第4話-シャワー



 三人四脚でどうにかゴールできるようになって、その日の訓練を終えた。もちろん、罵倒は止めなかった。それがロートに出来ることだと、彼自身が考えたからだ。

 既に調整済みの彼女らには罵倒など慣れ親しんだものだろうし、効果が薄いとはわかっていた。実際にへこたれる様子は見せなかった。

 それでも憎まれ役に徹することで、三人に仲間意識が芽生えるものだと思ったのだ。彼女らにとって嫌な奴を演じることで団結を深めてくれればいいという安易なプランである。ロート自身、捻りのない案だと思っていたが、偽りの将校ではそれが限界だ。それしかないと言い換えてもいい。

 確認していなかった過去の戦闘映像を見ていたロートの耳に声が届く。

「あー、シャワーがこうも気持ちいいのは久しぶりよ」

「そうだね」

 ティスとオウカの声だ。場所はシャワールームから。

 訓練後の汗を流しているのだろう。食事、睡眠、そういったことも当然必要だった。

 ロートは映像から会話へと意識をやる。並列的に作業できるとはいえ、どちらかに集中してしまう。人としての癖のようなものかもしれない。

「元将校ということだけはあるわね」

 悪態をついていたティスがこう言ってくれたので、ロートは一安心する。将校の振りは上手くいっているらしい。

「うん、すごい人だよ。ね、ウォルちゃん」

「そうだな」

 ティスとオウカだけでなく、ウォルもロートのことを褒めた。嘘をついているロートはどうも居心地が悪い。しかし、聞き耳を立てることは止めない。彼女らの情報を知り得ることこそ、勝利への必要な材料だった。大事な大事な情報収集である。

「最後の最後で外れを引いたと思ったけど、期待できそうね。ありがたい指導よ」

 ティスの言葉に誰も同意しなかったが、オウカとウォルも同じようなことを思っているというのが雰囲気で伝わる。が、ありがられても困る。

 憎まれ役になるつもりが、尊敬に近い感情を向けられるとはロートの計算外だ。

 とはいえ、声だけでは確信が持てない。映像付きで見られればいいのだが。

 ロートがそう思っていると、カメラへのアクセス権の中にある文字を見つけた。初めにまさかと思い素通りし、数秒間を置いてもう一度見る。凝視しても文字は変わらない。

 シャワールームという文字が。そういえば、目覚めた時に見たではないか。

 ロートに搭載されていないはずの喉に唾が通る感覚を覚える。

 数秒考えた末に、ロートはシャワールームにアクセスした。

 シャワールームにはパテーションで分けられたボックスが三つあった。それが左右に設置されているので計六つある。

 左側のシャワールームにティス、オウカ、ウォルの順番で入っていた。

 入り口は磨りガラスでシルエットがわかるので、誰が入っているかは一目瞭然だった。何せ、彼女らは見事に身長が違う。ティスからウォルに向けて大きくなっていく。

 そして、彼女らは全員髪色が違った。

 ティスはパーマがかった赤髪。オウカはストレートのショートとミディアムヘアの間ぐらいの毛量で暗めの茶髪。ウォルは青みがかった黒の長髪だ。背丈と髪のいずれかで判別できる。

「先に出る」

 ウォルの声がし、彼女の扉が開く。ロートは咄嗟に目を閉じたが、すぐに開いた。そもそも瞼がない。

「え?」

 声に出して驚いてしまう。ロートの目には出るところは出ていて、へこむところはへこんでいるという理想的な体型の持ち主が立っていた。それも裸で。

 そう、裸のはずなのだ。タオルは頭に巻かれている。そのはずなのに、ロートの目にはウォルの裸体の全てが見えなかった。

 ウォルの体にはピンポイントで湯気がまとわりついていた。自然現象ではない。これはあまりに都合のいい謎の光の同類だ。

 どうやら、あらかじめカメラに細工されているらしい。なんて無慈悲で残酷な技術なのだろう。

 ロートは目頭が熱くなるのを感じながら、自分は何を悲しんでいるのだとも思った。

 なぜなら、ロートには性という感覚がない。記憶も薄く、男性とも女性とも判断できない。だが、男性であっても女性であっても、ウォルの素晴らしき体を拝めなかったことは悲しみでしかないのかもしれない。

 ロートが涙を流している間に、ウォルがシャワールームから出て行った。しばらくして、ティスとオウカもシャワーを終えた。ガラス越しに体を拭いているのがわかる。

「ねえ、オウカ」

 突然、ティスがそう言った。

「なあに?」

「合わせてくれてありがとう。さっきもそうだけど、今までも。今日はね、あんたがいないとやってこれなかったって実感したわ」

「どうかしたの?」

 オウカは柔らかく尋ねた。

「別に。言っておきたいと思っただけよ」

「ありがとう」

「うん。じゃあ、お先どうぞ。やっぱりあたし、もうちょっとシャワーを浴びるわ」

 ティスはそう言って、シャワーを出した。

「わかった」

 オウカが出てきてもやはり湯気は現れた。意外と胸が大きめなことを確認し、ロートは記録する。

 オウカが出ていった途端、シャワールームに声が響く。

「ウォルとオウカはできていた。私とオウカの方が遅かった。あの二人は何も言われなくても連携できていた。足りなかったのはあたしだ。あたしなんだ。なんとかしなくちゃ」

 自信なさげどころか、自分を罰するような吐露。

 ティスの呟きをロートは盗み聞きする気になれず、訓練映像の方に意識を戻した。

 彼女を助けるためには、勝利が必要なのだ。既に五十七小隊は敗北していたが、五十七小隊の映像として続きがあった。そこには水着姿の三人がいたのだった。模擬戦で水着?

 ロートの頭ははてなマークだらけになった。

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