94話目「月が綺麗ですね、と突然言われる話」

「月が綺麗だね――」

「――」

 気心の知れた友人らとキャンプに来た夜だった。

 友梨佳と渚は夜のキャンプ場を散歩していたのだが、ふと渚が言い、友梨佳はピクリと反応した。

 ただ、バカでドジで天然ボケな渚の国語力からして、夏目漱石の話を知っているとは思えない。

 だから友梨佳は、なんの気なしに首を上げ、その綺麗な月を見ようと思った。

 しかし、そこには星空こそ広がっていたが、月はなかった。

 どこにもなかった。

「もう、ちょっとちょっと。月なんて、どこにあるのよ」

 友梨佳は、渚の天然ボケが炸裂したのかと思い、笑いながら渚を見た。

 すると、渚は既に友梨佳を見つめていた。

 まっすぐと。

 そして言う。

「月が、綺麗だね――」

「――――え?」

 友梨佳は言葉を詰まらせたが、やがて事態を理解し、まもなく顔を赤くした。

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