「仙果のヒットマン」~もしも村上春樹が桃太郎を書いたら鬼ヶ島までたどり着かなかった件~

青い絆創膏

仙果のヒットマン



 桃太郎はまっすぐ前方を見据え、確かな足取りで鬼ヶ島の方角へ向かって歩き出していた。上品に仕立てられた薄いブルーの着物を着ており、射干玉の実のように漆黒の髪はポマードでしっかりと整えられている。長身で体格が良く、戦に出陣する武士のような雄々しさがあった。

 桃太郎、という奇妙な名前は彼の出生に由来している。桃太郎が生まれる前、彼の父親と母親は小さなあばら屋で慎ましく暮らしていた。二人は強く子供を望んでいた(実際はほとんど女のほうが強く望んでいた)が、残念ながら子供には恵まれなかった。結婚当初は若い男女だった二人は、子供がいなくとも仲睦まじく貧乏暮らしを楽しんでいたが、次第にたった二人きりで貧しく暮らすことに息が詰まるようになってきた。そのせいか時折彼らの間には、黒死病の蔓延したビザンツ帝国よりも重い沈黙が訪れるようになっていた。

 体調不良などの特別な理由があるときを別にして、彼らは一日も欠かさず仕事をした。それは彼らが結婚した時から三十年以上続けている習慣だった。男は朝5時に目を覚まし、清潔な衣服に着替えたあとに仕事道具の鎌を入念に手入れする。女の作った汁物に口をつけ、それから洗面台に向かい、手早く歯を磨く。そして男が山に柴刈りに出かけるのを見送ると、女は素早く食器を片付け、家中をくまなく掃除する。彼女の通った後にはいつも塵ひとつ残らない。掃除が終われば川で洗濯をするのが彼女のいつもの日常だった。その日も彼女はやはり川で洗濯をしていた。

 その川は100mほどの川幅で、隣の村から二人が住む村までおよそ30㎞にわたって流れていた。近くにはもう一つ大きな川があるが、どういう訳か彼女は何の変哲もないこの小さな川に魅了されたようだった。そちらには目もくれずに、大きな洗濯板に衣服を強く擦り付けていた。まるで怒りに打ち震える山姥みたいに。

 桃太郎はその小さな川に流れついた、海賊船の酒樽みたいに大きな桃から誕生した。あるいは桃太郎の両親は、老いてから子供をもうけたことへの気恥ずかしさから、そのような作り話をしたのかもしれない。いずれにせよ桃太郎はこの世に誕生し、村人を困らせる鬼を退治しに鬼ヶ島に乗りこもうとするほど正義感の強い青年に育った。ただ、雷電為右衛門も度肝を抜かすほど大量に白米を食べることだけは、老いた両親を深く悩ませた。危険な場所に赴こうとする桃太郎を両親がさほど強く引き止めなかったのは、そういったことも少なからず関係しているかもしれない。

 桃太郎は川を渡り、南の方角にある森に向かって歩みを進めた。桃太郎は時折、腰につけた「きび団子」の入った麻の袋に手をのばす。そこにまだしっかりと布が取り付けられていることを確認し、よく訓練されたドーベルマンのように背筋を正した。

 桃太郎が家を出るときに、母は皺だらけの手で「きび団子」を桃太郎に差し出した。「しかるべき時につかいなさい」

「しかるべき時?」

「いつか分かるわ」と母は言った。「今はまだその時ではない」

 母の言う「しかるべき時」が一体いつのことなのか、そもそもこのきび団子の正体は何なのか、桃太郎には検討もつかなかった。ただ、どうやら何かこの団子が特別なものであるらしいということだけは理解できた。

