Act16 シーン1 最後の聖戦

イケメン俳優の姿をした孝雄は、ミーナのマンションでララと二人きりで至福の時間を過ごしていた。

「孝雄」は、ミーナに扮した憎き美加島の野郎を先程追い出し勝利を祝っている! ララと密室で、マンツーマンの二人きり! 憧れのララと同じ空気を吸い同じ時間を過ごすという奇跡が孝雄を異常に緊張させていた。

「今日の美加島さん。かわいい! なんか二人っきりになってからおかしいよね。そわそわしてるし、、、」

「そう?」

可愛すぎるララの顔が近すぎて、そして眩(まぶ)しくて、まともに見返すことができなかった。

「うん、なんかすごく汗かいてるし、でもね不思議なことにそこが安心するの」

「そうかな? 俺いつもと違う? 」

「孝雄」は、イケメン俳優の美加島のように、振る舞えてないことが不安になった。

「さっきミーナが出て行く時言ってたよ!」

「なんて言ってた?」

美加島が、去り際になんか爆弾をセットしてないか不安になった。

「なんか機嫌悪いみたいって!」

「それだけ?」

「うんそれだけ、機嫌悪いのかなって思ったけど? 全然そんな感じしないし! 

なんかさ、いつも美加島さんって雲の上の人って感じだったんだけど、今日はなんかすごく落ち着く」

「ほんとに?」

驚いたことに、ララにとって、自分の性格の方が美加島の気取った性格よりも受け入れられている。

「うん、だっていつも私ばっかり緊張してずるいなー、って思ってたんだけど」

「そうなんだ」

もうララの言葉が甘すぎて、顔がニヤけてまともに返事ができない。

「今日はなんか、、、美加島さんも緊張してるし、それに私のDVD見たいって突然言ってくれて! それで歌詞覚えてて振り付けだってできるんだもん。すごいわ!」

「ははは! ちょっとは恥ずかしかったんだけどね」

「ううん、私さらに惚れ直しちゃった。美加島さんのことだーい好き!」

この瞬間、「孝雄」は、完全な美加島超えを確信した。

「ララちゃん。 俺もララちゃんのことだーい好きだよ、もうここで死んでもいいくらい」

「美加島さん」

ララはもうそれ以上何も言わなかった。そして「孝雄」の心臓はバクバクと鳴り出した。

「ララちゃん」

二人は見つめ合い、その距離がだんだんと近づいていった。

二人の距離が異常に近くなりキスしそうな雰囲気だった。 二次元のポスターには何度もキスしたことがある孝雄だったが、3次元の本物からは、温度や匂(にお)いまでもが伝わってきた。

「かわいすぎるよ! なんか初めてのキスだね」

「孝雄」が呟(つぶや)くとララはこくりと頷(うなず)き目をつぶった。夢みていた運命の一瞬が今訪れようとしていた。


すると、突然インターコムの音がなった。

ララがびっくりして立ち上がり、目をつぶって勢いよく前進していた「孝雄」は目標を失い前に突っ伏(ぷ)した。 ララは焦ってソファからさっと離れた。

「あれ! まだ一時間しかたってないのに? まさかミーナもう帰ってきたのかな?」

「孝雄」はゆっくりと一人で上体を起こした。言うことは何もなく、そのままの不機嫌な顔のまま天を見上げた。ララは完全にさっきの恋人モードからは脱却し、「ちょっと見てくるね!」とドアに向かって歩いていった。

「あのやろー、くそ美加島め!」

「孝雄」は、ミーナの中にいる美加島が、諦めきれずにまた邪魔をしに来たのだと思った。

「あー! サキちゃん!」

玄関先からララの声が聞こえた。 

「え? サキちゃん?」

「孝雄」は、意外な人が訪問してきたのに驚いたが、ひとまず様子(ようす)を見るしかなかった。


サキは、使命感をおびてマンションのドアの前に立っていた。 ミーナからの依頼通り、ララと美加島を盛り上げる為に、ノリノリで振舞(ふるま)わなければいけなかった。

「ごめん!遅れまくっちゃって! こんにちは!」

サキは、わざと異常に明るい声で入場した

「あの、今、美加島さんいるんだけど、、、」

「知ってるわよ」

「いや、美加島さんと私だけなの!」

サキは、ララが照れているのだ、と確信した。

「だから知ってるわよ!」

もちろんサキは動じず、ララに「私に任せて!」とささやいた。

「こんにちは」

そこに、会話を聞いていた「孝雄」が玄関まで出迎(でむかえ)えた。当然のことながらサキは、外見通りの美加島に対して話しかけた。

「こんにちは! あ!美加島さん元気? さ、今日は絶対に盛り上がるね! あと!誰がくるんだろ?」

「何の話?」

カップル二人は、キョトンとしてお互い見合わせた。

「やるんでしょ!」

ミーナに二人を盛り上げるように言われているサキは、ここで止まる訳にはいかなかった。 

「何を?」

「何を?って やるんだよね?」

またララが同じ質問を繰り返す事に、サキは少々イラつき始めた。

「やるんだよね?って?」

そしてまたしても、ララが聞き返した。 サキは、流石に文句を言おうと口を開こうとした瞬間。

「何を?」

今度はララのイケメンの彼氏までがとぼけてきた。 サキは、頭を高速に回転させた結果、『もしかして、あー、しまったサプライズかー、なんでちゃんと説明できないのかな? あいつミーナめ!』と言う結論に至(いた)った。ミーナが適当に説明してくれたおかげで、カップル二人が混乱しているのだ。すなわち、急遽アプローチの変更が必要だった。  

