第5話-個人面談



 翌日も三人四脚を行った。慣れてきたのかいきなりゴールする。三人は期待に満ちた目でロートのカメラを見た。可愛い女の子がすることじゃない。あまりに効果的すぎる。目だけで人を落とすとは。が、ロートは鬼教官を演じる。憎まれ役になるプランは変更しなかった。他の案がないだけとも言える。

「何を見ている。もう一本だ、馬鹿者。ボールを取って来て褒めてもらえるのは犬だけだ。芋虫にくれてやるものはない」

 来た道を同じように引き返す。それをもう一度繰り返したところで、無言で足を繰り出すので、少しずつリズムが狂い転倒してしまった。

 三度目となると集中力も薄れてくるのは当たり前だ。が、そんな甘い言葉をかける気はない。効果的かは怪しいが。

 罵倒をいくらな投げかけようと皆へこたれないし、心なしかウォルは嬉しそうだ、

「馬鹿者。貴様らは声も出せないのか」

「声、ですか」

「そうだ、ウォル芋虫。掛け声に合わせて足を繰り出すのだ。そうすれば狂うことも少なくなる。どうしてこの程度の知恵もないのだ。早く始めろ」

 小声で相談しあった後、三人は声と共に足を出す。

「ゴー、ナナ、ゴー、ナナ、ゴー、ナナ」

 慣れてきたところで声が止まったので、ロートは声を張り上げる。

「声を出せ。徹底しろ。貴様らは間抜けなのだ。これがなくてもできるなどという驕りは捨てろ。横着をするな。一つずつ確認だ」

「ゴー、ナナ、ゴー、ナナ、ゴー、ナナ」

「声が小さいぞ、ウォル。でかいのは図体と胸と尻だけか」

「ゴー、ナナ!」

「何を笑っている、ウォル。貴様もだティス。そんなことだから、すぐに撃墜されるのだ。尻の穴を締めろ、馬鹿」

「ゴー、ナナ!」

 そこから五往復させ、ロートは一度休憩を与えた。向いていないという意識は消えないが、鬼っぷりが板についてきたのではという自負があった。髭でも撫でたい。

 休憩中、三人は水分補給をし、携帯食料を口にすると、オフナーマのシミュレーターや過去の戦闘映像を見たりしていた。堕落どころか娯楽すら見当たらない。あまりにも勤勉な彼女らが連戦連敗?

 技能の面だけ見るなら彼女らは良い成績だった。そこに勤勉さが加わっているのに、協力一つできないのも変な話だ。性格も悪くない。本当のポンコツは司令プログラムでは?

 指示もちぐはぐだったからな。そう思ったロートは休憩を終えた彼女らにこう通告した。

「個人面談を行う。ウォル、まずは貴様だ。作戦室に来るように。残りは自室で待機」

「ハッ」

 三人は踵を揃えて返事をした。無駄話をすることなく、彼女らは素早く移動した。

 作戦室に入ったウォルは、直立不動の姿勢を取り黙っていた。

 ロートが呼んだので当然なのだが、彼女から不服さは微塵も感じないし、疑念や不安の感情も見受けられない。人と接しているというよりも、機械と接しているような冷たさがあった。常に落ち着いていてクールだからだろう。

 容姿も背が高くメリハリのきいた体のため、彫刻像のような美しさと荘厳さがある。

 慌てることはない。ロートは訊きたいことをまとめていた。

 敗北している原因を理解しているか。その原因であるティスをどう思っているのか、だ。それらについての不安や不満を聞き、仲を整えようという考えだった。

「ウォル」

「なんでしょう、隊長」

「貴様らが何故敗北しているかわかるか?」

「わかりません」

 即答だった。

 ロートは意表を突かれた。ウォルがわからないと答えるとは思ってもみなかった。成績一位の賢い人物が敗因を理解していているはずだし、ましてティスと不仲ならはぐらかす理由もない。薄々察していたが、ウォルはティスに反感を持っているわけではないらしい。

「教えてください」

 ロートは自分の見立てを話すのをためらった。ティスの突出が原因で隊としての連携が取れていない。その事実を伝えて、ウォルがティスにネガティブな感情を抱かないか心配になったからだ。

 理由に気づいていないなら、ネガティブな感情を抱かないように伝えないよう配慮した上で伝える必要はある。が、気づいているなら相手の口から出させた方がいい。気づいていようがいまいが、黙っているのもよろしくない。焦りを感じさせないよう、突き放し叱るように声音を抑えて発する。情けないことだが、嘘がバレることが一番いけない。

「自分で考えろ」

「考えろですか?」

 ウォルは満面の笑みを浮かべた。恍惚としているようにも見える。

 ロートは寒気がした。あれ、変なこと言っただろうか?