 桃太郎が山の麓に立つと、草むらの陰から突然大きな黒い犬が現れた。脚は長く、顔は細長い。脚や胴には筋肉が小さな丘のようにいくつも隆起し、身体中に短くて固い毛がびっしり生えている。よく研いだ刃物のように鋭い歯がめくれた口の隙間からのぞいており、本気で噛まれれば人間の首も容易く千切れてしまいそうだった。犬はふたつの目で上から下まで舐めまわすように桃太郎を見た。それがあまりにも人間臭い動作だったため、桃太郎はその犬への警戒心を強めた。すると犬は唇をめくりあげて「貴殿はどこに行かれるのか」とアクセントを欠いた声で尋ねた。桃太郎は犬と話が出来る人間ではなかったが、どうもこの犬は人間の言葉を話すことが出来るらしかった。

「鬼ヶ島に行く」

「鬼が住んでいるところ」と犬は言った。

「そう、鬼が住んでいるところ。村人が鬼に困っていると言うので、倒しに行く。」

「つまり――」犬は辞書で適切な言葉を探すかのように逡巡した。「善行をする」

「ある意味では」と桃太郎は言った。

「善行は私も好きだ。人間はよく善行をしている」

「人によると思う。僕は善行を行うことを好まない人間も知っている」と桃太郎が言うと、犬の唇がまた不自然にめくりあがった。どうやらこれが犬なりの笑顔のようだ。少なくとも好意的ではあるらしい、と桃太郎は思う。

「今君と話して気が付いたんだけど、実を言うと僕はけっこう、一人で鬼ヶ島へ行くのは寂しかったみたいだ」桃太郎は間を置いて適切な言葉を探した。「君さえ良ければ一緒に来てほしいと思う」

 犬はまた桃太郎を上から下まで眺めた。犬の目は深い海の底の海藻のように揺れ動いている。犬は何も言わなかったので、桃太郎も同じように黙っていた。桃太郎は密かにため息をついた。さすがに動物を鬼退治の旅路に誘うのはいささか無謀であったかもしれない。

 犬は桃太郎が腰につけた麻の袋をじっと見た。「貴殿はきび団子を持っているようだが」

桃太郎は肯いた。

「ああ。持っている」

「それを一つ譲ってくれるなら、貴殿にお供しよう。我々はそれがとても好きなんだ」

 桃太郎には母の言っていた「しかるべき時」が今この時であるという確信があった。

「わかった。それでいい、もちろん」

 きび団子は薄い黄色をしており、表面には白い粉のようなものがまとわりついていた。桃太郎が犬にきび団子を渡すと、犬は美味そうにきび団子を食べた。

 桃太郎が山道を先に進むと、犬は従順な家来のように桃太郎の横にぴたりと張り付いてそれに従った。辺りを注意深く見渡しながら、迷いのない足取りで歩いている。犬は桃太郎の歩調と完璧に合わせているようで、桃太郎が歩みを緩めれば同様に速度を落としたし、桃太郎が立ち止まれば極めて正確なタイミングで立ち止まった。

「ところでさっき君は、我々と言っていたけれど」桃太郎は言った。「我々というのは誰のことだろう」

「私は一人で存在しているわけではないということだ」

「それはつまり、君のような犬が他にもいるということ?」

「犬とは限らない」

「犬以外の動物?」

 犬はそれには何も答えなかった。答える必要がないと思ったのだろう。桃太郎はそれ以上なにも追及せずに黙って歩みを進めた。山の奥に進めば進むほど、侵入を拒むかのようにどんどん道は狭く険しくなっている。しかし、これくらいの道であれば桃太郎は容易に進むことができたし、こういった険しい道を歩くことを喜ばしくも感じていた。おそらくは子供のころからの習慣が、桃太郎にそういった感情をもたらしているに違いない。


 桃太郎が6歳の誕生日を迎えた日から、桃太郎は父親に連れられて山に柴刈りに行くようになった。まだ幼かった桃太郎は父のあとについて回って、地面に落ちた小さな枝を拾った。足場の悪い山道で、桃太郎はよく転んだり怪我をしたりしたが、泣き言ひとつ言わずに毎日朝から晩まで山を歩いた。一日を終えると、母親が作った山菜のおひたしと麩の味噌汁と、それからご飯を食べて、薄い布団の中で泥のように眠った。しばらくそのような毎日が続いたが、次第に桃太郎と父親は別行動することが増え、10歳になるころには桃太郎が一人で山に登るようになった。朝起きて、麻の作務衣に着替え、一杯の水を飲んだ。父親の後に井戸の水で顔を洗い、まだ日が昇り切らないうちに山に向かった。

