第3話-二人三脚

 ロートは映像をディスプレイに映しながら平行して、三つの過去の映像を確認していた。機械だからこそできる並列処理である。

 だが、どれも内容は変わらない。

 その全ての敗因はティスが突出しすぎたせいであった。そのせいで団結力が欠片もないチームになっている。壊滅的とはまさにこのことだろう。

 それと、どれも司令プログラムの指示が噛み合っていなかった。それ故、突出してしまうというのもあるだろう。これも余りものを選んでいるせいなのだろうか?

「さて、どうして負けたかわかるか」

 ロートが尋ねるが、誰も口を開こうとしなかった。

 ティスと言い合いをしていたウォルも、彼女を責め立てたりはしない。内心では怒っているだろうが、表面的に出るほどではないし、排他しようというほどの怒りでもないのだろう。チームワークはズタズタだが、人の良さでどうにか保たれているようだ。

 そうでなかったらもっとギスギスしているだろう。壊滅的だという認識は変わらないが、少し光が見えてきた気がする。

「あたしのせいでしょ。この隊がポンコツと呼ばれているのはあたしのせい。それは理解してるわ」

 ロートは誰も答えないと思っていたが、ティスが自ら言った。

 そのことをロートは評価したかった。自分自身が足を引っ張っていると認識し、自らの口から発するのは難しい。

 好戦的で自信ありげな少女にも見えたがむしろ逆だろう。ティスには自信がないのだ。焦っているから飛び出してしまうのだ。

 そんな少女が非を認めている。ロートはそのことを褒めたかったが、甘くいくわけにはいかない。まだ具体的な訓練プランはなかったが、大まかな道筋は決めていた。とにもかくにも連携である。光は先程よりも強くなっている。テーマは三人に団結してもらう、だ。

 そして、そのために必要なのは敵である。

 ロートの目論見通り、わかりやすい欠点があった。チーム戦でここまでバラバラだと話にならない。

 戦術のレクチャーは難しいが、団結の心得ならまだ浮かぶ。教育の方向性は見えた。彼女ら共通の憎たらしい相手がいればいいのだ。

 そして、ティスに矛先が向いてはいけない。仮に原因だとしても、吊し上げるようなことはあってはならない。それでは団結から遠のく。

 だから、自分が彼女らの敵となろう。憎まれ役の鬼教官だ。

 なので、わざと語調を変えて偉ぶる。ついでに将校っぽくという意図もあった。

「いいや、そうではない根本的な問題だ。貴様らには兵士としての素養が欠けている。だが、心配するな。この私が直々に叩き込んでやる。名前の礼だ。貴様らに勝利をくれてやる。貴様等の弱さに呆れて、一気にショックで記憶が蘇ったよ。ポンコツ共を叩き直せってね」

「ありがとうございます」

 馬鹿にされたのに、ティスは嬉しそうに返事をした。命令に慣れすぎているせいか、反骨心がなくなってしまったのだろう。それでもどこか卑屈そうなものを感じる。

「いい返事だ。さあ、訓練を始める」

 ロートはデータの中にあったマニュアル通りの訓練を指示した。船のデータベースにはかなり情報がある。これで解決策を考え付く時間が稼げるだろう、と考えた。そして、苛めてやろう、と。

 が、その全てを三人は軽々こなしてみせた。そのくせ明るさはなく、どこか陰鬱とした陰りがあった。

 高圧的に接しようとしたが、訓練内容をこなしている以上、必要以上にきつく当たれない。ただでさえ暗い彼女らを追い込むことも心に悪い。ロートには理不尽さが足りていなかった。

 それでも厳しかったはずだが、その間特に文句も言わなかったし、態度も悪くない。暗くはあるが、決して無礼ではない。軍の訓練校にいるだけあって、上官への対応は教育が行き届いているらしい。初めのティスは、ロートのことを上官と思わなかったからああいう態度だったのだろう。