 ウォルは未だに笑みを浮かべていた。怒られて笑っている。そういう趣向の持ち主なのか?

 よくわからないが、いつも通り勢いで押し通すしかない。イケイケドンドンだ。

「考え付いたか?」

「はい。連携が取れていないからです。合わせられていない」

「それは何故だ?」

「自分がいたらないからです」

 ウォルの表情はあまり変わらない。未だに蕩けた顔だ。犬を思い出させる。

 そのせいで、彼女が本音で言っているのか、ティスを庇っているのか判断がつかない。

 適当な誘導では埒があかない。揺さぶりをかけようと、ロートは声音を変えた。

「君は小隊を組む前の成績で、一番能力が高かった。にもかかわらず、いたらないだと?」

「あれはあくまでオフナーマの操作技能と座学の数値がよかっただけです。過去のことですよ。実戦では役に立たなかった。それに私は変なのでしょう。だから連携が取りづらいのだと思います。最初は隊のみんなで頻繁に話をして考えましたが、一向に改善されなかった。回数は減っていきましたが、今だって考えています。それなのに一度だって勝てないほど、私のおかしさは致命的なんです。考えるなんて無駄なことをするから。今だって、大したことを思いついていませんし」

「何を言っている、無駄なものか。人間は考えてこそだ。それに卑下することでもない。原因をしっかり見つめるのは大切だ。これからも続けてくれ」

 ウォルは数回目を瞬かせた。

「もう考える必要はないと思いましたけど、隊長がそう仰ってくれるならもう一度考えようと思います」

 弱々しい声音だった。ウォルは自分の力不足であることを強調している。ある程度前向きではあるが、かなり折れているようだ。どうやらティスを庇うためではなく、本当にそう思っているらしかった。自分を責めているのであれば、不安や不満を聞くよりも必要なことがある。欠如した自信の回復だろう。もう少しワガママになってもいいと思う。欲みたいなものを感じさせない。

 が、素人のロートには話術で自信を回復させることは難しい。

 後々の課題として記憶しておくとして、今回はここで終了となる。

 しかし、このまま帰していいのだろうかとロートは悩んだ。あまりに早く終わっては、カウンセリングしたように思われないかもしれない。

 悩んだ末、雑談することでお茶を濁すことにした。

「君、趣味はないのか?」

 ふとした疑問だった。休憩時間中、彼女らが趣味らしい何かをしていることを見たことがなかった。訓練中だからしないという可能性もあったが、一時もしないというのは異質な気がロートにはした。

「趣味、ですか?」

 ウォルはようやく笑顔を潜め、首を傾げた。ロートの方が首を傾げたい。そんなに悩むようなことだろうか。もしや、プライベートなことを詮索しすぎていると思われているのかもしれない。初めはそう考えたが、ウォルの真剣な表情を見て違うと悟った。

 悩み困っていた。隠そうとしているだとか、答えたくないというわけではなく、本当にわからないのだ。わからないことだが、上官に尋ねられた以上答えなければならないというような必死ささえ感じさせる。

「すまない。困らせたな。今回の面談を終了する」

「ありがとうございました。考えろと言っていただいて、話をさせていただいて」

 ロートはウォルが礼をして去っていく最中に、オウカに連絡しておく。

 そのため、オウカはすぐにやってきた。

「失礼します」

 栗色の髪を揺らしてオウカは頭を下げた。

 平均的な背丈と穏和な雰囲気。三人の中で最も接しやすさを感じる少女だ。

 訊くべきことはウォルと変わらない。まずは原因を理解しているかの確認からだが、今回は前回の反省を踏まえ遠回りすることにした。単刀直入に訊くとすぐに終わってしまう。

「君は同じ小隊の二人と仲がいいようだな」

「そうですか?」

 覇気のない返事だった。今までの模擬戦やこれまでの様子を見る限り、オウカはティスともウォルともスムーズに会話ができている。少なくとも、ティスとウォルのような不一致は見られない。返事のニュアンスが照れや謙遜であればよかったが、自信のなさが滲んでいるようにロートには思えた。

