第2話-模擬戦


 前回の模擬戦の舞台は市街地だった。前衛がティスで後衛がウォルという編成だ。オウカはサポートという役割らしい。

 データによると、これが基本戦法のようだった。

 サポートが策敵を行い、前衛が進み、後衛がその援護をする。

 それは九機で行われる。

 オフナーマは一人で三機を操縦するのが基本だった。そのため本来十人前後で一小隊と呼ぶが、三人と司令プログラムで一小隊としていた。パイロット一人で三人分という考えらしい。

 セオリー通りオウカのオフナーマはバックパックを切り離し、子機として活動させる。子機はパイロットが搭乗している親機より一回り小さい。一応、人が乗ることもできるそうだが、親機の方が性能がいいため子機にわざわざ乗る人間は珍しかった。切り離す前は親機の推進力として使かうから、という理由もある。

 数分後、オウカの声が響いた。

「前衛と後衛の親機を捕捉しました。私の子機でこれを追尾させます」

 隊内で共有されているマップに敵の位置を示す光点が点滅する。

「よし、じゃあ行くわよ」

 建物の影に潜んでいたティスは走りながら捕捉した敵に近づいていく。

 そのことを咎めるようにウォルの通信が入った。

「待て、慎重に」

「遅いわ。足音が聞こえちゃったもの。向こうも私のを聞いたでしょうね。それに隊長から、そういう指示が出ているの。深く入り込んで、じっとしていろってね」

「本当か。こちらの指示とは齟齬があるな。仕方ない、私が指示から外れる。狙撃ポイントに移動して」

 ウォルの作戦は当然と言える。市街地では遮蔽物が多く、後衛が援護できない箇所が出てくる。援護を十全に受けられる場所で戦おうとすべきである。何もプログラムに従わなくてもいいだろう。が、ティスは了承しなかった。

「悪いけど、気づかれた以上待っていられない。上等じゃない。さっさと片付けてやるわ」

 注意と受け取っていないようで、ティスは自信満々に返事をする。

「待て、命令ではじっとしていろと合ったのだろう?」

「そんなことしていたらやられるだけでしょうが」

「それはそうだが」

「二人とも、今は戦闘中だよ。ティスちゃん、今から誘導するから」

「悪いわね、オウカ。時間切れ」

 話しながらも前進させていたティスの子機が、銃弾の接近を警告した。

 彼女は警報を出した子機ではない方の子機に、飛びつかせ建物へと回避させる。三機を同時に操るからこそ出来る行動だ。

 建物の陰に隠れると銃撃が止む。オウカが捕捉した敵はティスからまだ遠かった。つまり、これは別の機。足音を立てていた奴だろう。先にティスが見つかってしまったらしい。

 それでもティスは撤退しない。子機二機を銃撃された方向に突進させる。当然、銃撃が来るが、突進をやめることはしない。

 玉砕しようとしているわけではなかった。ある程度距離の離れた一機の銃撃であれば、ティスは回避する自信があるらしい。

 最初の距離から半分詰めても、飛んでくる弾丸のラインは一つ。二つも三つもラインがあれば別だが、一つであればどうとでもなるということだろう。その証拠に左右に体を振り、時には建物を蹴って跳ね、とうとう相手の動力部にナイフを突き立てる。

 ロートは驚いた。どこが最弱なんだ。むしろ強いじゃないか。カッコいい動きに拍手を送りたい気分だった。

 ティスの子機には基本のライフルとナイフ、グレネードしか装備されていなかった。装甲も薄く、索敵装置も少ない。速度を出すことだけに特化している。もちろん、ティスの技量もあってのことだが、弾丸を回避する土台は出来ていたらしい。