「ごめん。 なんでもない! 何でも無いから!」

サキが、急いで今までの発言を撤回すると、「何でもない?」とララが眉をしかめた。そして「どういうこと?」と彼氏も鋭く突っ込んできた。

サキとしては、サプライズパーティだった、と訂正することは許されず誤魔化(ごまか)すしかなかった。

「まあいいじゃない! みんなきた時で! というか知らないふりしといてね」

「知らないふり、何を?」

俳優の彼氏は納得できない表情を変えなかった。 ひょっとして美加島さんも知らないのかも? と言うことは、ここはなりふり構わず誤魔化(ごまか)すしかなかった。

「美加島さんもなんか退屈だったでしょ、ごめんなさい! ララは照れ屋さんですけど、ご存知のとおり!とってもいい女ですから」

「はあ?」

「美加島」は、なんともいえない顔をした。サキは自分の空回りぶりに嫌気が差しながらも頑張るしかない。

「今日はさ! お二人のこといろいろ聞いちゃうんでよろしくね、この!イケメン俳優!」

と、彼氏の肩を軽く叩き、なんとか盛り上げるしかなかった。ただ、肝心のララの反応は氷のように冷たかった。

「サキ! 美加島さん困ってるじゃない」

「何言ってるのよ! 困ってるわけないじゃない! あんたも美加島さんみたいなかっこいい人と付き合って! もうサキうらやましい!」

サキのフォローが限界に達しとうとう沈黙となった。 そもそも、話が噛み合う訳は無いのだが。ミーナ達の作戦通り、「孝雄」がララに手を出すのだけは辛うじて防ぐことができた。ただララの顔は笑っていない。

「サキ、なんでそんなテンション高いの」

とうとうサキは、すごい顔でララを睨(にら)みつけ袖(そで)を掴(つか)み部屋の端っこに引っ張った。そして、彼氏に聞こえないように小声で不満をぶちまけた。

「あんたの為でしょ! あんたが呼んだんじゃない! あんたもうすこし盛り上げなさいよ! 私が来たのあんたの為よ! 分かる?」

そして、ララが言い返そうとした瞬間!

「おまたせー 3人ともいる?」

ミーナと聡と美加島(孝雄)がインターコムも鳴らさずに玄関から大声で叫んだ。サキはやっと空回りから解消されるのが嬉しくて「いるよ!」と大声で返した。そして、リビングルームに、ミーナが、非芸能人の同年代の男の子二人を連れてきた。


 ここで、全ての役者が整った。

ここからミーナ達の『美加島のボディ奪還、孝雄封じ込め作戦』が始まるのだ。

ララとサキには気づかれずに、この作戦を実行し、孝雄と美加島の身体を元に戻さなければいけない。幸か不幸か、孝雄は、ミーナの中身が美加島だと思いこみ、孝雄のことをミーナだと思っている。

「はい! じゃじゃーん! 友達2人連れてきたよ!」

ミーナが勢い飛び込むと、「こんにちは! お!美加島大輝がいるよ!」と聡が、予定通り田舎者の学生っぽく驚いた。

そして外見は一般大学生の美加島も声は出さず、うん、うんとうなずいた。

「美加島大輝じゃなくて、美加島さんでしょ」

ミーナは幼馴染(おさななじみ)らしく、聡の失礼な言葉遣いを注意した。 

「あー、すんません。興奮しちゃって!」

聡は、イケメン俳優の姿をした孝雄に向かって、挑発的に「棒読み」で謝った。 

「いや、いいけど」

「孝雄」は外見に合わせクールに返した。

「ちょっと待って! 友達って! この人達さっきあなたを襲った2人じゃない?」

三人の作戦に想定されてなかった事が起こった。ララが先程のミーナのマンション前での騒動を思い出したのだ。すぐに逃げた聡と、孝雄の顔をしっかりと見ていたのだろう、早くもピンチが到来(とうらい)した。

「襲った?」

ララも大きく反応したので、ミーナは急いで否定するしかなかった。

「違うよ! この二人は私の友達」

「そんな訳ないわ! あたしはっきり見たんだし!」

「ララ落ち着いてよ、この人達は友達って言ってるじゃあない!」

ミーナはなんとか信じ込ませようと頑張るしかなかった。。

「じゃあさっき! なんで逃げたの?」 

ララは、サキと違って性格がしっかりしていて、玄関での出来事に確信を持っていた。話をそのまま強引に変えていくしかなかった。

「聞いてこの人、この孝雄君は、シャイで、ララの大ファンなの! ね、びっくりしたのよね! 初めてあなたを見たから!」

ミーナがいきなり、「美加島」に演技のキュー(合図)を出した。

「、、、あ、あ すxみxまxせん」

さっそく「美加島」は、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で、スーパーシャイな大学生を演じ始めた。 キャラ的にはあんまり喋(しゃべ)れないので、ミーナが小さい子供のお母さんのように、彼の気持ちを説明し始めた。

「それで、見た瞬間、すごーく緊張しちゃって逃げ出したの、ほら見て! 今も震てるし、まともに挨拶もできないわ!」

「美加島」は、ミーナの説明に合わせていきなり身体を振るわせた。

「じゃあこの人は?」

ララはまだ追及をやめない。

「この人は聡君って言って両方とも私の中学の友達! 福岡から来たの」

「あ、聡です! こんにちは」

ミーナから紹介されると、聡は爽(さわや)やかな笑顔で反応した。

「どう思う美加島さん」

ララは、イケメン俳優に意見を求めると、「孝雄」は、待ってましたとばかりに、前のめり気味に口出ししてきた。

「なんか怪しい人達だね! 本当に大丈夫なの? やっぱり帰ってもらったほうが! 俺は良く分からない人はあんまり――」と迷惑そうにして上手(じょうず)に男二人を追い返そうと試みた。しかし、ミーナはそれを許さない、と直ちに大声で遮(さえぎ)った。