 そんな生活がしばらく続いた後、父親が連れてきたのが牛河という男だった。牛河は身長が低く寸胴で、頭が禿げあがっていて、左右で目の大きさが違った。彼は短い木綿の着物に、グレーの股引、右手には奇妙な形の棍棒を持っていた。父親と同い年だと聞いていたが、父親よりもだいぶ若いように見えた。なぜ父親とではなく、彼と山を登ることになったのか桃太郎は検討もつかなかったが(そのときは知らなかったが、父親は腰を痛めて山に登れるような身体ではなくなっていた)、桃太郎はむしろ前よりもいくぶん楽しんで山を登った。牛河はどんなに足場の悪い道でも、聖徳太子が2人同時に話を聞くように容易く進んでみせ、桃太郎を先導した。山菜にも詳しく、タラの芽やゼンマイ、ふきのとうなどをとって調理し、桃太郎と両親に振舞ってくれた。料理はいつも簡単なものだったが、貧しい一家にとってはありがたかった。  

ある日、いつものように桃太郎が山の麓の小屋の前で牛河を待っていると、牛河は大きな黒い毛布のようなものを引きずってやってきた。桃太郎が目を凝らして見ると、牛河が引きずっているものが毛布ではないことが分かった。それはヒグマだった。「牛河さん、これは?」

「ヒグマだ。ちょうど今殺したんだ」

 よく見ると彼の着物は赤黒い土のようなもので汚れていた。桃太郎は息をのんだ。まさか、これをひとりで?「なぜ僕はこのヒグマを殺したと思う?」と牛河は言った。

「わかりません。襲われたからですか?」

「いや、襲われてはいない。このヒグマが人里に降りて作物を食べるようになっていたからさ。おかげでジャガイモ畑は全滅だよ」

 桃太郎は沈黙した。「桃太郎くん、しかし大事なのは事実ではなく過程なんだよ」

「過程?」

「そう、なぜヒグマが人里に降りてきたか、という過程だ。いつだって大切なことは事実よりも過程のほうにある。そのことを忘れてはいけない」

 牛河は微笑んだ。「さて、今日は裏山の方に行こう。そろそろツクシが取れるころだ」

それが牛河との最後の記憶だった。牛河はその日以来桃太郎の前に姿を見せなくなった。父親と母親も、牛河について何も語らなかった。


「それで、私は貴殿と共に鬼に立ち向かえばいいのだろうか?」と犬は質問した。

「君に任せるよ」と桃太郎は言った。「僕と一緒に命をかけてくれとは言えない」

「私も犬死はしたくないものだ」と犬は桃太郎を見上げて言った。「しかし、貴殿が私の命に責任を持つというのなら話は別だがね」

 桃太郎はしばらく黙っていた。それから口を開いた。

「僕と一緒に命をかけてくれる?」

「私は関羽のようになりたかったんだ」と犬は小さな黒い尾を揺らして言った。つまりイエスということだろう。用件は終わったようで、犬はそれきり沈黙した。

 桃太郎と犬は長い道のりを歩いた。険しい岩場を超え、傾斜のきつい下り坂を滑り降りた。犬はその間も表情を変えることなく桃太郎の横を歩き続けた。南の空にある太陽の光が針のように二人に降り注いでいた。桃太郎は歩きながら、天台宗の大阿闍梨について思いを巡らせた。大阿闍梨を目指す信者たちは千日かけて比叡山を歩き続けたという。どこか遠くの修行僧たちのことを考えると、桃太郎の肉体への疲労は和らいだ。やがて二人は大きな森の入り口にたどり着いた。この森を抜け、海を渡れば鬼ヶ島だ。