「君がいなければ、この小隊は今ごろもっと険悪だった。自信を持っていい」

「いえ、私は褒められるようなことは何も。仲良くなろうとして、あっ」

 オウカは突然、口を噤んだ。

「どうした?」

「仲良くなんてよくないですよね。他の隊では業務連絡すらほとんどないって言いますし」

 言っていることの意味がロートにはわからなかった。

「何故だ。いいことだろ。むしろ仲良くしてくれ」

 オウカはポカンと口を開けたままいた。驚きという感情はいきなり恍惚の表情を浮かべたウォルよりかは理解できるが、何故驚いたかはわからない。

 よくわからないロートだったが、本題に移ることでこの場をやり過ごすことにした。

「オウカ軍団兵、君は何が敗因だと思っている」

「連携が取れていないからです」

 誰かのせいにしない。あくまでチームの問題である、とオウカも言った。

 ウォルもオウカもティスへの批判はなく、わだかまりのようなものもない。思っていたよりも壊滅的ではないとロートは感じた。

「それは何故かわかるか?」

「わかりません。私たちも話し合ってきました。それでもどうにもならなかったんです。ティスちゃんは、申し訳ないと思っていると言っていました。しないのではなくできないとも。結局、最後までわからずじまいでした。今のも初めの方に聞いた話で、ここ最近は話す頻度も減っていましたから。仲良くしようなんて無駄なことだと思いましたけど、隊長さんもいいことだって言ってくれましたから頑張ってみます。話せるっていいですね」

 敗北の理由が連携が取れていないせいだとわかっていて、その原因は突出するティスだが彼女を責める意見はない。そして、ティス自身、自分が原因だと気づいている節がある。

 それなのに、全戦全敗という有り様。数値上の成績は優秀であるにもかかわらず負け、ウォルもオウカも自信を失っている。聞けば聞くほど疑問が増す話だった。どう見ても全敗するようなチームには思えない。その原因に切り込むにはやはりティスと対話する必要があった。

 オウカと入れ替わりに現れたティスの表情には緊張の色があった。背筋を伸ばそうとしすぎて窮屈そうだ。彼女のパーマがかった赤髪が小刻みに揺れている。

「楽にしろ」

「はっ」

 ティスは多少緊張を緩めた。さて、どう切り出そうか。ロートはティスを見つめる。

 小さい体躯の彼女は、この小隊の敗因だ。彼女の突出のせいで、連携どころではない。

 実力不足というわけではない。オフナーマの操作技量は着実に上がっている。どういうわけか突出してしまう。命令の齟齬を加味しても多すぎる。

 その理由を問えばいいのだが、ストレートに問えばいいというものでもない。自分が原因であるとティス自身理解している。十数回、自分のせいで負け続けたと自覚している少女に、その理由を問うても素直に答えられないだろう。自覚があっても改善できない問題なのだ。デリケートなことはわかる。ウォルやオウカよりも言葉を選んで接しなければ。

「隊長」

「なんだ?」

「あたしなんかより、優秀な二人を構えば?」

「二人の面談は済んでいる。今は君の時間だ。それに君の成績は悪くない」

 威圧的に振る舞って、三人の敵になることで団結を促そうとしていたが、いつでもどこでもというわけにはいかない。彼女らの自信をへし折るとなると本末転倒だ。大事なところは伸ばす必要がある。

「あたしは最下位ですよ」

「それは小隊を組む前の成績だろう。今の成績は伸びている」

「そうだったんですね」

 驚いた様子だった。小隊を組む前の成績しか軍団兵には知らされていないらしい。

 模擬戦ごとに、勝敗に関わらずオフナーマの操作技量を得点順に並べている。調べてみると、このデータは上官のみアクセスできるようになっていた。

 ウォルが成績上位だったことを過去のことのように言ったり、ティスが未だに成績が悪いと思い込んでいたりするのはこの辺りが原因のようだった。本当にこの軍は何をやっているのだろうか。教育下手にも程がある。

「嘘は言わん。本当だ」

「ありがとうございます。でも足りません」

「謙遜か?」

「いいえ、事実です。二人の凄さと違いは身近にいるからよくわかっています。私の成績が上がっているのは彼女らを間近で見て学習できるからでしょうね。でも足りない。まだまだ追い付けていません」