「あ、それで言い忘れてたけど、聡君は美加島さんの大ファンなの! ずーっと会いたかったんだって!」

「うんうん、ファンなんです僕! 今日お会いできるって聞いて! もううれしくて! うれしくて」 

「ほんとうに僕のファンなの?」

「孝雄」は、自身の正体を知る聡の言葉に、嫌そうに反応した。

「もちろんですよ、美加島さんとは他人の気がしなくて、ずーっと幼馴染(おさななじみ)みのような気がしていて、一緒に「コーラ」なんか飲んでみたいですね!」

聡は今までの経緯(けいい)を皮肉ることで、「孝雄」に強く警告した。

「コーラ!」

「そうコーラだ!」

孝雄と聡は、ものすごい眼力で睨(にら)み合った。 前半からの挑発に危機感を感じて、ミーナは聡の腕をポンポンとたたき落ち着かせ、話を戻しに行った。

「それで二人とも、すぐに帰っちゃうの、だからお願い! 二人ともあなた達のファンだし、あたしの友達だしね、今日ほら、パーティしましょうよ! ね」

ミーナは、両手を合わせて「お願い」のポーズをララに見せて彼女の疑惑を和らげにいった。

「そうそう、それよ、それ! それを言って言いか迷ってたのよ」

ここで今まで黙っていたサキが、偶然上手い具合に合いの手を入れてくれた。

ここが絶好のチャンスだった。

「今日、実はなんと! 美加島さんとララがお付き合いすることになった記念日です!」

ミーナはタイミング良く偽企画を発表した。

「えーーーーーーーっ!」

聡の、わざとらしい驚きが、いい感じに全体に響(ひび)いた。

だが、「美加島」の目が全く笑っていないことにミーナ気づいた。孝雄の中にいる彼にはララを取られる焦りしかなかった。

「ごめん、ごめん! あたし言ってなかったよね。ショックだった? 特に孝雄君は!」

「タイムボカーン」

「美加島」は、怒りに任せて最後の言葉をつぶやいたが、「いや、早すぎるでしょ!」と聡は速攻で突っ込んだ。

当然ながら、「それを見たララ・サキ・「孝雄」が嫌悪感(けんおかん)を排出(はいしゅつ)し始めた。田舎から来た無口な大学生が突然で「タイムボカーン」と発(はっ)したのだから不思議ではない。

長い沈黙が続きこのままだと追い出されそうだったので、 ミーナはさらに強引に攻め込んで変な空気を打ち破った。

「それでなんと! イケ面俳優の美加島さんが、私にサプライズパーティを頼んでました!」 

「いぇーい!」

聡とサキが必死で拍手して盛り上げるのだが、「美加島」は、すでに不貞腐(ふてくさ)れているのか?

それとも、無口なキャラクターに忠実に演技をしているのか? 部屋の端っこに移動して、スマホを取り出し黙ってメールを打ち始めた。

その一方、パーティの企画も依頼もしていない偽(にせ)俳優の孝雄は、「サプライズパーティ???」と呟(つぶや)きながら、こちらの出方を警戒(けいかい)している。そこにまた、サキが絶妙(ぜつみょう)な感じで入ってきた。

「さすが美加島さんね! サプライズでララの為に! でも、私さっきフライング気味でごめんなさいね」

幸い、この一言にララもすっかりその気になり、流れがミーナ達の方に流れてきた。ララとは全く打ち合わせもしてないのだが、すごい働きぶりである。

「だからさっき! あんな感じだったんだ! ごめんね、サキ」

「いいのいいの! 全部ミーナの説明不足だから!」

ララはサキに謝り、そして快く受け入れられた。ミ

その時、「孝雄」はものすごい顔でミーナを睨(にら)み不機嫌だった。ただその不機嫌な顔がララからの視線が向けられる時だけ瞬間的に笑顔になった。

表面上こそカップルを祝福するホームパーティなのだが、裏ではとても激しい身体入れ替えの争奪戦が始まろうとしていた。

「うん、ミーナ、もういいよ、あたしみんなの気持ちがすごくうれしい! 美加島さん、大好き」

ララはそういうと、つくり笑顔の「孝雄」の腕に抱きついた。ミーナ達は、二人が入れ替わらないかドキドキしたが彼らの目線は合っていなかった。

ただ気になるのは、それを遠くで見つめている恋人と身体を取られそうな「美加島」だ。怒りに任せてブツクサ独り言を言いながら、スマホでメールを打ち始め、そしてまた

「タイムボカーン」と叫(さけ)んだ。今度は大声だったので、側(はた)からみると頭のおかしい人にしか見えなかった。「美加島」は、嫉妬(しっと)と絶望から壊れてしまった。 そして、今回のタイムボカーンは全体を闇(やみ)へと化(か)した。

「あの、さっきから気になるんだけど、何なのかな? その「タイムボカーン」ってヤツ?」

ミーナ達の味方になっていたサキがしかめっ面になってしまった。

「そうよね?」

そうなると、ララも同じ顔をして、部屋の向こうの「美加島」を睨(にら)んだ。 しかし、彼はいっこうに気にすることもなくスマホでメール打ち続けていた。

「彼は、ずっとスマホしてるね」

偽物俳優の「孝雄」もそれに同意した。

「ちょっと孝雄君携帯やめなさいよ」

ミーナは、この流れを変える必要があった。 それでも、「美加島」は、不機嫌さを顔に出して何も言わず大きく首を横に振りながらひたすらスマホをやめなかった。

「あのー、福岡で流行ってるんだよ! なんか楽しいことがあったら「タイムボカーン」って! 誰かが言うんだよ。孝雄も気持ちはわかるけど! あとスマホもやめとこうよ」

聡も何とか壊れた「美加島」を修正しようとするのだが嫉妬(しっと)に狂う男は一向(いっこう)に動じない。周りは顔をしかめるばかりだった。

「まあ、孝雄君はいつもこんな感じだからおいといて! 誰かに買出しに行ってもらわないと!」

ミーナは「美加島」の軌道修正(きどうしゅうせい)を諦(あき)め話をまた違う方向に展開しはじめた。 

「買出し? あんたの買出しのせいで遅れたんじゃあないの?」

「あ! ごめん すっかり買いだし忘れちゃって!」

「忘れてた? 買出しを?」

サキの目線が鋭くなりミーナに向けられた。

「そうそう! この二人が待ち合わせ遅れちゃって! ごめん!」

ミーナは素早くサキの怒りを聡達に転嫁(てんか)した。困ったのは聡で、「俺?」と言った後、もぞもぞ何か言いながら、部屋の隅でスマホを触り続けている美加島の方へ逃げていった。

「兎に角、誰かに買出し頼まないと!」

ミーナは思いっきり目線をサキに向けて図々(ずうずう)しく言い放った。彼女には悪いがそれが最善の方法と思えた。

「あたし? あたしなの? 二人でいいんじゃない!」

「すいません、僕達九州からきましたけん、、、」

聡が離れたところから、九州っぽいイントネーションで、すまなそうに田舎者アピールをした。

「でも私ばれるじゃあない!」

サキは、不審(ふしん)感いっぱいな表情で反論したがミーナはひかない。

「大丈夫よ、マスクかなんかしていけば!」

「そんなぁ、誰か一緒にきてよ!」

サキは、ミーナの術中にまんまとはまり、泣言を言いはじめた。 

「うーん、あたしは幹事だしいろいろ準備したいし、この二人は田舎もんだから役に立たないし、美加島さんも目立つから駄目だし あ! そうだ! ララといけば?」

調子に乗り過ぎか? それとも焦りすぎか? 作戦の邪魔になるララも、孝雄から引き離せればと思い大胆な提案をした。この試みが成功すれば、事情を知らない人達をこのマンションから全員追い出すことができるのだ。