 古代魚のように深い森だった。緑色の広葉樹林が生い茂り、太陽の光を遮断していた。初めて来た森だったが、桃太郎はあまり鬼ヶ島に近づいているという実感が湧かなかった。普段山で柴刈りをしているときとそれほど変わりはない。歩くたびに葉や枝を踏みつける乾いた音があたりに響いた。

 桃太郎がふと上を見上げると、桃太郎の背丈の半分ほどはありそうな大きな猿が、木の上から桃太郎を見下ろしていた。顔は赤く、全身が長いグレーの毛で覆われている。大きな猿は、まるで連日の日照りに悩まされた農夫のように、不愉快そうに顔を歪めていた。桃太郎は猿から距離をとるため、注意深く後ずさった。

「あんた、どこに行くんだね?」と猿は顔を歪めたまま桃太郎に向かって言った。どうやらこの猿も人間の言葉が話せるらしい。

「鬼ヶ島に」と桃太郎は簡潔に言った。

「あんたは鬼を倒しに鬼ヶ島に行くのか?」

「僕は鬼を倒しに鬼ヶ島に行く」

 猿の顔が妙な引きつり方をし、歯がむき出しになった。猿は木から下り、桃太郎の目の前にやってきて、口を開いた。「なぜ?」

「難しい話じゃない。僕の村に鬼がやってきて、金目のものや野菜なんかを奪っていくようになった。それも一度だけではなく、何度もね。それでは困るから、僕が鬼を倒しに行くことになったんだ」

「なるほど」と猿は言った。「それで、あんたとその犬で鬼ヶ島に行くのか?」

「今のところは」

猿は笑った。「相手は赤子じゃあるまいし、たった二人で鬼を倒せるものか」

「まさしく、そこが問題なんだ。どうだろう、僕と一緒に来てくれないか」と桃太郎は言った。

 猿はしばし沈黙し、桃太郎の腰についた麻の袋を指さした。「その腰についているものは?」

「きび団子。母が持たせてくれた」

「きび団子」と猿は大事な言葉を覚えるみたいに言った。「それを一つ譲ってくれるなら、あんたにお供するよ」

桃太郎は肯いた。「もちろん」

 桃太郎がきび団子を猿に渡すと、猿は手でそれを掴んで一口で飲み込んだ。何故だかこの辺りの動物たちはきび団子を好んでいるようだ、と桃太郎は思う。

 しばらく暗い森の中を歩くと、桃太郎と犬と猿は開けた場所に出た。高い木々がまばらに生え、隙間から光が漏れ出ている。

「少し休もう」と桃太郎は二人に言った。桃太郎が大きな黒い岩に腰を下ろすと、二人もそれにならって座った。風が大きな枝を揺らし、三人の頭上に緑色の葉を降らせた。桃太郎は荷物を下ろし、白米で握ったおにぎりと、ふきの佃煮を取り出して、犬と猿にも分けた。そして、山で汲んだ冷たい湧き水を飲んだ。西に傾いた太陽の日差しが、暖かく三人に降り注いでいた。「それで……あんた名前はなんて言うんだっけ」と猿は桃太郎に尋ねた。

「桃太郎。君は?」

猿は首を振った。「わからないな」

「わからない?」

「その犬も同じだろうな。俺たちに名前はない」と猿は言った。

犬は肯いた。「そう、我々に名前はない」

桃太郎はしばらく黙り込んだ。うまく言葉が出てこなかった。

「君たちはなぜ人間の言葉を話せるのだろう?」と桃太郎は尋ねた。

 猿は唇をめくりあげて言った。「あんたが使っている言葉だからと言って、それが人間の言葉であるとは限らない。我々の言葉を人間が話しているのかもしれないし、人間の言葉を我々が話しているのかもしれない。あるいは、我々の言葉でもなければ人間の言葉でもないかもしれない」、猿はそこで大きく息をついた。「つまり、なぜ俺たちがあんたと同じ言葉を話すのかは俺たちにも分からない」