 最弱と自分たちでは言っていたが、彼女らは落ちこぼれではなかった。模擬戦の結果だけ見ればそうなるが、個人個人の直近の成績で見れば優等生に近い。

 ウォルは総合成績で一位になるほどの実力だった。オウカは二十位以内、ティスは四十番台だ。確かにティスは成績が一番低くウォルとオウカと差はあるが、絶望的な差があるわけでもない。

 ロートはティスの自虐する口ぶりに疑問を抱いた。

 三人の中で比べなくても同じだ。彼女らの成績は同学年の全生徒数が百七十一名いてその成績である。決して悪くない。確かに、小隊のスタート時点で成績上位者のウォルとオウカと違って、ティスの成績は最下位だったが、ものの見事に上昇している。

 その証拠に基礎的能力はかなり高い。だから、普通のしごき程度であればこなしてしまうのだ。どこがポンコツなのか。

 そのことを理解したロートはデータから訓練内容を探ることを止める。今まで機械的にそして適切にデータを扱ってきた司令プログラムが、彼女らの問題点を解決できていないのだ。同じように探しても答えが見つかる望みは薄い。とはいえ、とロートは悩む。

 基礎能力が低ければ、そこを上げればよかった。だが、そうではない。個々人の能力は申し分ないのだ。そのくせ全員自信なさげなのである。致命的な欠点のせいだろう。

 悪いのはロートが決めた団結力のみ。連携が取れればいいのだ。彼女らの憎まれ役になるだけでは弱い。もう一押し何かないだろうか。連携が取れる訓練。模擬戦を何度繰り返しても駄目だったのにどうすれば?

 ロートは団結から連想するものを思い浮かべる。汗をかけないはずなのに、脂汗が噴き出る気持ち悪さを感じる。彼は焦りながらも、言葉を出していく。一致団結、スポーツ、大きな課題、チーム。そんなことを続けていると、ロートはふとした動きを脳裏に思い浮かべていた。また思いつきをすぐに口に出す。

「二人三脚だ」

「ににんさんきゃく?」

 オウカが小首を傾げていた。彼女には馴染みのない言葉らしい。占めたとロートはほくそ笑む。

「二人の足を縛って走るんだ」

「足を縛っちゃ走れないじゃない」

 そう言ったティスは呆れた顔をしていた。ウォルも知っている様子ではない。彼女たちは本当に知らないようだ。であれば二人三脚が崇高な訓練であるように偽れる。

 ロートは船である現状に感謝した。きっと顔があれば、口端が吊り上がっている。邪悪な顔だったはずだ。

「説明不足だった。二人で横並びになり、内側の足首を布などで結ぶんだ。そうすると、一人の左足、二人の結んだ足、そしてもう一人の右足で三つの足。だから二人三脚と言う。足を共有し走れるようになれば模擬戦でも自在に動けるだろうよ。貴様らには何もかもが足りないが、一番足りぬ連携、チームワークを培う訓練だ」

「そういうことですか。わかりました」

 これに何の意味があるのだと追求されれば、ロートはでたらめを用意するしかなかったのでホッとする。思い付きで言ったことだったし、何かしらの効果を望んで言ったことではない。団結、という言葉で思い付いたものがこれだっただけだ。貧相な考えである。ロートの元の記憶は軍人ではないことは確かだろう。二人三脚をすればチームワークが改善されるとは思っていない。だが、そう思わせることはできるだろうとは考えていた。