「そうだね! ララちゃんがいいね!」

聡がその作戦に気付き猛烈(もうれつ)にミーナをサポートした。奥でイジケてる「美加島」も猛烈にうなずいた。

「は? なんで? あたし主役よね!」

当然ながらララは不満である。

「どう考えたってララな訳ないじゃん」

「そうだよ、絶対いくなよ!」

サキも「孝雄」ももちろん反対だった。そのうえララは、「孝雄」の強引な言い方が心に刺さったようで顔を紅(あか)めて彼に寄り添った。ララが現在のイケメン俳優に惚れこむことは作戦実行上良くないことである。

「あー、いや好きなケーキ買えるかなって思って? 冗談で言ってみただけよ! ララは、ケーキが好きだからさ!」

ミーナは、攻めすぎたことを反省しながら次の手を考えた。

「もういいよ! じゃああたし一人で行くよ! で、何を買うの?」

サキは、理不尽(りふじん)だと思うが、結局自分がいくしかないのだろう、と抵抗を諦(あきら)めた。

「シャンパンや飲み物はあるからさ! ケーキとか食べ物買ってきてよ! あとは、いろんなお菓子とか、とにかくあわてなくていいから、沢山買ってゆっくり戻ってきて!」

「あんた、今日人使い荒いよねー」 

「ごめん、今度埋め合わせするから」

とにかくミーナは必死だった。サキは、ドスドスと不機嫌な足音を立てて玄関に向かった。

「気をつけて!」

ミーナが後ろから声をかけた瞬間、サキが怒った顔のままツカツカとミーナの前に戻ってきた。そしてミーナを鋭く睨(にら)みつけた。サキの怒りは頂点に達したのだ。こう言う時に真面目な人は何をするか分からない。そして彼女はついにミーナに手を出した。

「金!」

「あ、ちょっと待って!」

ミーナは、これ以上サキを怒らせないよう急いで財布へ一歩踏み出した、

瞬間、現在イケメン俳優の孝雄が、これ見よがしに美加島の財布を取り出した。

「あ、お金なら僕が! 足りるかな? お釣りはいらないから!」

そう言いながら数十万円の万札を素早くサキに渡した。

「うわぁーさすが美加島さん、かっこいい! じゃあ あたし行ってきます!」

サキは、お金の魔力からすっかり機嫌をなおして元気よくマンションを出ていった。その一連の行為が許せなかったのが「美加島」だ。先程(さきほど)まで入力し続けていたスマホを、身体を乗っ取った孝雄の方に向けた。そして銃の引金を引くかのごとくメールの送信ボタンをクリックし、「タイムボカーン」と大声で吠(ほ)えた。ララを盗られ金も盗られ身体も盗られ、今の身分は元イケメン俳優の大学生の美加島の怒りは頂点に達していた。ちなみに「タイムボカーン」は3度目である。

ただ、ララには本物の恋人、「美加島」の苦しみはわからなかった。

「ねえ! この人やっぱり失礼じゃない!」

「ミーナ! ちょっとテラスに出てていい! 孝雄また興奮したみたいで!」

聡が、さっそく動きだした。いい考えだ。

「うん。そうね 分かった! そっち鍵開けたら出れるから」

「行こう! 孝雄!」

聡は苛立(いらだ)つ「美加島」をテラスに無理矢理誘導して行った。

「本当に孝雄君って大丈夫なの?」

ララは不機嫌そうにミーナと向き合った。

「大丈夫よ! 本当に純粋にあなたのファンで緊張してるだけなの」

ミーナはララの視線をかわすと、身体泥棒の孝雄の方を鋭く睨(にら)んだ。


テラスは少し肌寒かったが、聡も「美加島」にも寒さを感じる余裕がなかった。

とにかく聡は暴走する「美加島」を止めなければいけなかった。

「なにやってるんですか、美加島さん! 冷静になってくださいよ!」

「大丈夫だよ! 今ので吹っ切れたよ! 今度は冷静になるよ!」

「美加島」は先程の挙動不審(きょどうふしん)なキャラクターから、イケメン俳優の態度に変わっていた。

「いったい何してたんですか?」

「メールアドレスを覚えてたんだ! 後で分かるよ」

「美加島」は、謎めいた微笑みと一緒に謎めいた事を言った。

「はやく説得しましょうよ! 孝雄のこと」

「説得か、、、」

「美加島」は遠くを見つめた。 

「あきらめたんですか? 美加島さんは孝雄に恋人だけじゃなくて、自分の身体も取られるかもしれないんですよ」

「わかってるよ」

哀愁(あいしゅう)の男「美加島」は、全てを諦めたような元気のない声で言った。

「やっぱり、、、美加島さんは週刊誌にかかれてるみたいに遊び人で、ララちゃんのことは遊びだったんですか?」

聡は怒りにまかせて感じたことをそのままぶつけた。

「違うよ! 確かに俺は浮かれていろんな女の子と遊びまわってたけど、ララちゃんのことは本気で好きなんだ。あの子は性格もすごくいいし、変な計算もない、純粋そのものなんだ。その辺の芸能人とは格が違う!」

