第10話 大図書館に行ってみよう
案の定というかなんというか、お父さまからは──
「罰として、しばらく魔法を使うことを禁ずる」
というお達しをいただいた。
自業自得と言われたらまったくもってその通りだ。
トーマスおじいちゃんにも悪いことしちゃったし。
庭を元通りにする魔法とかないものかしら……いや、魔法は禁止されてるんだけど。
あと、ニコラスもしばらくは城への出入りを禁止されてしまったらしい。
完全に私のとばっちりだ。次会ったら謝らなきゃ。
多方面に迷惑をかけてしまった私は大いに反省してそれからしばらくは借りてきた猫のように大人しく過ごしていた。
「ひまだー」
憧れの天蓋付ベッドに寝っ転がりながらぼやく私。
城にある『勇者』や『人間』についての資料もほぼ読み尽くしたし、聞けるだけの人には話を聞いた。
だいぶ手詰まりになってきた感がある。
そもそも魔族と人間が交流を断って数百年。人間を見たことすらない魔族が大半なのだ。
「この調子じゃ、来年からはじまるっていう『初等学院』にも期待できそうにないわねえ……」
魔族の社会には、元の世界で言うところの『義務教育制度』が存在している。
読み書き、算数なんかの日常生活に役立つことや、体育に道徳や社会常識なんかを学ぶっていうところも元の世界によく似ている。
違うところがあるとすれば、教育を受ける期間の長さと完全に"親の社会的地位"で学び舎が分けられている点だろう。
初等教育が終わると、その先の進路はけっこうバラバラだ。
職人を目指して組合に弟子入りしたり、もちろん家業を継ぐヒトもいれば、どこかの商会に雇ってもらったり、自分で起業したりするヒトもいる。
あと、戦士団もけっこう人気の職業だ。
なにせ都市の外は危険な魔物がたくさんいるので、仕事はたくさんある。
危険だけどその分、給料も高い。なにより魔族ってみんな妙に戦うのが好きなのだ。
そのへんの一般魔族ですら週末のお休みになると「ちょっと山までいって魔物倒そうぜ!」とかレジャー感覚で言い出す。そんでもって手に入れた素材を売ったり、自分でいろんな道具を作ったりと、DIY+アウトドアみたいな娯楽になっている。
ちなみに、一般魔族ではない私の進路はどうなるかというと基本的に『高等学院』へと進学することになる。
そこで魔術はもちろん、政治、経済など国を運営するにあたって必要なことをこれでもかと学ぶことになる。
ちなみに、ほぼ確実に入学できるが卒業するのはめちゃくちゃ大変らしい。
卒業まではだいたい六年。最速記録は四年と半年。十年以上在学している者も少なくないという。
中には卒業しないままを就職して学生と役人の二足のわらじを履いている人もいるとか……。
私の場合は留年なんてもってのほか。それどころか魔王の後継ぎとして恥ずかしくない成績を残さないといけないので今から憂鬱だ。
魔王だけど現役学生で学院では先生に頭が上がらないなんて、威厳もなにもないから仕方ない。
長々と語ったけど大事な話はここから。
初等、高等学院を卒業するまでにだいたい十年。
その間、私は次代の魔王になるべく勉強につぐ勉強の日々をおくることになる。
私の目的である『打倒勇者』にとって、それは言わば足踏み期間だ。
あの日見た幻の私は大人の姿だったけど、いったい何年後くらいなのだろうか。
結構若かった気がする。三十年、四十年後ということはないだろう。
仮に二十代とすると、今の私が五歳だから……おそらくは十五年とちょっと。長く見積もっても二十年といったところだろう。
やっぱり十年も悠長に学生なんてやってられない!
なんとかして義務教育課程を短縮する方法を考えないと……。
そんな悶々とした日々を過ごしていると、珍しくお父さまから呼びだされた。
「アリステルよ、そなたに使者を頼みたい」
お父様の言葉に私は首を傾げる。
はて? 考えてみれば使者とは何をするんだろう。
誰かのところへ何かを伝えに行くというのだけはわかっているけれど、実際のところそれって手紙とか魔法の通信とかじゃダメなんだろうか。
「行ってもらいたいのは“
特徴は長くとがった耳と色素の薄い髪。そんでもってみんな美形。ファンタジー的に言えばまさに“エルフ”だ。
そういえば長のイルミナ様とはお城で何度か会ったことがあるけど、ほとんど会話をしたことがなかった。
「それでおとうさま、イルミナさまはどちらにいらっしゃるのですか?」
「『大図書館』だ」
大図書館……だと……!?
「お、おおっ、おとうさま! だだだ、だいとしょかんって、あのだいとしょかんですか!?」
「大図書館に“あの”も“どの”もないと思うが。それにしても興奮しすぎではないか?」
これが興奮せずにいられようか! だって大図書館だよ!?
そこならきっと人間や勇者に関する書物もたくさん置いてあるはず!
お城の図書室にある資料の少なさに嘆いていた矢先のことだから嬉しさもひとしおだ。
「もう。だいとしょかんなんてとこがあるならさきにいってくださいよ〜。おとうさまったらい・じ・わ・る」
「別に隠していたわけでは……。いや、それよりもその猫なで声をやめなさい。なんかこう、ちょっと怖いぞ」
「こわいってなんですか! こわいって!」
かわいい一人娘になんてこと言うんだ!
厳重抗議だ! もうお膝の上に乗ってやんないぞ!
「すまんすまん。ほら、お小遣いをあげるから帰りにお菓子でも買いなさい」
「わーい! おとうさまだいすき!」
アリステルは500ゴルド手に入れた!