「ラッキーね。サポートの親を潰したわ」

「パイロットの捕獲を急いで」

「わかってるわよ」

 ウォルの小言にティスは吠えた。

 と同時にティスの警告が鳴り響く。今度は子機ではなく、建物に隠れていた親機。子機は二機とも突進させたため近くにおらず、回避行動も間に合わない。

 ティスは咄嗟の判断で、腕でコックピットがある胸部を右手で庇った。

 右上腕部に被弾、胸部は守られたが右腕は使い物にならない。すぐさま跳んで遮蔽物に身を隠し、呼び寄せた子機の一機に弾幕を張らせる。

 その間にもう一機の子機の右腕を取り外し、親機に取り付ける。親機と子機はサイズが違うが互換性があった。

「ティスちゃん、被害は?」

「右腕だけ。子機から取り替えたし問題なしよ。ウォル、狙撃されたんだから撃ち返しなさいよ。場所もわかっているんだし」

「できたらやっている。私が場所を移す前に君が飛び出ただけだ。どこに行くかも言わずに、それだけ動かれれば狙えるものも狙えない」

「そんな悠長にしていたら勝てるものも勝てないわ。っと、敵よ。中々好戦的じゃない」

 センサーが捉えるより先に、ティスの体がオフナーマの足音と振動を捉えていた。

 データによると彼女の機には最低限のレーダーしか搭載されていないため、策敵範囲が狭い。そのため、音などの情報はかなり重要だった。

 音の聞こえてくる位置を機械が指し示す前に、ティスは耳で理解する。

 オウカの子機が張り付いているマップの光点は、ティスから離れている。つまり、子機だ。子機は親機よりも小さいため、性能が低い。真正面から戦わせれば親機が勝つ。だからかティスは好戦的だった。

「子機みたいだから片付けてくるわ。位置はこの辺り」

 狙撃できないとウォルに文句を言われたので場所だけは指し示す。

 だが、ウォルから通信が入った。

「待て、そこは」

 ティスはウォルの通信を小さくする。小言など聞いている暇はないということだろう。

 彼女は子機を操りながら、親機も進めていった。狩りを行うなら頭数が多い方がいい。

 相手の足音は変わらず響いている。敵が見えた後よりも、この探すという作業が一番ティスの胸を乱す。敵を追い詰めるということへの高揚なのか、未知への恐れなのかはわからないが、嫌いではなかった。ティスの子機の一つが敵の後ろ姿を捕捉する。それからは鬼ごっこだ。三体一で追い詰めていく。

「なかなか素早いわね」

 ティスの軽量化した機体と同等のスピードだったため、追い詰めるのに苦労したが、三機も投入すれば難しくはなかった。

 飛び込んで倒そうとしたが、ティスは建物に隠れる。相手は最後の抵抗なのか、でたらめに機銃を撃ち込んできた。

「弾が切れれば終わりね」

 ティスは息を整える。トントンと一定のリズムが頭に響く。意識が狭まっていく。

 音が止んだ。ここぞとティスは三方向から一気に敵を狙う。

 彼女の子機が前進する前に、一機はナイフが投擲され、もう一機の子機は別方向からの機銃に破壊される。何故、どうして、と混乱していたが、体は止めない。訓練されたティスの体は反射的に動く。

 子機から最後に見えた断片的な映像と、マップの情報から、あれらが敵の子機の攻撃であることを判断する。オウカはキチンと仕事をしていて、前衛と後衛の親機にしっかり張り付いていた。

 三方向から攻撃されたので、敵の数は少なくとも三。ティスは混乱していたが考えは止めなかった。そして、自分の見立ての誤りを理解していた。

 計器をチェックし、モニタの情報を拾っていく。

「はめられたのね」

 ティスが撃破したのは間違いなくサポートの親機だったが、そこでパイロットを確認していない。確認する前に敵を見つけたのだ。そして、それを追った。

 であれば、サポートに乗っていたパイロットが生きていても不思議はない。子機に搭乗していても驚くことではない。

 相手のサポートは、逃げられないと判断して親機を自動操縦に切り替え、乗り換える時間を稼いだのだろう。

 そして、突出しているティスを罠にはめた。自陣の後衛が狙撃できる場所に誘導し、そのあとは他の子機を総動員して配置した。

 それだけでなく、ウォルが狙撃できないポイントに誘い込まれている。

 敵ながら天晴れ、とティスは唇を歪める。

「ごめんなさい、はめられたわ。サポートの親機は破壊したけれど、子機に乗っているみたい」

「ティスちゃん、ウォルちゃんの狙撃可能範囲に逃げられる?」

「無理ね。囲まれているから」

 最後に一暴れしようとしたティスだったがあえなく捕まり、オウカとウォルも捕まってしまった。

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