「じゃあ早く戻りましょうよ!」

聡は、サキが外出した今がチャンスだと確信していた。 「美加島」が復活したのなら早く行動を起こさなければならなかった。

「ただ、あいつのララちゃんに対する思いは俺より上だ。俺は今、あいつには敵わない、ルックスも、そして心も、全てにおいてあいつのほうが上だ」

[美加島]の心は大きく揺(ゆ)れているようだが、そんな事は許される訳なかった。

「じゃああきらめるんですか? ララちゃんのこと」

軽蔑(けいべつ)に満ちた強い目で美加島を見た。

「諦める? 俺は諦めてなんかないよ」

「はぁ?」

聡は、本当に[美加島]のメンタルを心配し始めた。

「要するに孝雄君が美加島大輝でいることに嫌気がさせばいいんだろ!」

「確かにそうですけど、美加島さんお願いだから諦めないでくださいね。孝雄がこのままあなたに居座るなんて絶対まちがってるよ」

「心配しなくていいよ、肉を切らせて骨を断つだ!」

意味不明な事を「美加島」は胸を張って宣言し、聡はついに無言になった。    

「苦渋の決断だったよ! でももう大丈夫! もどろう」

そんな聡に、「美加島」はクールに呼びかけリビングルームへ戻っていった。

 

聡と美加島がテラスに出て行って5分ほどしか経ってないのだが、ミーナには、

ものすごく時間が経過しているように思えた。

「なかなか帰ってこないわね、あの2人、、、」

「タバコでも吸ってるんじゃあない?」

ララは、偽九州男児二人がタバコを吸うか吸わないかを知らないはずなのだが、彼らが居なくなっても気にもならないのだろう。ミーナの心配を適当に受け流した。

「ミーナちゃん! 心配なら行ってくれば!」

美加島に扮(ふん)した孝雄は外面的に心配して言った。

「そうよ! 私達2人で楽しんでるから!」

ララは、もちろん彼に同調した。ミーナはここで「美加島」がいたらなかなか聞けない質問をすることを決めた。

「いや大丈夫! 美加島さん、ところで私のいない一時間。二人で何してたの?」

「孝雄」の暴走が、どの程度なものだったのかを確かめるのだ。

「え? それは言わなくてもいいと思うけど!」

「孝雄」の顔がピクリと引き攣(つ)り嫌そうな顔になった。

「気になるなー?」

ミーナは、プライベートを詮索(せんさく)する嫌な女に見えないように、ワザと可愛く言ってみた。

「ミーナ、もうやめてよ」

思惑通(おもわくとおり)り、ララは言葉と裏腹の顔をした。照(て)れているのだ。

「ねえ! ララ、無理やりキスとかされなかった?」

「どういうつもりだよ!」

せっかく真相を聞くためにブッ込んだのに、身体泥棒(しんたいどろぼう)が強く妨害してきた。

「やーねー、冗談よ、冗談、美加島さんどういう口説き方するのかなー、って思って!」

「私達DVD見てただけだよ!」

「DVD!」

とりあえず【身体泥棒】孝雄は手をだしてないようだ。

「そう、私達フローレンのDVDよ、それで! 美加島さんってずーっと私達のファンだって知ってた? 歌なんかね、全部振り付つきで踊れるの、それも全部が私の踊りのところ! すごいと思わない! そして、今までそれを一言も私に言わなかったの」

ララはよっぽどうれしかったのか? 機関銃のようにフェイク俳優を称賛(しょうさん)した。

「ふーん、なんか別人みたいだね、まるで美加島さんじゃあないみたい! そう思わない美加島さん?」

ミーナはここで孝雄の出方を探った。

「そうかな? いつもの僕だと思うけど? 君もまるでミーナちゃんには見えないね、不思議だね! まるで僕みたい!」

「孝雄」は、ミーナの中には美加島がいると思っているので、敵対心満々で返してきた。

「どうしたの二人、、、なんか恐い」

何も知らないララは、当然の反応をした。

「ううん? 何でもない」

「そうだよ! 何でもないよ」

ミーナは悲しい気持ちでララに返事したのだが、「孝雄」が同じような返事をしたのが許せなかった。

「ねえララ、人から物借りたらどうする?」

「何よ? いきなり? そりゃ返すわよ」

「そうよね! 当たり前よね。当たり前のこと!」

ミーナは言いながら身体泥棒の孝雄に厳し目を向けた。

「じゃあ、そのだいじな物がさ、すごく貴重なもので、その本当の持ち主が明らかに間違った使いかたをしてるんだ。そしてその品物が世界に一つしかない貴重で大切なものなんだ」

今度は「身体泥棒」が反論し始め、そしてその持論の真偽(しんぎ)を確かめるように、ララを見つめた。

「うん」

何も知らないララは、「孝雄」の熱気に圧倒されて同意し、彼の絶好調が止まらない。

「そして、そのだいじな物を持ち主に返すと、そいつはその大事なものをぞんざいに扱うんだ。そして壊してしまう」

「それは、その借りてる人の意見だと思うわ、 実際にはそうならないのかもしれないし」

ミーナは孝雄の一方的な解釈が許せなく声を荒げた。

「そうならないのかもしれない? 君がかもしれないという言葉を使う以上、その人は借りたものを返さないと思うね!」

ミーナは、「孝雄」が完全に彼自身の行動を正当化しているのに驚き、反論ができなくなってしまった。そして、二人の睨み合いと沈黙が続いた。


「なんか二人とも興奮してる?」

ララが重過(おもすぎ)ぎる沈黙を破った。

「ううん! 興奮してないわ。私はごく普通のことを言ってるだけ! 私は、「かもしれない」としか言えないわ。 私は本人ではないし」

確かに、ミーナはミーナであり、美加島の気持ちはわからない。

「本人ではない? 嘘つくなよ!」

「孝雄」は、叫んだ訳でもないが目が据(す)わっている。もう誤魔化(ごまか)しは効かないと思った。

「嘘じゃない私は違うわ! お願い孝雄君と握手して!」

「孝雄」は、硬直し黙り込み、そしてミーナは返事をまった。

そして再度の沈黙だった。


「いったい何なの? さっぱり分からないわ?」

そしてその沈黙をふたたびララが壊(こわ)した時!

