第7話 勇者について知ってみよう
『打倒勇者! 〜守りたい、この生活〜』
そんなスローガンを掲げて行動を開始した私だけど、思った以上にこの道はハードルだらけだった。
手始めに城の図書室で『勇者』について調べてみることにした。
ところが、どこを探しても『勇者』について書かれた資料は見つからなかった。
そこで、もうちょっとだけ範囲を広げて私たち魔族とは違う『人間』という種族について調べてみることにした。
わかったことは、人間の多くが『魔法が使えない』ってことと私たち魔族に比べて『身体能力で劣る』ということ。
たった二つだけかよ! と思わずツッコミを入れそうになったのは言うまでもない。
仮にも敵対している種族についての知識がこれだけとは、なんという怠慢だ。
それとも「脆弱な人間などに魔族が負けるわけがない」という慢心だろうか。
ていうかそれっていろんな作品で魔族や魔王が負けちゃう典型的なパターンじゃない!
先にも言ったように魔族っていうのはみんな大なり小なり『魔法の力』を持っているので魔族と呼ばれる。だから、いろんな種族がごちゃ混ぜでもみんな一括りに『魔族』なのだ。
あ、それとおかしなことがもう一つ。
私たち魔族の間で使われている言葉が『日本語』によく似ているということだ。
文字は多少形は違っているけど『漢字』と『ひらがな』と『カタカナ』によく似ている。
英語そのままの、いわゆる『カタカナ語』なんてのも普通に使われていた。
おかげで習得にはあんまり苦労しなかった。
そうかと思えば大昔の遺跡には見たこともない謎の文字が使われていたりするんだけど。
いや、おかしいでしょ。世界観どーなってんのよ。
気になるのでちゃんと調べてみたい気もするけど、残念ながら今はもっと重大なことがあるのでそっちは後回しだ。
人間と魔族は千年以上にも渡って対立してきたという。
対立というとちょっと語弊があって、圧倒的に強者である魔族に対して人間の方が危機感を抱いて一方的に攻撃をしかけてきたというのが魔族側の歴史書における結論だった。
ただ、最初から人間すべてが魔族を敵視していたというわけでもなくて、その力を頼りにしたりもしてたみたい。
そもそも『邪神』のせいで滅びかけたこの世界を救ったのが初代魔王とその仲間たちなのだから当然と言えば当然だ。
しかし、今や人間たちは「魔族こそがこの世界の敵」とのたまっているらしい。
それはまあなんとなくわかる気がする。
自分より圧倒的に強い存在がそのへんをうろついてたら、脅威に感じるのも仕方ないだろう。
そこで何代目かの魔王が『ギヨッド河』という大陸を二分するかのような超巨大な河を境界線にして南側を魔族の土地、北側を人間の土地とし、人間が一歩でも河を越えた場合は魔族と人間の全面戦争になるぞと全世界に宣言した。
一見、脅しをかけているように見えて実際のところは落とし所を提示したわけである。
幸いにもこの脅しは人間たちによーく効いたようで、以降は戦争らしい戦争は起きていない。
その代わり、魔族と人間との交流はほぼほぼ断たれてしまっていた。
結果、今現在の魔族たちには人間についての知識が圧倒的に欠如してしまっている。
大人たちには人間の街へ行ってスパイしてくるべきだと主張してみたのだが、一笑にふされるばかりだった。
ついでに私の『ご乱心』ゲージはぐんぐんと上がっていった。
ここが戦国時代ならそれこそ廃嫡なんてことになっていたかもしれない。
だけど、そうはならなかった。
いろいろと理由はある。
私が一人娘だったってこともあるし、このツノのおかげというのもある。
だけど、一番の理由は私が五歳になる前にお母さまが亡くなったことだろう。
もともと、お母さまは私を産んでから体調を崩しがちだった。
それが、私が『あの光景』を見て以降どんどん悪化していった。
次第にベッドから出られる日も少なくなり、そのまま……。
悲しかった。
一緒にすごした時間はたったの四年とちょっと。物心ついてからと考えるともっと短い。
前の人生に比べればほんのわずかな時間だけど、かけがえのない四年間だった。
亡くなる少し前、お母さまは私にこう言った。
「アリステル……私のすべてをあなたにあげるわ」
そんなのいらない。だからずっと一緒にいてほしい。そう言って私は泣いてすがった。
泣きじゃくる私をお母さまはいつまでも抱きしめてくれていた。
それがお母さまとの最後の思い出になってしまった。
葬儀は盛大に行われた。
お母さまの棺には白い花が敷き詰められ最後の旅立ちに文字通り花を添えた。
『リタの花』
この国の葬儀では見送る人たちがそれぞれ一輪ずつこの花を持ち寄るという風習がある。
たくさんの花が供えられた棺は故人が生前どれだけ慕われていたかの証になるのだという。
私はお父さまに抱き上げてもらって、お母さまの胸元にそっと花を置いた。
それからお母さまの棺が街の大通りを通って運ばれていくのを見送った。
沿道は『リタの花』で真っ白だった。
棺におさめることができなかった魔族たちがせめてと通り道に供えてくれたのだ。
それを見た途端に涙が溢れてきた。
お母さまとのお別れが悲しかったし、魔族のみんなの気持ちが嬉しかったのもある。