 ティスの自信のなさは強大な劣等感になっているようだった。ウォルとオウカも自信がなかったが、ティスほどではない。彼女の場合、胸に詰まる焦燥感が見受けられた。

 そのことを直視すると、ロートは解決の糸口を掴んだ気がした。

「追い付けていないから無茶をするのか?」

「はい。二人と違って、私はここで稼がないといけませんから」

「稼ぐ?」

「成績のことです」

 そこまで言われてロートはティスの言わんとしていることがわかった。

 この世界では成績ごとにポイントが割り振られ、ポイントが多い者ほど今後の進路での幅が広がる。その詳細を今調べてみると、小隊を組むまでの成績と、小隊での模擬戦の順位の二つに分けられていた。

 小隊を組む前から成績上位者のウォルとオウカは既に高ポイントだが、その時最下位だったティスはポイントがないに等しい。そして、模擬戦での評価項目は順位だった。いくら技量を上げようと勝たなければ意味はない。

 組む前の成績は最下位、模擬戦も負け続けというティスは散々なポイントなのだ。必死になるのもわかる。落ち着いて指示に従えないだろうし、ポイントの余裕のあるウォルたちの話に耳を傾けるのも難しくなる。焦りで自分を追い詰めすぎたのだろう。

 ティスも少し落ち着けば、ウォルとオウカが自分を思いやってくれていることぐらいわかるはずだ。そう思えないぐらい苦しんでいたから、ウォルたちとすれ違っていた。

 そして、ウォルとオウカはそのすれ違いを修正することができず、敗北を重ねて自信を失い少しずつ止まっていった。ほんの少し噛み合わなかっただけなのだ。小隊以外の誰かが少し話をきいてやればよかった。

 彼女らはいい子だ。三人がいる場所だから、ティスがいる場所だから、ティスを批判しなかったのではない。本当にそう思っておらず、小隊の問題と捉えていた。

「ポイントのために張り切るのは良いことだが、そのせいで負けていては意味がないだろう。勝つために張り切った方がいい」

 ティスはすぐに返答せず、二度目を瞬かせた。ウォルといいオウカといい、どうして意表を突かれたというような反応を示すのだろう。変なことは言っていないはずなのに。

「そんなことできるんですか?」

 ティスは縋るような目でロートを見た。出会った頃にはなかった信頼を感じさせる目。

 そして、ロートという存在はそれを無下にできない。

 ティスだけじゃない。ウォルもオウカも言葉にはしていなかったが、勝てるだなんて思っていない。三人の口から未来への展望を聞くことはなかった。欲がなさすぎる。

 何もかも覚えていないロートでさえ、漠然と未来は明るいのだと思っている。

 自分が人である確証が寄る辺で、それで保っている。不確かなものを核にしている人間がレクチャーなど馬鹿馬鹿しいかもしれない。しかし、ロートは胸を張っていられる。それ故に寄る辺が大切とわかり、身に染みていた。これがあるから立っていられる。

 そういうものがないというのは、連携が取れないことよりも問題のように思えた。

 チームワークという欠点よりも。重大な欠点。

 お節介かもしれないが、彼女らにも寄る辺になるものが必要だ。勝てると思っておらず、自信がない。すれ違いを解消した所で、未来の展望すら抱けない負け犬根性が抜けなければ変わらない。

 それを変えるのは連携や団結力だけでは足りない。その先にある誇りが必要だ。何故かはわからないが、ロートにとって誇りというものは重たかった。

 自分達の小隊を誇りに思えるような勝利。それが次の一勝だけで足りないことはロートもわかっている。

 それでも彼女らに勝って欲しいと、誇りをもって欲しいと思う。誇りが寄る辺になれば今だけでなく、この先をも照らしてくれるだろう。そういうものを得てこそ教育だ。教育者ではないが、そう確信している。

 彼女らがそれを掴むためなら、自分はどんな嘘でもついてみせよう。それが偽ったせめてもの償いだ。将校には嫌気がさしていたが、彼女たちの明るい未来は心から願っている。

「歴戦の将校である私がついている。安心しろ。ティス軍団兵、君が焦るのもよくわかる。だが、一度だけ信じてほしい。私は君たちに勝利をもたらす。だから、君の力を預けてほしい」

「預けてですか?」

「ああ。君は素直な子だ。今までの模擬戦でも自棄になったわけじゃなく、指令に逆らっているのでもなく、焦ってうまくこなせなかった。違うか?」

「そうです」

 ティスは驚いた顔をしていた。あのキツかった少女が可愛らしく目を丸くしていると思うと、愛らしさが倍増だった。勝てなければ焦る。それが最下位ともなれば当然だ。むしろ諦めなかっただけ素晴らしいと褒めてやりたい。

