98話目「マスク下を初めて見るだけの話」

 コロナ禍になってから約三年。

 政府はついにマスク自由化と言い出した。

 ヒカルとしては、まだつけていたい気持ちはあったが、しかし、その日は舞子の提案があった。

「いいかげん、顔を見せ合わない?」

 ヒカルと舞子は友人であるが、高校入学後――コロナ禍になってからの友人であった。

 しかも二人ともインドアでおとなしい性格であり、互いの顔を知る機会に恵まず、このたび高校卒業と相成ってしまい、加えてさらに、舞子は東京へ進学するのだ。

 あるいは、ヒカルと舞子はこれっきりになってしまうかもしれない。

 だから舞子が旅立つ今日この日、ヒカルと舞子は公園の真ん中で向かい合っていた。

「準備はいい?」

「いつでも」

 まるで決闘のようだが、ある意味ではそうだ。

 これまで隠し続けてきた、すべてをさらけ出すわけだから。

「それじゃ……、3……、2……、1……」

 ヒカルがカウントダウンをして、二人ともマスクのゴム紐に手をかけて、

「0――」

 二人は顔を晒した。

 そして、

「……うん……、思ったより可愛い――よ?」

「言い方に含みがあるけど?」

「いや、……うん……。そっちは感想ないの?」

「…………普通?」

「……まぁ、そうだよね」

「……」

「……」

 互いに特に言うことも出てこず、すぐに沈黙が支配した。

 ただ、

「んじゃ、心残りはないね?」

 ヒカルが言うと、舞子は強く頷いた。

「うん。初恋の相手の顔も拝んだことだしね」

「おう――」

「……」

 二人はの間に、また沈黙が流れた。

 しかしすぐにヒカルが舞子を抱きしめた。

「頑張ってこい」

「うん――、頑張る――」

 舞子はもう一度強く頷くと、ヒカルから離れ、そしてその場をあとにした。

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