第8話 はじめての魔法

 私が『魔に目覚めた』という知らせは、あっという間に城内を駆け巡った。

 なんかだいぶ尾ひれがついて<風>の魔法で城が浮いたとかいう噂になっていたとか。

 言いたい放題である。

 それはともかくとして、私は急遽、魔法を制御する訓練を受けることになった。

 さすがのお父さまも毎朝あの調子で暴走してたら城が壊れると思ったのかもしれない。

 先生役に選ばれたのは、私の世話係メイドの一人だった。名前はメリッサだ。

 なんでも高等学院を主席で卒業し魔法理論のエリートが務める王立研究所に就職予定だったのをあっさり蹴って城に上がったという話だ。

 そこまでの才女がなんでまたメイドの道を選んだのか謎だ。今度聞いてみようかな。


「目を閉じて、頭の中で魔法について考えてみてください」


 魔法について考えると言われてもどうしたものやら。

 とりあえず言われた通りに目を閉じてみた。えっと、魔法、魔法っと……。

 その瞬間、身体の中からぶわっ! と何かが湧き起こる感じがした。


「うひゃあっ!」

「慌ててはなりません! 魔法は姫様のものです! 必ず言うことを聞きます!」


 メリッサの鋭い声が私をハッとさせる。

 驚いて一瞬何か大きなものに飲み込まれるような気がしたけど、なんとかおさまったようだ。

 ゆっくり呼吸を整えて、もう一度、身体の中にある『魔法』に意識を向ける。


 あ……見えた。


 『感じた』とか『しっくりきた』とかの方が正しいかもしれない。

 確かに私の中に『魔法』があった。

 メリッサの言う通り四つ……いや、よく見たら他にもたくさんあるみたい。

 それらは手足を動かすのと同じように発動させることができるだろう。


「感じましたか? 姫様の中にある魔法を」

「うん、わかるよ。なんかたくさんスイッチみたいなのがあるの」

「たくさん……?」


 メリッサが驚いたような様子で繰り返す。

 何か変なことを言ってしまったのだろうか?


 ……まあいいや。


 それより魔法だ。私は魔法が使えるんだ!

 正直、かなりテンションが上がっていた。


「では、<風>の魔法でこの花を散らせてみてください」


 メリッサは一輪の花をその手に掲げる。

 キキョウによく似た薄紫色の花弁を持ったお花で、城のお庭にたくさん咲いていて私の部屋にもよく飾られている。

 散らせてしまうのはちょっと可哀想だなーなんて思いながら、私は頭の中で『魔法』の準備をする。

 ええと……風の強さはドライヤーの『強』よりもうちょっと上……って感じかな?

 この間みたいに暴走しないように注意して──


「“エウディア”」


 私は教わった通りの“呪文”を唱える。

 不思議なことに、口に出してみればそれは、まるで生まれる前から知っていたかのようにしっくりときた。

 魔法というものが、呼吸と同じくらい当たり前の衝動だと身体が思い出したかのようだった。

 そして“呪文”に応えるかのように、私の手から空気の渦が花に向けて飛び出した。


 おお、できちゃった。


 あまりにも簡単すぎて、内心で拍子抜けしてしまった。

 本当に“スイッチ”を押しただけのような簡単さだ。


「お見事です。力の加減も申し分ありません」


 メリッサの手の中で花は散って茎だけになっていた。


「最初のうちは大きさや強さを制御するのが難しいのです。ですから感覚を掴むために教える者が魔法を使って見せるのですが、姫様はご自身の中にすでにしっかりとしたイメージができていらっしゃるのですね」


 確かに、『ドライヤーの強よりちょっと上くらい』だとか直前にイメージしていたのが功を奏したのかもしれない。

 たぶんだけど、魔法が使えるように成り立ての五、六歳の子供って経験が少ないからそこまで具体的なイメージを持つことが難しいのだろう。

 私は前世の記憶があるので、その辺ちょっとズルした気分だ。

 私って天才!? とか調子に乗ってると『十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人』みたいなことになりそうだ。

 

「姫様が今、お使いになられたのは<風>の『源理魔法』です」

「げんりまほう? なにそれ?」

「『源理』とは、この世界のありとあらゆるモノを構成する目には見えないもののことです。と言ってもよいでしょう」


 メリッサの説明によると、魔族の身体の中には魔力を作り出す器官──『霊核ジン』というものがある。

 そこから生み出された魔力は言わば純粋なエネルギーの塊でそのままでは扱いがとっても難しい。そこで、<火>や<水>といった『源理』に変換して行使することになる。

 これが『魔法』というものの仕組みだそうだ。


「初代の魔王アリカトルヤ様は、生涯にわたって二十四の『源理』を発見されました。そして『源理』が持つそれぞれの特性や『源理』と『源理』組み合わさることで生じる作用について解明し、現代における魔法理論の基礎を確立されたのです。つまり、アリカトルヤ様は邪神を倒した英雄であらせられると同時に、我ら魔族に『魔法』という技術を与えてくださった偉大な賢者でもあったのです!」