「お待たせー!」 

聡と「美加島」が帰ってきた。

「ごめんね。さっきは!」

「美加島」が軽(かろ)やかに挨拶した。

「あなた孝雄君よね? さっきひたすら暗かったひとだよね。スマホいじってた」

ララがムッッとした顔で突っ込んだ。

「いや、ごめんごめん、僕は一度慣れるともう大丈夫なんだ!」

学生姿の美加島は爽(さわ)やかだ。

「そうなんだよ! もう孝雄ってすごく極端(きょくたん)で! なあミーナ!」

「うん、そ、そーなのよね、もう慣れたみたいね」

ミーナも作戦変更を察(さっ)して適当に合わせた。

「あ、そうだ! やっと憧れの2人に出会えたんで! 握手してもらっていいですか?」

立ち直った「美加島」は、突然陽(よう)キャラで攻(せ)めはじめた。

「いいけど――」

ララは少し機嫌を直した顔で手を出した。ただ「美加島」は、ララとは握手をせず、偽者の方の美加島を見つめた。

「じゃあ。まずは美加島さんと!」

「君はララちゃんのファンなんだろ!」

「孝雄」はもちろん断った。

「いや実は、さっき落ち込んでたのは、ララちゃんが美加島さんの彼女っていうのが辛くて、それで、俺の中でけじめをつけたくて!」 

「けじめ?」

「孝雄」は戸惑いながら、裏に何があるのかを考えた。

「よろしくお願いします! 僕の人生を取り戻したいんです!」

「美加島」は両手を身体泥棒の孝雄に差し出した。すると偽者はララの視線を気にしながらゆっくりと手を差し出してきた。非常にいい作戦だ。これで「孝雄」が握手をしなければ、ララに「情がない冷たい人」と、思われてしまうに違いない。このまま「孝雄」が諦めれば全てが元に戻る。

「よし! いいぞ!」

聡が思わず声を上げた。


二人の手が少しずつ近くなり、「美加島」は前のめりに【偽者俳優】に近づいて行った。視線の交換と呼気の交換と直接の肌接触が必要だ。【偽者俳優】は観念したようで手を引っ込めようとはしなかった。が、しかし、触れた瞬間、【偽者俳優】は突然目を思い切りつぶって握手した。


「はい! これでいいかな!」

「孝雄」は手を離した後、めんどくさそうに言い放った。

「目つぶりやがった」

ミーナの顔が怒りで恐ろしい顔に変わっていた。

「タイムボカーン」

聡が今日4回目の「タイムボカーン」を言い、「タイムボカーン」とミーナが続いた。

これで被害者の「美加島」が「タイムボカーン」と言えば、三人で襲いかかり身体を元に戻す! しかし彼はなかなか最後の言葉を言おうとしない。

「美加島」は、聡とミーナに対してうっすら首を横に振り、まだその時では無いと伝えた。確かに今、ララの目の前で「孝雄」に襲いかかること、ララにもウィルス研究の秘密がバレてしまうことになるのだ。

「あのさ、やっぱりさ! 美加島さんとララちゃんのパーティなんだからさ、ララちゃんのドレスアップしてるところが見たいよね!」

「美加島」は自信ありげな表情で、新たな試みを発表した。

「あーいいね! それ! 見たい見たい!」

そして聡がすぐに反応した。

「ほんとに!」

ララも幸いノリ気のようで好都合だった。ミーナもララの気が変わらないようにすかさず盛り立てた。

「いやー そこまで――」

偽者俳優の孝雄は、危機を察知しララを止めに入るが、

「見たいよね! 美加島さん!」と「美加島」が偽者に熱く語りかけた。

「いや! 俺は!」

偽者俳優はこれ以上断れなかった。ここで反対すればララは気を悪くするに違いなかった。 

「またー すぐ照れるんだからー」

そんな迷ってる「孝雄」をミーナ上手い具合に、照れているようにララに印象づけた。しかし、「孝雄」も黙ってる訳には行かない。

「いやー、そんなんじゃあなくてさ! ホームパーティなんだから――」

「何言ってるんですか! サキちゃんも買出しに行ってるわけだし盛大に行きましょう!」

聡は「孝雄」にこれ以上喋らせないように大声で遮(さえぎ)った。波状攻撃は続く!

「よし! じゃあ私が美加島さんの為にララを綺麗にしてあげる!」

ミーナが景気づけ!

「ばんざーい! 俺見たかったんだよな! ララちゃん」、

「美加島」は素(す)で喜び、「ばーか!お前は彼氏じゃあないんだからな!」と、聡が絶妙(ぜつみょう)にフォローした。

「あーそうか!」

「美加島」は、今度は孝雄っぽいキャラで納得した。

「じゃあ俺達は俺達盛り上がってるから! ゆっくり着替えてきてよ」

ここで聡がミーナとララを送りだした。「孝雄」」はあまりにもスムーズで完璧な攻撃を受けて身動きができなくなった。

「さ! ララ行きましょう! 何が着たい!」

ミーナはララの手を引いて、寝室へと連れて行った!

「ララちゃん!」

「孝雄」は急いで呼び止めるが、もはやイケメン俳優のルックスでも止められなかった。


そして、長い攻防の末リビングルームは男だけになった。聡、孝雄の姿をした美加島、そして美加島の姿をした孝雄の三人である。

「さーて! これでやっと俺達だけで話しができるな!」

「美加島」の目が獲物を捉(とら)える目に変わっていた。

「孝雄! そろそろ年貢の納め時だな」

聡がそう言うと、二人はジワジワと「孝雄」に詰め寄り始めた。

「俺は握手なんかしないぞ! ずっと目をつぶってやる!」

「孝雄」は目をギラギラさせて身構えた。

「美加島」は、「孝雄」の手を握りに行くが、ギリギリでかわされた。 

「孝雄」は余裕の笑みを浮かべた。本来の美加島ならば、その恵まれた高身長と長い手足と、映画で鍛えたアクションで簡単に手を掴むことができるはずなのだが、身体が入れ替わっているという理由で、身体的優位は「孝雄」の方にあった。

 二人はカンフーの激しい動きで競り合った後、間合いを取り対峙(たいじ)した。

「美加島さん気をつけて! こいつジャッキーチェンのファンなんです!」

「分かった!」

聡は「美加島」に向けて、「孝雄」が油断ならないことを告げると、うっすらと部屋に流れていた音楽のボリュームをあげた。ミーナは大丈夫なのだが、ララに、三人が争っていることが分からないようにする必要があった。

それから、蹴り突きが飛び交い戦いが激しくなった。戦っている二人は激戦なのだが、聡は聡で、テーブルの上のランプや、グラスが落ちそうになったり、部屋の物が壊れないように必死でモノを片付けまくった。

