第7話-初戦
模擬戦では船の動力部の破壊が勝利条件となっている。詳しく言うと船の動力部になっているオフナーマの停止だ。船の動力もオフナーマで賄っている。
そのため、船はオフナーマを展開したあと、安全地帯まで退避するのがセオリーだった。
船にはレーダーによる索敵の他、偵察用の無人機、チャフやフレアなど防御手段はあるが、攻撃手段はほとんどない。
あるとすれば動力部のオフナーマだけだ。動力部になっているオフナーマには子機はないものの、戦闘はできる。だが、敵に急所をさらすわけにはいかない。動力部のオフナーマは他の機体では代用できない。その動力部となっているオフナーマこそ、ロートの本体であった。動力はもちろん、司令プログラムもそこに搭載されている。
ロートとしての人生は始まったばかりだ。まだ終わらせる気は彼にはなかった。初めは戦場が嫌で転職するつもりだったが、その前にとにかく生きるという目標ができたのだった。
降下地点を過ぎてから、八分が経過していた。今のところ、全員ロートの指示通り動いている。樹木がよく生い茂った山だった。当然斜面で、地面はでこぼこしている。
ティスとオウカの二機は屈んで木の幹に身を隠していた。ウォルは山頂で待機している。
敵の船もこの山にオフナーマを投下していた。レーダーや各種センサーは気休め程度のものでしかなく、オフナーマのカメラによる視認が最も的確かつ迅速だった。基本的な策敵の手順は、センサー類で大まかな方角と数を特定し、それを視認することで確認する。
オウカは音で情報を得る。
「三百三十度方面、少なくとも四機の音を捕捉。斥候は」
話の途中でロートは割って入った。
「それはティスに行わせる」
「私が?」
ティスは不服というより、驚きから声を出していた。
セオリー通りいくなら、斥候、敵機の捕捉はサポートのオウカの役割だ。それを前衛と後衛が支え、確認し、殲滅する。
役割に縛られる必要はないが、役割を決めている方が円滑に進むことも事実だ。
それをあえて崩すというロートに疑問を抱くのは当然だった。もちろん、彼にも考えがあってのことだ。
「そうだ。君の子機の俊敏性を活かして撹乱させろ。音は出せ、だが攻撃はするな。いっそ武器はパージしておけ。少しでも速く動けるようにしろ。狩りをさせてあげろ」
ティスは不服そうに眉を下げていた。オフナーマの操縦中、体の方は眠りに落ちている。オフナーマは脳波で操縦する仕組みだった。だからロッカーのような小さな空間でも操縦できる。そのため表情というのは本来見えないのだが、兵士たちの意思疎通のため、通信画面には顔が映るようになっている。仮想現実が可能なので、気持ちにリンクした表情を動画さながらの精度で映すのは簡単なことらしい。
ロートはティスの表情を見過ごさない。
「ティス、返事はどうした。預けてくれるんだろう」
「はい。でも、攻撃はするなって」
「君の強みを活かすだけだ。ティスの回避能力は素晴らしい。我々の補助を受けた君ならば敵の攻撃を受けずに攪乱できる。君にしか出来ない仕事だ。無論、ずっと攻撃するなというわけじゃない。相手を特定し、隙ができるまでの辛抱だ。君ならばそれができると私は信じている。でも、異議があるなら言ってくれ。作戦に対する違和感、不信感は大事な局面で水を差す。もしかして、君にはできないか?」
挑発ではなく、優しい声音で訊く。従わせるのではない。納得してもらった方が、力も発揮しやすいだろうとの考えだった。
「いいえ、できます。かしこまりました」
皮肉分のない返事だった。命令には忠実に。流石は軍人ということだろう。
むしろ、突出する彼女の方が、焦りという理由があっても違和感がある。ティスは素直だった。今だって飛び出したりしない。仮に飛び出しても役割が全うできるような策のつもりだったが、そうでなくても大丈夫だっただろう。心配して損をした気分だ。
「オウカはティスを追う敵の正確な位置座標をウォルに送信。ウォルが狙撃可能であればそこから狙撃させる。ティスの動きについていき、的確な状況の把握と伝達が必要だ。君も疑問はないか?」
「ありません」