「それでも預けてほしい。焦って自分でどうにかしなくちゃと身構えるのではなく、私に預けてほしい。仲間というのは出来ない事を補い合うためにある。一人では抜けた穴を埋められるからこその強みだ。そうすればきっと勝てる」

「わかりました。隊長のこと信じます。こうして話せて、よかったです」

 ティスは唇を尖らせてそう言った。ロートはうまくいったとほくそ笑むのではなく安堵した。具体性が欠片もない説得に応じてくれてよかった、と。

 実際こうして話してみると理解早いし、素直だ。どこもポンコツじゃない。仲間意識もあるし、共感性も思いやりもある。チームワークは壊滅的ではなく噛み合っていないだけ。自信はないが、能力は十分で全員素直だ。

 将校でもなければ、カウンセラーでもないロートでも少し話すことで問題点がわかる。不和ではなくすれ違いによる度重なる敗北で、自信が失われている。寄る辺を失い消極的になって、同じ小隊の仲間を頼れず、明るい未来も描けない。

 もっと早く誰かが寄り添っていれば。一度だけでもまともな指示があれば。全員口をそろえて、話せてよかったと言った。それはこんな話さえしてもらえなかったという証左だ。

 宛てのわからぬ怒りをロートは覚えた。どうして彼女らの不和を改善しなかったのだ?

 教育者ではないロートでさえ、この世界の教育には疑問を呈したい。あまりにも価値観が違いすぎている。怒りを抑え、勝利のための学習を始める。少しでも力になれるよう、努力するしかなかった。ロートは偽りの将校で、本当のポンコツなのだから。


 翌朝、船のセンサーに敵船の反応があった。

 模擬戦ではオフナーマでの戦闘訓練を主としているため、長距離攻撃は配備されていない。船には攻撃よりも索敵装置の方が多かった。

 そのため、ある程度の距離まで近づかなければ戦闘になることはない。

 が、戦闘を避けられるかと言えば否だった。

 似たような性能の船なので、こちらが捕捉すれば向こうも捕捉している。少なくとも余りものであるロートよりも、いい船なのだ。こちらだけ見つけられるということはあり得ない。

 移動速度も同じだ。似た性能であれば振り切ることはできない。出来ることと言えばひたすら逃げて時間を稼ぐか、どこかで隠れてやり過ごすかだ。

 ロートだけでは判断しかねる事だったので、三人を招集し現状を説明した。

「訓練をほとんど受けてないのに」

 ティスが悔しそうに言った。初めに呼び出した時は、敵かと息巻いていたとは思えない。

 二人三脚をそこまで有難がってくれると、ロートとしては少し困る。彼には詐欺師の才能はないらしい。

 とはいえ、紆余曲折あったが、概ねロートの計算通り進んでいる。ここで喝を入れて、団結を促し、自信を持たせよう。そして勝利を得て、誇りに繋げて欲しいものだ。

「我らが取れる策はこのまま距離を取り続けるか、隠れるか、戦うか、だな?」

 ロートが尋ねると三人は頷いた。

「だけど、実質一択。あたしたち五十七小隊はカモなので逃がしてくれることはないでしょうね。見つけたらどこまでも追いかけまわされるわ。で、他の奴らにも見つかっておじゃんと」

「なら迎え撃つ。それだけだ。貴様らは弱者であるという利点を自覚しろ」

「弱者である利点ですか」

「言い間違いではないぞ、オウカ軍団兵。全敗している貴様ら相手だとわかれば追ってくるような奴らだ。貴様らは敵どころか狩りの獲物とでも思われているのだろう。隙だらけな相手だ。簡単に勝てる。勝機の塊だ」

 何の根拠もなかったが、ロートは自信ありげに言ってのけた。大きな嘘をついているのだ。小さな嘘の一つや二つ軽くつける。

「貴様らに勝利をくれてやると言っただろう。案ずるな。私の与えた課題をこなしたのだ。ポンコツの芋虫も少しはマシになっている。出来なかった事が出来るようになった。それは大きな進歩だ。自信を持て。以前の貴様等とは違う」

「ありがとうございます」

 三人は左肩を叩いた。いつもの敬礼だ。

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