第9話 悲情


「ぁ……」


女が小さくつぶやく。


床に流れる赤い液体。


佐賀と女の靴にしつこくまとわりつく。




「ぉ、おい…荒口…おま───」




佐賀がそう言いかけた途端、流れていた血が止まる


───止まると言うより、逆流していた。




「…はぁ…痛ってぇ…。マジ何してくれてんだよ。」




「?!」




倒れていた”シン”がムクっと起き上がり、頭をかきながら言う。




『佐賀さん。見てたけどそいつやべぇな。気をつけろよ。援護して欲しかったら合図。多分速いからタイミングが掴めない。』




「仕事増えてんじゃん…最悪…。」




佐賀が吐き捨てると、乱暴に通信を切る。




「で?どうすんの。このまま2対1?それとも、このイヴってやつ叩き起して2対2?どっちでもいいけど、こっち的には2対2の方がいいかなー…」




”シン”が言う。




「そんなん2対1に決まってんだろ!」




荒口が言い、シンの腹にサブマシンガンの銃口を向ける。




「また?それいらないって〜。」




”シン”がそう言い、サブマシンガンの銃口を握ってねじ曲げる。




「…は?何してくれてんの?器物損害。2対1だからって、拳でやり合うの?ハンデとかいらねぇだろ…。ふざけんな…」




荒口が吐き捨て、”シン”がギョッとした顔をする。




「い、いや?ほんの冗談でやった───」




オドオドした”シン”に荒口が容赦なく言い放つ。




「冗談とかで人様の大事な大事な子供みたいなモンをひん曲げる馬鹿がどこにいるんだよ!!クソッタレが!」




”シン”の顔面に荒口の拳が襲いかかる。




「…ゔ…ア゛ァ…っテェ…。」




”シン”がうめき声をあげる。




「…ハハ…ハハハ…アッハハハ!面白くなってきたじゃん…そうだよそうだそうだ!飢鬼対策課!その意気だよ…そうだよ…それでこそ対策課!やってやろぅじゃねぇか…!起きろ!雑魚!」




”シン”が笑いながら言うと、イヴを片手で持ち上げ、触手を出す。




「…ハハ…対策課〜…ごめんよ?2対1じゃなくて2対2にしちゃって…あぁ、ハハ!ハハハハハ!面白ぇ面白ぇ面白ぇ…飢鬼は楽しまねぇとやってけねぇよ…!


さぁ…俺と楽しもうぜ…女子共!」




”シン”が狂ったように笑い、言い放つと、蜘蛛のようなその真紅の触手をイヴの腹に突き刺す。




バクバクとした心音が耳にまとわりつく。


静けさの中、イヴの血が床に滴れる。




「…ゔ…ァ゛ァ…はぁはぁ…ア゛ア゛ア゛ァ…!!」




イヴがうめき声をあげ、”シン”の片手から離れる。




「…あれ…佐賀平子…と…誰…?ぇ?隣にシンくん…?」




イヴがきょとんとした声で言う。




「おい!寝ぼけんなよ!こっから2対2だ!楽しもうぜ?イヴ…!」




シンがイヴに吐き捨てる。




「…はぁそういう事ね。合点承知之助!」




イヴが触手を出す。




「佐賀さん…どうするよ…」




荒口が困惑し、佐賀に聞く。




「…まず、銃がない以上、発砲はできない。相手は触手を持ってる…荒口。避けれるか?」




佐賀が冷静に答え、荒口の方を向く。




「ぇ…絶対的な自信はないけど行き当たりばったりなら大好き。」




「じゃぁ…」




「やってやろぅか!」




2人が声をかけ、イヴと”シン”の元へ駆け寄る。




『結衣。援護が欲しい時は蓮に合図しろ。』




『了解。』




2人が通信で掛け合う。




「拳だね…そっち。フッ…!やってやるよ…」




イヴが言い、荒口に駆け寄る。




「シン!お前を正気にさせてやるよ!」




佐賀が叫び、シンの元へ駆け寄る。




「正気にさせる…?俺は正気だぞ?フフッ…何おかしなこと言ってんだよ…」




”シン”が笑いながら言う。




「オラよッ…!」




佐賀のパンチが”シン”に受け止められる。




『援護!』




パァン!