結局、お葬式が終わるまで私の涙は涸れることがなかった。
しばらくの間、城や街のあちこちに黒い布が掲げられた。まるで国中が悲しみを引きずっているようだった。
いつの間にか私は『ご乱心』とは言われなくなっていた。
人前でその話をあまりしないように気をつけたからというのもあるけど、やっぱりみんな母親を亡くしたばかりの子供にどう接していいかわからなかったんじゃないだろうか。
大人たちが腫れ物に触るような態度なのをいいことに、私も私でずっと部屋に引きこもっていた。
一日中ベッドに伏せって泣きながら、生まれ変わる前の日本での両親のことを考えた。
なぜか、上手く思い出せなかった。
顔や名前、どんな仕事をしていたか、連れて行ってもらった場所、初めてのお給料でプレゼントした物、そういうことはちゃんと覚えている。
だけど、不思議なほどにそれは遠い出来事のように感じられて、そこにあった気持ちや感情がぽっかりと抜け落ちていた。
要するに他人の記憶を覗き見ているようなのだ。
自分が薄情なのか、それとも生まれ変わるというのはこういうものなのか。
悲しいとは思わなかった。
ただ、自分はもう『遠山リカ』ではなく『アリステル』なのだと強く実感するきっかけとなった。
そうして日々を過ごすうちにお母様のいない寂しさや悲しみは、時の流れに押し流されるようにして私の中で収めるべき場所を見つけていった。
そんなある朝のことだった。目覚めると部屋の中が大変なことになっていた。
「な……なんじゃこりゃああああ!」
部屋中に渦巻く風はまるで竜巻のようだった。
飛び交う椅子やテーブル、燭台に、クッション、よく見たら私の寝ていたベッドも浮かび上がっている。
「ていうかだれかたすけてー!?」
私の訴えたが届いたのか、単に騒ぎに気づいたからかメイドたちが部屋に飛び込んでくる。
そんでもってこの惨状を目の当たりにして絶句していた。気持ちはわかるけど助けて!
だけど、メイトたちの反応は意外なものだった。
「おめでとうございます! 姫様!」
「へ……?」
部屋がちょっとしたミキサー状態になっているというのに「おめでとう」って、どゆこと?
「すぐに魔王陛下にご報告を!」
いやいや! 先に私を助けてよ!
と叫びたかったが、その前にメイドたちは大慌てでお父さまを呼びに行ってしまった。
そしてすぐにお父さまがやってきた。
「こ、これは……!」
うんうんお父さま。驚くよね。それはもさっき見たからマジで助けて!
「アリステル、落ち着いて私の言うとおりにしなさい」
「は、はい!」
なんでもしますなんでもしますからはやく助けて!
「まずは深呼吸だ。怖いという気持ちを抑え、出来る限り心を静めるのだ」
言われた通りに大きく深呼吸をした。
それから目をつむって、なるべく何も考えないようにする。
すると頭の片隅に何だかチカチカと点滅するものを感じた。
それをなんと表現すればいいのか……。
例えるなら、頭の中にスマホがあってその中にあるアイコンの一つを私の指先が気づかずにタッチしてしまっていたことに気づいた……といった感じだろうか。
私はすぐに手を離して姿勢を正す。
すると部屋中を渦巻いていた嵐がスーッと収まっていった。
「それでよい。アリステルよ、ケガはないか?」
「はい、へいきです。おとうさま……それで、これってなんなのですか?」
「うむ。そなたは“魔”に目覚めたのだ」
魔に……目覚めた?
それって何? と首をかしげる私をお父さまが抱き上げてくれる。
「魔とはすなわち『魔法』のことだ。魔族は生まれながらにして魔法をその身に宿している。成長するとそれが自然と表に現れるのだ」
魔法が使えるようになる!
と、その時は大いに喜ぶと同時に「こんなあっさり使えるようになっていいの?」という疑問がよぎった。
「でも、わたしなにもしてないよ?」
「魔法とは身体の一部のようなものだからな。幼いうちは無意識に発動してしまうのはよくあることなのだ。だが、そなたの場合は普通よりずっと大きなチカラであったがゆえにこのような騒ぎになってしまった」
よくあることと言われても、けっこうな大惨事だったよ?
毎朝こんなことが起きるとか怖いんだけど。
「心配することはない。慣れないうちだけだ。きちんと訓練をすればこのようなこともなくなるだろう」
お父さまが言うならそうなのだろう。
それにしても魔族の子供ってみんなこんなふうに魔法が暴走しちゃうのか。
「うちの息子も、姫様くらいの年頃には毎朝<水>の魔法で布団を濡らしてましたわ」
「うちの子なんて部屋が泥だらけに」
子持ちのメイドたちが口々にそんなことを言っていた。
いいのか……?
魔法がそんな『おねしょ』と同じような扱いで。
「それにしても、さすがは初代様の生まれ変わりと呼ばれる姫様ですわ。目覚めてすぐでこれほどのお力とは……
「うむ。そなたが目覚めたのが<風>の魔法で本当によかった。これが<火>であったなら城が燃え落ちていたやもしれんな。はっはっは」
メイドたちも一緒になってお父さまと笑っている。
いやいやいや、シャレにならないでしょそれ!
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