96話目「偽り」

 その夜の公園は眺めが良いため、格好のデートスポットだった。

 だから奈瑠はここを選び、そして春菜とキスをした。

「――――ん」

「……しちゃったね。えへへ……」

 春菜は赤い顔をして言った。

 奈瑠と春菜は恋人である。

 ただ、今日は初デートで、今のキスは初キスであり、ほんの一週間前までは幼馴染みの友達の関係であった。

「えへへ……。嬉しいな……。奈瑠ちゃんと付き合えて、キスできるなんて……。夢みたい」

「大丈夫、夢じゃないよ」

「……えへへ」

 告白は春菜からだった。

 もともと春菜は引っ込み思案なので、酷く緊張した様子だったのだが、奈瑠が告白を受け入れたら、満面の笑みになったのだ。

 ちょうど今のように。

 ただ――、

「ねえ、奈瑠ちゃん……。もう一度、いいかな? キスしても」

「……うん。いいよ」

 奈瑠は頷き、そしてゆっくりと春菜と唇を重ねた。

 ただ――、何も感じなかった。

 嬉しいとも、気持ちいいとも感じなかった。

 なにせ奈瑠は、春菜のことを友達以上に思えていなかったから。

 奈瑠は、異性愛者だったから。

 春菜の告白を受け入れたのは、あまりに春菜の目が怯えていて、また真摯だったからだ。

 だから、奈瑠は春菜の恋人になって、キスをしていた。

「……」

 奈瑠は、春菜との二度目のキスを終えた。

 だが何も感じなかった。



 春菜は嬉しかった。

 そして気持ちよかった。

 好きな人とのキスがこんなにも幸せになれるなんて、思ってもみなかった。

 だから「もう一回いい?」とまた聞いてしまった。

 三度目のキスである。

 だが奈瑠は嫌な顔ひとつせず、春菜を抱き寄せてくれた。

 少し強めで、ぎこちなかったが、それはやはり幸せな感触だった。

 ただ、それでも胸に痛みはあった。

 罪悪感はあった。

 なにせ、春菜は奈瑠が異性愛者だということを知っていたからだ。

 知っていたから玉砕覚悟で告白したのだが、奈瑠は受け入れてくれた。

 だから、そのまま奈瑠の好意に甘え続けてしまった。

 もちろん、それは良くないことだと春菜も分かっている。

 だけど、もう少し――、もう少しだけ、この関係を続けたい――。

 春菜はそう思いながら、奈瑠とキスをした。

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