戦いが進むにつれ、偽者俳優の方が体格の分おしていた。聡は、片付けが終わるとすぐに体格に劣る「美加島」に加勢した。聡は「孝雄」といつもカンフーごっこで遊んでるから、孝雄の動きが簡単にわかった。充分に「孝雄」を引きつけると、その分だけチャンスができた。 すると「美加島」は、スキを見て飛び込み、アクション映画で鍛えた回し蹴りをこころみた。すると蹴りは綺麗にみぞおちに入り「孝雄」はゆっくりと膝(ひざ)を突き倒れ込んだ。

苦しそうにもがいてる「孝雄」に聡はすぐに駆けよった。

「お前もう満足しただろ!」

声をかけても、「孝雄」はうめきながら返事をしなかった。

「ララちゃんはお前が好きなわけじゃあないんだぞ! お前は孝雄だ! 美加島大樹じゃないんだ。もういいだろう! 変わってあげろよ」

聡は心か身体? もしくは両方が痛くて苦しんいる親友の背中をゆっくりさすった。蹴りが深く入ったようで苦しそうだ。

ようやく孝雄は噛(か)み締(し)めるように言葉を発した。

「でも! 俺の内面の方が――」

「でもじゃないよ! でもじゃないんだ! いい加減に目を覚ませよ!」

聡は「孝雄」の言うことに共感できるのだが、このまま、孝雄に他人の身体を乗っ取らせることはできなかった。 そばに立っている「美加島」は何も言わない! いや、言えずにただ立ち尽くしていた。 

「明日の朝になったらもう変われないんだ! もう一生もどれないんだぞ!」

 聡はついに、なかなか言うことができなかった。一番大切な事をやっと今「孝雄」に伝えることができた。聡は感情が高まって、涙のせいで喋れなくなりそうだったが必死で堪(こらえ)えた。 

「一生?」

状況にのぼせ上がっていた孝雄も、この言葉の重さに反応した。

「そうなんだ、開発した親父がいってるんだ間違いないよ! これは強力なウイルスなんだ。握手して24時間、それが終ったらもうその人はその人のままなんだ! 頼む! 

お前本当に、美加島大輝の人生を一生背負えると思ってるのか?」

 孝雄はしばらく黙っていた。今初めて聞いた重大な事、半日過ごした夢のような生活、いろんなことを考えて、そしてゆっくりと立ち上がった。

やっていることを反省しているのかは分からない?

そばに立っていた「美加島」は、手を差し出しながらようやく口を開いた。

「君は僕の汚い部分はまだ体験してない、今ならば間に合う! さあ!」

「孝雄!」

聡は孝雄をやさしい目で促(うなが)した。

孝雄は大きく深呼吸して、美加島を見つめながらゆっくり前に踏み出した。


「お願いがあります! 美加島さんこのパーティだけ夢を見させてくれませんか? どこにも逃げないし、必ずこのパーティが終わったら握手しますんで! もう少しだけ勘違いして夢を見させてもらえませんか?」

「孝雄」

聡は、「孝雄」の馬鹿げたお願いを止めるべきだと思ったのだが、なぜか彼に感情移入してしまい、それ以上何も言えなくなった。

「俺、今日一日楽しくて楽しくて、それで一瞬たりとも入れ替わった人のこと考えること全く気付かないほど楽しくて! ミーナちゃんのこととか! 全く考えなくて! 自分の都合だけしか考えてないんですけど!」

「孝雄」は、真っ直ぐ過ぎるくらいに真っ直ぐに思いを「美加島」に伝えた。 

「孝雄君!」

「美加島」は複雑そうな顔をした。彼としては、もちろん早く自分の体を取り返して安心したいに決まっている。 

「よろしくお願いします」

孝雄はいきなり床に座り込んで頭を下げた。

こう言う時親友はどうしたらいいのだろうか? 

親友は明らかにワガママを言っている。

親友としてここはしっかりと「孝雄」を説得すべきだ。

そう思うのだが、なかなか身体が動かないのだ。

しかし、「孝雄」床に頭を擦(す)り付けて微動だにしない。

「孝雄分かったよ! 美加島さん、俺からもよろしくお願いします、あともうすこしだけこいつに夢みさせてあげてもらっていいですか?」

聡は孝雄の横に座って頭を下げた。

「美加島」は、二人の必死の土下座を目(ま)の当たりにして、しばらく天井を見上げた後、

「いや、本当に! 本当にそれでいいんだね?」と神妙な顔で二人の申し出を受け入れた。

「はい、よろしくお願いします」

「孝雄」と聡は喜びで顔を見合わせた。

「美加島さん。本当にありがとうございます」

聡は、まるで自分のことのように再度頭を下げた。

「分かったよ! それでいいよ」

「美加島」は深刻な顔を崩さなかったが、パーティの終わりまで入れ替わりを了承した。

心の底では美加島は納得していないのかもしれないが、これで「孝雄」の暴走も止まり、その瞬間、全てが良い方向に動き始めた。


そしてそこに、時間でも測っていたかのようにサキが勢いよく入ってきた。

「おーい! みんな盛り上がってる! なんかいっぱい買ってきちゃったよ!」

サキの機嫌は幸い直り両手には、「よく運べたね」と言いたいくらいの、ケーキやテイクアウトの紙袋を沢山ぶら下げていた。

「おー! すごいねー」

「孝雄」は、イケ面俳優のキャラに戻り、クールに驚き、

「ありがとうございます!」と聡も「美加島」もそれに続いた。

そこにはミーナがひっそりと気配を消して現れたのを聡が見つけた。

聡は「OK」と、彼女にサインで知らせると、ミーナはにこやかに微笑んだ。

「お! サキありがと! すごーい!」

ミーナはサキの多大な貢献を大声で感謝すると、単純なサキもそれを受けて、すこぶる笑顔になった。


「じゃあ主役に入ってもらいますか! じゃあ呼ぶよ! せーの!」

そうミーナがリードすると、「美加島」以外の三人が元気よくララを呼び込んだ。寝室から、大人っぽく背中の部分が開いたかわいい赤のミニドレス姿でララが照れながら入ってきた! アクセサリーは全てミーナから借りた物なのだが、人気アイドルだから問題なく似合っていて誰が見ても眩(まぶ)しかった。

「おー」

不機嫌な「美加島」を含む全員が、感嘆の声をあげた。

ララは借物俳優の「孝雄」の所に歩み寄り、「どう? 似合う?」と言って幸せそうにクルリと回転した。

「似合うよ! すごく綺麗だね」

「孝雄」は、宇宙中の幸福の全てを集めたような顔をして照れながら答えると、

「ありがとう!」と、ララも同様な仕草(しぐさ)で照れた。

「よーし! じゃあ全てが上手くいったところでパーティ始めますか!」

ミーナは上機嫌だ!

