているのだろう。以前、最後にと口にした弱さはもうない。だが、目の前に立ちふさがる壁は大きかった。
十三小隊は五十七小隊とは真逆の隊だった。共通していることは、この隊もアイドル隊として人気があることぐらいである。その理由は単純。十一回の模擬戦全てで一位を獲得している不敗の小隊だからだ。十三小隊の面々であるエテルノ、ソーリャ、ルリエリの三人は、ウォルやオウカに近い成績だった。
「関係ない。私たちの隊であれば敗けはしないさ」
「そうですね」
伸びをしてオウカは日の当たる場所で、ジャケットを敷いて寝転がった。
ヴィダーは万年暗い惑星らしく、日の光というものがないらしい。こうした作られた空間でしか日を感じられない。オウカが気に入って日向ぼっこする気持ちもわからないでもない、とロートは思った。これぐらいしかやる事がないというのもアレだが。
しかしながら、上官と話していてすぐに眠ってしまうのは如何なものだろう。少なくとも鬼教官とは思ってくれていないらしい。体を横にして静かに呼吸を繰り返すオウカは可愛らしかった。こうして無防備さを晒せるのもオウカの魅力だろう。欠点にもなりうるが、ティスやウォルにとっては安心できる存在に違いなかった。
そんな彼女の不規則に動く唇や、タンクトップから伸びる白い腕、綺麗に切り揃えられた小さな爪を見ていると、ロートは撫でたくなる。
迫り上がる胸も、もちろん。ウォルほどではないが、オウカも大きいほうだ。
それは劣情によるものなのか、愛情から来るものなのかはわからなかった。何せ、ロートは自分が男性か女性かという感覚がなかったし、男性と女性、どちらが性愛の対象かというのもわからなかった。そもそも、元は人であっても機械の体に劣情や性愛なんてものが涌き出てくるのかという疑問もあった。行き当たりばったりなロートはまあいいか、と済ませてしまう。そんなことよりも目の前の現実を見なくてはならない。五十七小隊が一位にならなければ、ロートの命はないのだ。
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