「悪かった」と桃太郎は謝った。

「かまわんよ」と猿は片手を上げ、桃太郎の言葉を制した。「そろそろ行こう」

 三人が森を抜けると、そこには広い野原が広がっていた。すでに日は落ち始めていて、背丈の低い草を赤い光が染め上げていた。桃太郎は目を細めて遥か遠くにある鬼ヶ島を見つめた。空模様の変化に気を配る、仕事熱心な船乗りのように。

「僕たちはだいぶ遠くまで来たみたいだ」と桃太郎が言った。

 犬は肯いた。「たしかに、だいぶ遠くまで来たようだ」

 空には夕日に照らされた鳥たちが黒い閃光のように三人の頭上を飛び回っていた。桃太郎が鳥を眺めていると、そのうちの一羽が群を離れてこちらに向かって一直線に飛んでくるのが見えた。茶色の斑点を持った尾羽の長い鳥で、どうやら雌の雉のようだった。雉は桃太郎の目の前に降り立つと、目利きをする骨董商のように小さく首を傾げた。

「こんにちは。あなたたちはどちらへ行くの?」と雉は言った。

 桃太郎はため息をついた。やれやれ、この辺りの動物たちはいったいどうして人の目的を聞きたがるんだ。

「鬼ヶ島に行く」と桃太郎は答えた。

「鬼ヶ島に?どうして?」

「それは鬼を――」桃太郎はそこで言葉を止め、足元に目を落とした。「退治するんだ。村人のために」

「そう。それがあなたの正義ってわけね?」

「そうかもしれない」と桃太郎は言った。

 雉は何やら考え込むように桃太郎を眺めたあと、口を開いた。

「私も連れて行ってくれない?なにか役に立てると思う。少なくとも、非常食くらいには」

 桃太郎は首を振った。「一緒に来てくれるのはありがたいけど、君を非常食にはしない」

「じゃあ、何をすればいいの?」

「来てくれるだけでかまわないよ」

 雉は肯いた。「わかった。そういえば、その腰の袋には何が入っているの?」

 桃太郎は麻の袋からきび団子を取り出し、雉に差し出した。雉は目の前に出された団子を吟味し、小さな嘴で少しずつ食べた。

 桃太郎、犬、猿、雉の四人は何もない野原をただ歩いた。途中、小さな蠅の群れが犬の鼻のあたりを彷徨っていた。日はすっかり沈んでいて、あたりは氷の中のように静まり返っていた。海の方から吹く潮風の感触から、桃太郎は何やら不穏なものを感じ取った。

「ところで、あなたは鬼を見たことはあるの?」と雉は桃太郎に尋ねた。

桃太郎は言った。「実を言うと、まだ見たことがない。僕以外の村人は見たことがあるようだけど」

「それで鬼退治に行くと?」と雉はあきれたように言った。

「たしかに君の言う通りだ」と桃太郎は乾いた声で言った。「しかしいずれにせよ、僕は鬼ヶ島に行かなければならない。いわばそれは、運命みたいなものなんだ」

「よくわからないな」と彼女はわずかに間を置いてから言った。「黒船に裸で乗り込むくらい愚かだわ」

 桃太郎は沈黙した。そしてなぜ自分が鬼ヶ島に行こうとしているのかを考えた。しかしなぜ自分がそこに行かなければいけないのか、桃太郎には検討もつかない。何か大きな力(あるいは必然性のようなもの)によって自分が支配されているように感じた。四人はいつの間にか野原を抜け、海の底のように暗い浜辺に辿りついていた。濃い霧の向こうに、鬼ヶ島がうっすらと影になって揺らめいている。彼の視界の端には、あつらえたかのように小さな船が停泊していた。彼は目を閉じて、深く息をした。彼の呼吸の音は闇の中に吸い込まれていき、あたりには波の音だけが響いていた。

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