空をつんざく音がし、シンの触手が1本千切れる。




「クソ…ッ!誰だよ!」




シンが舌打ちをしながらいい、目線を銃声のなった方向に向く。




「あばよ!八村シン!」




佐賀が言い放ち、”シン”の首の後ろをトンっと叩き、シンがふらッと倒れこむ。




「ハハ…シンよっわ…。で…?今、君かなりやばいんじゃない?だって……


顔面血まみれだよ?」




イヴが余裕そうに言う。




「はぁはぁ…クッ…」




息が荒い荒口。顔面が血まみれでイヴの正面に立っている。




『援護…』




荒口がつぶやくと空をつんざく音がする。




パァン!




「おっと、さすがに2回目は学習してるよ。奴は絶対に俺を撃たない。そうさ。触手をいつも狙ってる。だったらしまっちゃえば楽チン楽チン。」




イヴがにやけなが言い、荒口の元へ駆け寄る。




「バイバイ…名も無き女。」




イヴが呟く。触手が荒口の腹に目掛け、高速で襲いかかる。




「…ごめん…。」




荒口が呟く。


イヴの背後に佐賀が拳を握り、突き出しているが、間に合わない。




「…ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァア゛アァ゛ア゛ァ゛ァ゛!!」




荒口の絶叫が教室内に響き渡る。今まで以上に聞いたことがないような絶叫。




ドサ…ッ!




後ろから殴られたイヴが倒れ込む。




「…。荒口……?おい……。おいおい…おい…!起きろよ…返事…しろよ…!なぁ……おいおい…嘘だよな…笑って済ませてくれよ…いつもみたいにさ…。」




佐賀が涙ぐんだ声で荒口に言う。




腹の傷は相当深い。腹が裂け、大量の血が教室の至る所に飛び散り、内蔵が飛びかけている、


寒天ゼリーをスプーンでえぐった時のような傷だ。




『第1部隊…メイク…ウルフ…。隊長…佐賀平子より…


緊急通達…第3…部隊…クレイジー…バード…隊長…荒口…結衣…腹部を負傷…かなり…かな…か…はぁはぁ…深い傷…だ…緊急病棟へ運ぶよう……指示、し、指示を…』




佐賀が落ち着かず、息が荒い状態で本部の司令室へと通信する。




赤黒く染まった時計がチッ。チッ。チッ。チッ。と秒針を刻む。時間の流れが遅く感じる。緊急病棟の緊急隊員はまだか、まだかと佐賀がアタフタとする


救急車のサイレンの音がし、数名の足音がする。




『こちら、緊急病棟、救命隊員。本部へ通達する。


第3部隊 クレイジー バード隊長、荒口結衣及び負傷者を確保。病棟へ緊急搬送します。それと、八村シンの身柄を秋田さんに渡します。もし、何かあったら連絡を入れるよう、頼んどきます。飢鬼の身柄も確保。長官に伝えてください。』




































飢鬼対策課 本部




「ぅ…ウゥ……はぁ…」




佐賀が俯いて泣き声をあげる。




「…」




連が無言で佐賀の隣に座る。




「…な、…何…?」




佐賀が涙ぐんだ声で連に言い、顔を上げる。




「クヨクヨすんな…別にお前の責任じゃない…。俺だって悪かったよ。触手を狙ったから。それに…大丈夫だ…まだ…荒口死んでねぇから…」




連が佐賀になんとも言えない表情で言う




「…。連は…悲しくないの…?」




佐賀が少し落ち着き、連に聞く。




「悲しい…っていうか…なんて言うか、自分が情けなくて悔しい…かな…」




連が答える。




「…私だって、もっと速く気づいてれば…良かったし…結衣ちゃんが傷つくことも無かった…」




佐賀がまた涙ぐんだ声で言う。




「とにかく…無事を祈ろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青年飢鬼 @mexie123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