 鼻息も荒く力説するメリッサ。


「なるほど。メリッサがしょだいさまのだいふぁんだってことはよーくわかったわ」

「は……いえ……その……し、失礼しました」


 メリッサみたいな超優秀なヒトが輝かしいキャリアを蹴ってまで、私の教育係をかってでた理由がなんとなくわかってしまった。

 その偉大な初代様の『生まれ変わり』だなんて散々言われてきたから、今さら驚きもしない。あんまり比べられても困るけど。


「それはそれとして、メリッサにききたいことがあるんだけど」

「はい。なんなりと。初代様の伝説についでしたら一晩でも二晩でもお聞かせいたします」

「それはまたこんどにしておくわ… …じゃなくて、げんりとげんりをくみあわせるってなに?」

「言葉通りの意味です。二つ以上の『源理』を組み合わせると効果を高めたり、まったく違った作用を引き出すことができるのです」


 うーん……なんとなくわかるような……わからないような。


「実際にお見せした方が良いでしょうね。」


 そんな私の困惑が伝わったのか、メリッサがくすりと笑って言った。


「“フウディン”」


 呪文を唱えるとメリッサの指先にポッと小さな火が灯る。

 おおっ! これが<火>の魔法か!

 なんか私の<風>の魔法よりずっと魔法っぽい!


「重要なのはここからです。この<火>に<風>の魔法を組み合わせてみます。……“エウディア”」


 今度は左手に小さな風の渦が巻き起こる。

 それを、右手の火に注ぎこむと……ぶあっと火が高く燃え上がった!


「<火>と<風>の源理は相性が良く、このようにだけでも十分な効果を発揮します。もう少し高度な魔法になると『源理』を構築するタイミングやそれぞれの大きさが重要になってきます。たとえば……」


 メリッサは目を閉じ、ふたたび呪文を唱えはじめる。


「“バエティ・ディ・グエティア、ディウ・ム・エウディア、トゥ・イティウム・ハガル、ワオ・スティプ”」


 複雑な呪文に応えるように周囲から<水>が集まりビシビシと音を立てて凍りついていく。

 やがてメリッサの手の中には私の腕くらいある氷柱が一つ出来上がった。


「これが、<氷>の魔法です」

「すごい! すごいわメリッサ!」

 

 今日イチ魔法っぽいやつキター!

 いやー、これよこれ! 魔法って言ったらこうでなくちゃ!


「でも、じゅもんがすごくながいのね」

「これは、姫様にわかりやすいようにしただけです。実際はもっと短い呪文に圧縮しますよ。他にも身振り手振りで呪印を刻んだり、魔法触媒を用いることでかなり省略できます」

 

 なるほど。的なものはいくらでもあるわけだ。

 ますます面白くなってきたじゃない!


「んじゃ、さっそくわたしも……」

「ダメです」


 ダメだった。

 いやいや! なんでやねん!

 と、心の中の関西人がツッコミを入れていた。


「わたしもメリッサみたいにぶわーってしたい! ぐれんのごうかにやかれよ! とかちゅうになこといいたい!」

「ちゅうに……?」


 中二病はメリッサには通じなかったらしい。当たり前か。


「まず姫様は基礎である<火><風><水><地>の四つを手足のように扱えるようにならなければなりません。そして本格的に『魔法』を学ぶのは高等学院からですわ」

 

 ぐぬぬ……! なんて先の長い話だ。

 だけどちょっと楽しみになってきた。

 この後も、私は魔法についてメリッサにいろいろ教えてもらった。

 魔法を留めておけるという金属や魔物の素材なんかもありそれらを組み合わせた『魔導具』なんてものもあるらしい。

 そうやって創意工夫して作られたたくさんの『魔導具』が魔族の生活を豊かで便利にしているのだという。

 知ってみれば、城のあちこちにも『魔導具』使われていることに気づく。

 廊下の明かりや厨房のコンロ、いつも私にお茶を入れてくれるポットも魔導具だった。

 

「まほうってすごいのね! わたしがんばってれんしゅうする!」

「ええ、僭越ながらこのメリッサが手取足取りお手伝いさせていただきます」


 そう言って、優雅にお辞儀をするメリッサ。

 うーん私なんかよりずっとお姫様っぽいわ。

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