第6話 姫様ご乱心

「姫様! ああ、よかった……お加減はいかがですか?」


 最初に目に飛び込んできたのは私を覗き込むメイドの顔だった。

 目に涙までためて、よほど心配していたらしい。


「なんで……?」

「姫様は式典の途中で倒れられたのです」


 聞きたかったのはそういうことじゃないんだけど。

 すぐに陛下と妃殿下を呼んで参りますと言って、メイドは大急ぎで部屋を出て行った。

 そしてすぐにお父さまとお母さまが部屋にやってくる。


「おお、アリステル! よかった、元気そうだな」

「おとうさま、おかあさま、ごしんぱいおかけしました。ありすてるはもうだいじょうぶです」

「無理をしてはいけませんよ。今日はお部屋で静かにしていなさい」

「はい。そうします……」


 物静かでいつもお父さまの後ろに控えているお母さまだけど、こういう時はしっかり言うべきことを言う。これに反抗したり約束を破ったりすると恐怖のお説教が待っているのだ。めちゃくちゃ怖いぞ。

 私もお父さまも、お母さまを怒らせることだけは絶対にしたくないと思っている。

 

「あの、おとうさま、しきてんはどうなったのですか?」

「おまえが倒れてしまったからな。そこで終いとなった」

「えと、なにかほかにかわったことは……」

「変わったこと?」


 お父さまは不思議そうに聞き返す。

 やっぱり、『あの光景』は私にしか見えていなかったようだ。

 いったいあれはなんだったのだろう……。 


「おまえが倒れた以外はほとんど行事は済んでおったのだ。気にすることはないぞ。幼い身でよくがんばった」


 私が考え込んでいる姿が倒れたことを気に病んでると思ったのかお父さまが頭を撫でてくれた。

 その大きな手の温かさにホッとする。


「アリステル、そなたは……」


 ふと気づくと、お母さまがジッと私を見つめていた。

 私の瞳の奥にある何かを探るようなその視線に思わず息を飲む。


「お、おかあさま? どうされたのです?」

「いいえ……なんでもありません。ゆっくりおやすみなさい」


 そう言って、お母さまは私を優しく抱きしめてくれた。

 立場が立場だからか普段はあまりスキンシップをしない親子だけど、今は二人から確かな愛情を感じる。

 生まれ変わって数年、正直なところどこか余所の家にいるような気持ちでいた。

 でも、この人たちは間違いなく私の『お父さま』と『お母さま』なんだと強く実感した。



 それから、お忙しいお父さまとお母さまは私の世話をメイドたちに任せて仕事に戻っていった。

 私は少し寝たいからと言ってメイドをいったん下がらせた。

 部屋で一人になった私はあらためて昨日のことについて考える。


 『あの光景』は現実なのかそうじゃないのか。


 ただの幻、白昼夢の類いならいい。さっぱり忘れて夢のお姫さまライフを続けるだけだ。

 だけど他に二つの可能性もある。

 過去か未来か……そのどちらかに起きた/起きる出来事であるという可能性だ。

 私が歴史書や大人たちの話で調べた限り、魔族の国が建国されて今日までこの城が人間たちに攻め込まれたという事実はない。

 じゃあ、あれはこの先起こる未来の光景なのか?

 私はその可能性が高いと思っている。

 だってあの『魔王』はあまりにも私に似ていた。似すぎていた。

 それはこの唯一無二のツノが示している。

 さらに言えば、初代魔王の「未来が見えていた」というあの伝説。

 もしかすると本当に初代魔王にはそんな力があったのではないだろうか。

 そして、同じツノを持つ私にも少なからずその力が受け継がれているのだとしたら……?


 そう遠くない未来に『勇者』たちがこの国に攻め込んで来る。

 そして城は燃え落ち、私は剣で貫かれて──死ぬ。

 最悪の未来だった。

 それにあんな風に城が燃えているってことは、お父さまやお母さま、メイドたち、それにこの国の人々も無事ではないだろう。

 自分が死ぬことも嫌だけど、何より大切な人たちの命が奪われてしまうことの方がずっと怖かった。

 あの『魔王』はいったいどんな気持ちで勇者たちを迎え撃ったのだろうか。

 

 ──自分はどこで間違えてしまったのだろう。


 ──どうしてこうなる前に手を打てなかったのか。


 今にも焼け落ちそうな城にたった一人残った彼女の表情からは怒りや憎しみよりも後悔の念が感じられた。

 すべてはただの可能性だ。

 心配症な私の妄想と言ってくれてもいい。

 だけど、それを否定する根拠も理由もないのだって事実だ。

 だったら可能性の芽だけでも潰しておくべきじゃないのか?

 そんな風にあれこれ考えていたおかげで、その夜、私は一睡もできなかった。



 そして翌朝──


「姫さま、おはようございます。お加減がよろしければ少し散歩でも……って姫さま!? どうされたのですかそのお顔は!?」


 部屋にやってきた側仕えのメイドは、ベッドの上で仏僧のごとく座禅を組む私を目の当たりにして声を上げた。

 断っておくけど、私は恐怖と不安で眠れなかったわけじゃない。

 ただ一晩中考えていただけだ。

 家族を、この国を守る方法について。

 結論から言うと方法はいたってシンプルだ。


 殺られる前に殺る!


 これしかない。

 いずれ『勇者』がやってくるのを悠長に待っているなんて私の主義じゃない。

 何ごとも自分の目で見て、触って、やってみる。

 この場合はってみるだけど。

 だいたい、元の世界でゲームに出てくる魔王たちはちょっと手ぬるいんじゃないかと思っていたのだ。

 勇者の血筋を根絶やしにするため村に軍勢を送り込んでおきながら当の勇者にはまんまと逃げられていたり、最高戦力の四天王たちをバラバラに配置して各個撃破されていたり、そもそも真正面から戦う必要がどこにあるというのだろう。それにここはファンタジーな世界で、私は泣く子も黙る魔王(の娘)だ。暗殺でも闇討ちでも懐柔でも、あらゆる手を尽くせばいい。

 あれが未来の光景だとしたら、きっと勇者はまだ子供だ。魔族と人間の寿命差を考えるとまだ生まれてもいないかもしれない。それならまさに赤子の手を捻るようなものだ。

 『鉄は熱いうちに打て』ならぬ『勇者は弱いうちに叩け!』である。

 卑怯とか卑劣とか言う言葉は聞く耳もちません。こっちだって命がけなんだ!


「わたし、きめたわ! このてでゆうしゃをたおす! にんげんどもをやっつけるの!」


 決意を込めて口に出してみる。

 時間はあるようでない。だって相手は『勇者』だ。きっと主人公補正のかかりまくったチート野郎だ。

 万全の上に万全を重ねてしかるべきだろう。

 よーし! やるぞー! 負けるもんか!

 と、拳を振り上げた私はメイドがとんでもない形相でこっちを見ていることに気づいた。

 そして彼女は叫んだ。

 

「ひ、姫様がご乱心なされたー!」

「あれ……?」


 というわけで、この日から私の『打倒勇者』に向けた長い戦いの日々がはじまったのだった。

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