 まず、ティスとオウカが走ることになった。直線で五十メートルのラインを引き、足を縛るだけでいいので用意はすぐだった。

 たかだか二人三脚なのだが、ずいぶん真剣な顔をしている。彼女らには初めての経験で、二人三脚という行為に何かしらの意味があると考えているのだ。笑っちゃいけない。

「合図をしたら走り出せ。完走することは最低条件で、速さも測るからそのつもりで」

「はっ」

 三人はそう口にし、左の上腕部を右手で叩いた。これが敬礼のようなもののようだ。自分が知っているものとは少し違うな、とロートは思った。

「カウントを開始する。三、二、一、スタート」

 ロートのスタートと共にティスとオウカは走り出した。

 打ち合わせをしている様子もなかったし掛け声もないが、順調に右左と足を繰り出している。二十メートルほど経過して、スピードを上げたが転けることなく完走しきった。

 二人の息が落ち着いてから、次の組が行われる。オウカとウォルのペアだった。

「オウカ、まずは端の足から出そう」

「了解だよ、ウォルちゃん」

 互いのペースを窺うように足を出すため、出だしは前の組よりも遅かったが、スピードアップが早く滑らかだった。

 一秒ほどウォルとオウカのペアの方が速くゴールする。ティスが落ち込むのをロートは見逃さなかった。

 最後の組み合わせであるティスとウォルのペアは、スタートしたその瞬間転んでしまった。ティスが縛られている足を、ウォルが縛られていない右足を出したのだ。

「ちょっと、何やってんのよ?」

「それは私の台詞だ。私とオウカの走りを見ていたのだろう? その時と同じように端から出したのだ」

「何であんたに合わせないといけないわけ」

「合わせるもなにも、初めの君も端から出していただろう。だから今度も同じだと」

「覚えてないわよ、そんなこと。いちいちね、右足から歩きますーなんて考えて毎日歩いてるわけ?」

「それとこれとは話が違う。こんな言い合いをしている場合じゃない。立つぞ」

「そうね」

 二人は立ち上がろうとするが、立ち上がれなかった。

 ウォルが右足で踏ん張ろうとしていた時に、ティスが結んだ足を動かしたのだ。

 ロートはポップコーン片手に観察していたかった。喜劇でも見ている気分である。だが、今はそういう場ではない。下らない理由での仲間との対立は、団結のために最も避けねば。

 彼はおもむろにため息をついた。が、それを聞いても二人は止まらない。

「あんたねえ、どうしてそうドジなわけ? わざとでしょ。成績一位だからって驕ってるんじゃないの?」

「君に協調性がないだけだ。どうして待てない? 私が先に立って、君の手を引くこともできただろう」

「立とうとしていたなんて知らないわよ。天才様と違ってわからないの、こっちは。だから、これからは毎回宣言してよね、はい立ちます、はい歩きますって」

 ロートは驚きのあまり言葉を失っていた。まるでギャグ漫画みたいなやり取りである。何ヵ月も同じ隊として活動していて、よくここまで歪み合えるものだ。

 本当にこの二人の間が悪いらしい。二人ともオウカの時はそうでなかったから、思いやりというものはあるはずだ。相性の問題だろう。どちらかが意地悪をしているという様子でもなかった。

「オウカ軍団兵、二人の紐を解いてやってくれ」

「わかりました」

 オウカは小走りで二人に駆け寄り紐を解いた。自由になったティスとウォルはすぐに立ち上がり、腕を後ろに組む。お叱りが飛んでくると思っているだろう。

 既に軍団兵として加工済みなのだ。だからこそ、ここまで協調性がないことが疑問なのだが。

「そう、態度は問題ないのだ。態度は」

 ロートはつい愚痴を漏らしてしまう。

 彼女たちの資料によると、基礎的な訓練は済んでいるとのことだった。オフナーマの操作や、重火器や小火器の取り扱い、伝令の仕方など多岐に渡る。返事、書類の取り扱い一つ取っても決まっているのが軍隊というものだ。それは人から、命令に忠実な機械に調整する作業に他ならない。戦場という特殊な世界に適合させるための前段階として、軍隊という一般とは異なった社会に身を置く。娑婆っ気が抜けるまで訓練を受け、それが終えれば軍の部品として動く規格品となれる。