「じゃああたし! グラスもって来るね!」

「うん! お願い! トレーに並べてるから!」

サキがキッチンに走って行き、ミーナはケーキを空けて、聡も「孝雄」もそれを手伝った。

ただ、孝雄姿の「美加島」だけは元気がなかった。その態度は嫉妬(しっと)からきてるようには見えなかった。彼の顔は青ざめて何か体調が悪そうだった。

やがて、いい感じの音楽(ビージーエム)が鳴り出して、テーブルの上はサキの持ってきた料理で、いっぱいになった。

「よーし! じゃあグラス回して!」

再び、ミーナが仕切りだし、サキは楽しそうにグラスを全員に回していき、「孝雄」・ララ・聡・「美加島」とシャンパンを注いでまわった。そして、最後にサキがグラスを持つと、そのグラスにミーナがシャンパンを注ぎ始めた。


全員の目線がサキのグラスに注がれている間、一人の不審者がリビングに入って来た。だが誰もそのことには気づかなかった。その不審者は、テーブルの端に置いてあったグラスを一つ静かに持ち上げた。


「じゃあ! 美加島大輝さんとララちゃんのお付き合い記念パーティということで、みんな、シャンパン持ってる?!」

ミーナがグラスを力強くつき上げた。


「あたしの分がないんだけど?」

先ほどひっそりと侵入した不審者が、堂々と声を張り上げた。一瞬にして空気が変わり、全員がその不審者を一斉に見た。

そして、「美加島」以外は腰を抜かすほど驚いた。

その不審者は日本で有数のトップ女優だった。

「佐藤結花!」

驚いた四人は一斉(いっせい)にその女優の名前を大声で言った。 そしてそれと同時に、「だから俺は知らないっていったんだ!」という美加島の独り言がかすかに聞こえてきた。


「なんでここに佐藤さんが?」

サキが当然の質問をした。

「鍵が開いてたから入ったのよ! 悪い?」

「いいえ」

サキはそう返事せざるを得なかった。 日本の三大人気女優の一人は、ものすごい剣幕と殺気で、最近の映画のキャラクターの様なおしとやかな雰囲気はなかった。

「大輝(ひろき)!」

佐藤は美加島の名前を大声で叫んだ。

「はい!」

条件反射で、孝雄の姿をした「美加島」の方が返事した。 

「あんた大輝じゃあないでしょ!」

何も知らない佐藤はすごい形相(ぎょうそう)で「美加島」を睨(にら)みつけた。

全員の視線が借物俳優の「孝雄」に向けられた。追い詰められた彼は激昂(げきこう)女優に何か言い返す必要があった。

「すいません」

「孝雄」は、蚊の鳴くような声で、まったく非(ひ)がなく記憶にもない男女関係をお詫びした。

ただ、大女優の佐藤結花にはその言い方が気に入らなかった。

佐藤は猛獣(もうじゅう)のように吠(ほ)えた

「美加島大輝! あんたこの小娘には興味ないって言ってたのになんなのこのパーティ!それも訳わからない住所付のメールまで送って! 「お前みたいな女はもうこりごりだ!」ってあんた一体どう意味よ!」

ど うやら美加島は、佐藤結花にまだしっかりと「さよなら」を言えてないようだった。

先程、長い時間かけてスマホで行なっていた最終手段とは、昔の恋人に別れを告げることだったのだ。

借物俳優の「孝雄」は美加島に助けを求めるが、ただ、ただ、「美加島」は、首を横に振り続けた。

佐藤結花はゆっくりと「孝雄」の方に近づいて襟首(えりくび)を掴(つか)み上げた。

「あんたね! 私みたいな大女優を振るときの礼儀っていうのを教えてあげようか!」

「美加島さん!」

ララが泣きそうな顔で名前を呼んだが、「孝雄」は何もすることが出来なかった。

「おい美加島! なんか言うことないのか!」

佐藤結花はさらに孝雄を追い込んだ。

「美加島さん。ここではっきり言わないと!」

もう、元の体に戻っていると思い込んでいるミーナは、正直に佐藤に気持ちを伝えることを促(うなが)した。

「美加島さん!」

そして何も知らないサキもその後に続いた。


借物俳優の「孝雄」は泣きそうな顔をしながら大きく深呼吸すると、覚悟を決めて言葉を発した。

「ごめん、俺はもうお前のことなど愛してない、俺はララちゃんを一生大事にする。頼む! 今日限りで分かれてくれ!」

「孝雄」は、体を乗っ取って迷惑をかけた分、イケメン俳優美加島として責任を果たした。

「あんた! 最低だわ! 私に内緒で合コンするわ!」

佐藤は大声で叫びながら右ストレートを「孝雄」の顔面に喰(く)らわした。

不幸なことに、彼女は女スパイの映画を撮影中で、トレーニングで凄まじいパンチを獲得していた。そのキラーパンチは「孝雄」の身体をぶっ飛ばした。

しかし、彼女の打撃は止まらない。 追いかけながら、「すぐに女の子をデートに誘うわ!」と、今度は膝蹴りを「孝雄」のお腹にみまった。彼はお腹をおさえながらもなんとか歯を食いしばり立ち上がったが、その立ち上がった孝雄に、「フローレンなんかわけの分からないとこの小娘にちょっかい出すわ!」と強烈な前蹴りを命中させた。

「美加島さん」

ララは半泣きで叫んだが、もう「孝雄」は立ち上がれなかった。

「あんたに言っとくけどね。 こんな遊び人、彼氏に持ったら最悪だから! 、、、。 

でもいいわ! こんな男あなたにあげる! じゃあね! あたし失礼するわ!」

佐藤は倒れている「孝雄」を見下ろしながら、ララに向かって言い放つと、そのままマンションから出て行った。

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