「ウォルはティスの子機が見えるように移動し続けろ。ただし、敵に警戒してだ。正確な射撃で仲間を救え」
「わかりました」
「それでは投入」
ティスはキチンと指示通り、子機の一つを軽量化させ、前進させる。わざと派手に音を響かせることによって、左右に散らせた残りのティスの機体とオウカの機体の音を誤魔化す。囮はすぐ敵に見つかった。
ティスは距離を取りながら、銃弾を回避していく。
距離があり、移動している敵に銃弾を命中させるのは至難の技だ。
囮は軽量化しているので、敵の通常装備では距離が離される一方である。近づかなければ当たらないため、移動しながらの銃撃になる。そうなると余計に当たらない。
最初は別の機体からの攻撃を警戒して、敵は一機だけで追っていた。が、いつまで経っても反応が見当たらないからだろう。もう二機ティスを狩るのに導入した。ティスが捕捉したのは三機。オウカとウォルも仕事をしていながら、残りの位置を慎重に探る。
既に姿が見えている三機は放っておく。追っていると相手に思わせる。まだ牙を見せてはならない。
「四機目発見、親機のようです」
「よくやった、オウカ。ウォルに座標を送れ」
「はい」
同時にロートにも送られてくる。ウォルは座標位置への狙撃可能ポイントに近い位置にいた。彼女は指示されずともそこに移動する。本当にどこがポンコツなのだ。全員よくやっている。指示には従うし、必要以上の働きだ。
「よし順調だ。準備でき次第放て。それと同時にティスは囮を反転させろ。回避能力だけじゃない所を見せてくれ。怯んだ敵を後ろからオウカの子機で一機破壊させ、もう二機はティスがやれ」
「了解」
三人の返事が響き、各々準備を始める。
「ゴー」
とウォルの声がし、弾が発射される。
「ナナ」
まさか二人三脚の掛け声がこんな所で役立つとは。ロートが一番驚く。
ティスの囮が反転、照準を合わせようとしている敵機を背後からオウカが掃射する。避けることも叶わずあっという間に穴だらけになった。
ティスは親機と子機を同時に操り敵の一機は足を破壊し地面に叩きつけた。残ったもう一機は右手とライフルを奪ったものの岩陰に飛び入った。岩陰へティスの機体が飛び込み、ナイフを突き立てる。
「すみません、指示通り動けず」
「君らは私のモノじゃない。その場で勝利のために合理的な選択を取るのは良いことだ。目まぐるしく変わる戦場で、指示通り動くことはないからな。仮にそれが過ちであっても、その時に止めて修正するのが指揮官の仕事だ。謝ることじゃない。よくやった。次に移れ」
指示通りではなかったが、戦場では計画通りなどあり得ない。完全な無力化が済んでいない以上、早急に倒そうという考えは最善と言える。
「ティス、囮の機に武器を装備させ、指定ポイントまで移動する。オウカは子機を二機使って索敵を続けろ。親機はティスの囮についていけ。ウォルは指定ポイントが見張らせる場所付近で待機だ」
ロートの指示は不完全だったが、三人は言葉にしなかった部分も理解していた。
囮の後方をカバーするように、ティスは親機と子機を、オウカは親機を進ませる。
ウォルは三機でポイントへの狙撃範囲を広げる。迅速な理解と判断だった。そんな彼女らが今までずっとビリだったことにロートは疑問を覚える。
戦闘の練度は高く、態度も従順だ。連携は取れているし、咄嗟の判断も悪くない。少し団結力を深めてやっただけで、二十三小隊よりも強い。それも圧倒的にだ。
どうしてそんな彼女たちが連戦連敗している原因を解決しなかったのか不思議でならない。素人のロートでさえ、一発で看過できたことだ。誰だってできるだろう。
ロートの予感は当たった。囮にまんまと誘い出された敵と対峙し、一機も撃墜されず二十三小隊を殲滅した。疑問は深まるばかりだった。そして心労も。
思っていた以上に強かったので、ロートの心配が一つ消え、その代わりに死の方へ目が向いた。死が間近にある状況など、どうかしている。さっさと勝ち上がって転職したいものだ。次の職は何がいいか、とロートは現実逃避を始めた。
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