 決して働くではない。動くである。部品として作りかえるのは軍を保つ上で必要なだけではなく、そうする方が戦場で生き抜く可能性が高くなる。徹底的に研ぎ澄まされた任務達成のための部品。それらが織り成すチームワークが必要不可欠なのである。そう、チームワークだ。

「貴様らはどうしてそうなのだ?」

 ロートは意図的に声色を変えた。先程までの態度よりもキツく。多少では足りないと判断した。ティスとウォルの不仲を吹き飛ばす敵にならねば。憎まれ役程度では足りない。敵になるのだ。

 威圧的な態度を取っても、訓練済みの彼女らには効果は薄い。この程度慣れているのだ。

 五十七軍団では自殺や脱兵の原因となるため、体罰や暴言は推奨されていない。教育面で見ても効果が薄いという判断らしい。特に暴力は原則禁止されていた。

 が、一般社会から脱した場所である軍隊では、暴力による教育の有用性は無視できないらしくゼロということはない。原則というのは便利な言葉なのだ。

 そういった方法や調整すること自体が正しいということはないけれど、現実としてそうせざるを得ない。資料を読んだロートはそう考えた。故に、あえて用いるのである。

「足の短い豚か? いいや、豚だったな。知恵を回せない畜生なのだ。人ではなく豚だろう。返事だけは一丁前にブヒブヒ言える豚だろう。どうだ?」

「違います、隊長殿」

 三人は声を揃えて言った。彼女らの顔はこれで終わるとは思っていないようだ。

 反発もない。

 やはり、こうした理不尽は慣れっこらしい。だが、ロートは同じ語調で続ける。

「そんなわけがないだろう。五十メートルも満足も歩けない者が人を名乗る資格があるわけがない。赤ん坊だって這って動けるぐらいだ。その点を見れば、豚以下だな貴様ら。豚はもっと速く動ける。ノロい貴様等には芋虫がお似合いだ。一勝もあげられないのだ。軍において何の価値がある?」

「そんなことは」

 オウカが言葉を濁すが関係ない。

 どう返事をしても、罵詈雑言が炸裂する。無茶苦茶であればあるほど敵になりやすい。

「そんなことは、だと? この嘘つきが。私は貴様らを軽蔑している。この段階でここまで手を煩わせるのだ。おかしな話だろう。不良品は既に弾かれているはずだろうが。どうして間違えて選ばれた時に手を挙げなかった。私は価値のない不良品ですと名乗らなかった」

 返事がなくたって変わらない。

「この私が直々に人に戻してやる。それまでは芋虫だ。軍に存在する価値のないクズだ。いいな」

「了解しました」

「よし、じゃあ早速、足を結べ。今度は三人でだ。時間以内に走りきれ」

「はっ」

「とっとしろ、このうすの共が」

 慌てて紐で足を固定する三人を見て、ロートは心中でため息をつく。存外、思ってもいない罵倒をするのは疲れるものだ。だが、仕方ない。人を傷つけるために演じたのだから。

 ロートも二人三脚や三人四脚なんてふざけたアイデアだけで乗り切ろうとはしていない。団結させるために憎まれ役を、敵になることを買って出たのだ。

 しかし演技はメインではない。メインは達成感と自信だ。

 自分が敵になり彼女らの団結力を深め、二人三脚というできなかったことをできるようになったという達成感を与える。無知な彼女らは二人三脚ができるようになったのを、チームワークが改善できたと誤解するだろう。嘘だろうと誤解だろうと、結果に繋がればいいのだ。彼女らが失っている自信になればいい。

 つまり、鬼教官にしごかれる理不尽を経験させて仲を深め、二人三脚をできるようにして嘘の達成感を与えて、チームワークが改善できたと誤解させる。杜撰でしかない策だが一度ついた嘘を貫かないわけにはいかない。そのような目的意識があっても疲れてしまう。

 将校は向いていないようだ。これが終われば三人と離れ、転職でもしようとロートは思った。好奇心でやるものじゃない。

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