* * *
まんまとお父さまの懐柔策にのせられて、私は機嫌良くおでかけ……もとい使者の大役を引き受けることにした。
それにしてもお金の単位が『ゴルド』ってどうなのよ。
もうちょっと他になかったのかしら。
それはそれとしてニコラスと一緒に城の正門へと向かう。そこで馬車が待っているそうだ。
「アリステル様、嬉しそうですね」
「ふふーん♪ だって、おしろのそとであそぶのはじめてなんだもの」
そうなのだ。私ってばお姫様なので、これまでは気軽にほいほい出掛けるなんてことができなかった。
お父様ってば結構過保護だよね。
「たのしみだなー。まちってどんなかんじなのかしら? おしろからじゃとおくてよくわかんないのよねー。ニコラスはだいとしょかんってとこにいったことあるの?」
「は、はい。一度だけ……」
なぜか、ニコラスはちょっと悲しそうに目を伏せる。
図書館に何か嫌な思い出でもあるんだろうか。
……はっ!?
もしかして学校で友達ができず、ずっと図書館に籠もっていたなんていう悲しいエピソードが……
ニコラス、気弱だからなぁ。『力こそパワー!』みたいなヒトばかりな獣人族の子供たちの中じゃちょっと浮いちゃうのかも。
よーし、これからは私がいっぱり遊んであげよう!
「それで、だいとしょかんってどんなところ? どのへんにあるの?」
「大図書館は首都の外れにあります。一番大きな『大樹』の幹が残ってるところです」
神話時代、この辺りには大昔『大樹』っていうその名の通りとんでもなく大きな樹があったらしい。
その樹は神様のいる天界に届いていたんだけど、ある時、神様同士の戦いに巻き込まれてバッキバキに折れちゃったらしい。
今でもその折れた幹の一部が塔みたいに高くそびえ立っている。
うちの城は、その折れた大樹の幹をくりぬいた中に建っている。
そんなことをしたらお城が日陰になっちゃうんじゃないかと思ったそこのあなた!
ご安心めされよ。この『大樹』、なんと水晶みたいに透き通っているのだ。
お城からだと見上げるばかりの壁! って感じだけど薄ら青みがかった銀色でなかなかキレイではある。
城下町に降りたら遠くから城を眺めるのが楽しみだったりする。
そんなわけでワクテカが抑えきれない私は、スキップなんかしながら城門へと向かった。
「姫様、お待ちしておりました」
「ティウルせんせい!?」
「族長さま!?」
城の正門……ではなくて、その脇にある勝手口みたいなところからひょっこり外に出た私たちを待っていたのは、ひとりの獣人(エムティア)族のお姉様だった。
ニコラスが驚いたのも当然。彼女は
『ティウル・グラディエス』
黄色と黒の斑の毛並みを持つことからもわかるように、虎の祖霊の加護をうけたエムティア族最強の戦士。
ちなみに私の武術の先生でもある。
「ティウルせんせいがどうしてこんなところに?」
「陛下より、姫様の護衛の任を賜りました」
私とニコラスだけで街に行かせてもらえるとは思ってなかったけど、まさかティウル先生を護衛につけるなんて。
ある意味、これ以上なく頼もしい人選ではある。お父さまの過保護め。
「てぃ、てぃてぃ、てぃうるさま! ごきげんうる、うるわしう……」
緊張してうわずった声で挨拶するニコラス。かわいい。
「そう硬くなるなニコラス。そなたは姫様の護衛なのだろう。こんなことで緊張していてはいざという時に役目を果たせんぞ」
「は、はいっ」
ニコラスは真っ赤になってうるむいてしまった。やっぱりかわいい。
「ふっ……やはり親子だな。そなたの父とよく似ている」
「父さんと僕が似てる……?」
「やつも今では“大盾のベルク”などと大仰な二つ名で呼ばれているが、戦士団に入ったばかりの頃は、そうやっていつも緊張して真っ赤になっていたぞ。とくに女性の前ではな。アナスタシア様の前でやらかした大失敗は戦士団の語り草だ。聞いたことがないか?」
「いえ……」
ニコラスは目をパチパチさせて驚いていた。
ニコラスのお父さんと言えば、魔王軍戦士団を束ねる戦士長だ。
きっと逞しくて立派なお父さんの姿しか知らなかったんだろう。
「どれほど強く逞しい戦士であっても最初は皆、未熟者だ。どんと構えていろ」
「は、はい!」
ニコラスはティウル先生の言葉に勇気をもらったようだった。
気弱なニコラスもかわいいが、やっぱり笑っている方がずっと良い。
「うんうん。しっぱいなんてきにせずまえむきなのがいちばんよね!」
「いや、姫様はもっと自重しろ。聞いたぞ、城の中庭を台無しにしたと」
「なんとぉ!?」
さっきまでの慇懃な態度とは打って変わって砕けた口調に変わるティウル先生。
氏族長なんて立場だから城ではビシッとしてるけどティウル先生はこっちの方が“素”なのだ。
エムティア族の人たちは『強いやつに従う』というわかりやすすぎる価値観を持っている。
そんな氏族の長になるには、もちろん最強の戦士でなければならない。
十年くらい前に先代が亡くなられ、エムティア族の次の族長を決める大闘技会が行われた。
ティウル先生は当時十八歳という若さで熊やら狼やら牛やら巨漢の獣人たちを片っ端から叩きのめして長の座についたという。
その後も何度か族長の座をかけて強者獣人が彼女に挑んだのだが、そのことごとくを秒でぶっ倒して族長の座に君臨し続けている。
“最強”っていうのはハッタリでもなんでもなくマジのガチなやつなのだ。
「それにしても、なんでティウルせんせいがごえいなの? せんせいけっこうヒマなの?」
「ヒマではない。実のところ私もイルミナ殿に面会の予定があったのだ」
「あー……そういうこと」
要するに私の護衛はついでなわけねー。
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