Act14 シーン1 コマーシャルにあと一億円

天野家のリビングルームでは、「美加島」がポケットに手を入れた状態で、イケメン俳優の仕草で熱弁(ねつべん)している。見かけが孝雄なので滑稽(こっけい)に見えるが、聡・健一郎・不動・川上の全員が真剣に話を聞いていた。それだけ状況は緊迫(きんぱく)しているのだ。

「あなたの言うことを整理すると、これは国家機密の研究であり、誰にも明かすことはできない。孝雄と私が元に戻れるのが、最初に握手した時間から24時間以内、すなわち明日の夕方までということですね」

「研究ではそういうことになります」

健一郎は深刻な顔でうなづいた。 

「そして入れ替わりに失敗したら、そのままその人になってしまうんですね」

「美加島」はゆっくりと言葉を噛み締めながら確認すると、聡が質問をする。

「もう一回薬を飲んだら駄目なの?」

「それは駄目だ、これはウィルスなんだ。24時間経つと抗生物質がつくられてしまうんだ。この薬が利用できるのは生涯一人一回、感染した人も飲んだ人と同様、感染から24時間以内」

「じゃあどうしたらいいんだ? だいたい孝雄君は恐いと思ってないのか? 戻れないんだぞ! 戻れないことをアイツは知ってるんですか!」

「美加島」は必死だ!

「美加島さん、あいつはたぶん何も知らないし、むしろ人間が変わったことに喜びを感じてる。悪気はないんです、そういう奴なんです」

「平凡な男がいきなり芸能界に入ったんだ、無理も無いな」

聡と不動が続けざまに言うと「美加島」の表情が一層くもった。

「とにかく、今社長が会社を挙げて明日のコマーシャル撮影を手配してるんだ」

そんな悪い流れを健一郎が変えようとしたが、「まだ手配中なんですね」と、美加島はつれなかった。

「でもそれさえ整えば全員が会うことが出来る」

励ます健一郎に川上がいきなり反論した。 

「会えないですよぅ!」

「え?」 

「会えないですよぅ、だって今孝雄君は美加島さんの中にいるんでしょ、美加島さんのコマーシャルでもないとぉ」

「え?」

川上の的(まと)を得(え)た意見に、健一郎と不動社長が思わず見合わせた。

「どうしたらいいんだよぉ」

不動が川上のような言葉づかいになり取り乱した。

「社長ぅ! コマーシャルに美加島さんを加えないと!」

「いくらだ!」

不動が川上の呼びかけにヤケクソで吠(ほ)えた。

「私、普通5000万円ですね」

孝雄の姿をした美加島はクールに言い放った。

「5000万円! 君ひとりでか?」

不動が、外見はオタクな大学生の「美加島」を指さしながら言った。

「5000万円では駄目ですぅ 倍の1億、合計3億円で!」

 川上は当然でしょと言う顔で言い放ち、その瞬間、不動は頭を抱えてひざまずいた。

「社長さっき2億円ははした金だとおっしゃられましたぁ!」

川上の天然な性格が、ジワジワと社長を追い込んだ。

「いや、あれは解決したから、、、いや、まだ解決してないから、3億かー、うーん」

不動は、社長の独断で高額なCM料を決裁することに戸惑い(とまどい)始め、そして、しばらく黙って考えた後、美加島にトコトコと歩み寄った。

「美加島さん、あなたは芸能界に疲れてませんか?」

「いえ?」 

「いや! よく考えて、誰にも注目されない、ごく普通の平凡な暮らしをしてみませんか?」

「何がいいたいの?」

「美加島」はポカンとした顔で聞き返した。 

「すなわち!」 

「すなわち?」

「このままでお願いします」

不動社長は深々と頭を下げたと思いきや、ガバッと頭を起こすと再度マシンガンのように「美加島」へ訴えかけた。

「このまま孝雄君と君は入れ替わるんだ! そしてお互い楽しく生きる! あなたは平凡な生活を手にいれ! 孝雄君は華やかな生活を手に入れる! どうですかあ!」

「駄目です! 駄目にきまってるでしょ!」

「駄目ですかぁ」 

「駄目だ、まったく話にならないよ。とにかくあと一億払って大至急コマーシャルの手配をしてください。しなかったら言いふらしますからね! このこと!」

美加島は不動の間抜けな提案を鋭(するど)く打ち砕(くだ)いた。

「そんなー、いくら社長でもいきなり3億円は、、、2億円でも大変だったのに、ほんとのことは言えないし」

「社長! 私も一緒に本社に掛け合いますから」

健一郎に慰められて、不動が部屋を出て行こうかしているその瞬間、ミーナが入ってきた。

「聡君!」

「ミーナちゃん。大丈夫なの?」

聡は嬉しそうに反応した。

「大丈夫よ、聡君に会いたかったんだから! あともちろんコイツ」と言うと、ミーナは、「美加島」に走り寄り、思い切り股間を蹴(け)り上げた。

アクションもこなすイケメン俳優の美加島なのだが、全く想定外の攻撃を受けて、股間を抑えながら寝転がった。それを見てミーナはニコリと微笑み勝利の言葉を吐き捨てた。、

「ふう! この孝雄に一発お見舞いしたかったのよ! このド変態の能天気なわがまま中二病めが!」

外見がオタク大学生の美加島は、倒れたままで「違うんだけどな」と呻(うめ)き声をあげた。

「あーすっきりした、さて聡君。どう本物は?」

そう言いながらミーナは可愛くクルリとまわった。

「かわいいよ!」

聡は、まるで背骨でも抜かれたようにクネクネして答えた。 

「じゃあどっかいこ!」

「いや、 それどころじゃあないんだ」

聡は苦しそうな表情で断り、健一郎が説明し始めた。

「そこの孝雄君は、俳優の美加島大輝さんなんだ」

「え?」

ミーナは口をあけたまま驚いた。

「痛かったよ! ミーナちゃん」

美加島は股間をおさえ恨めしそうな顔をした。

「ごめんなさい。じゃあ美加島さんの中に孝雄がはいってるんですか?」

「その通りです」

健一郎が代わりに答えた。ミーナは事実を知らされて急にアタフタし始めた。 彼女なりに心配しているのだろうが、股間を手当てするわけにはいかないので顔を赤くしてアタフタし始めた。ようやく落ち着いて、何度も何度も「美加島」に謝った後、ミーナは、今までの顛末(てんまつ)を聞いた。

「どおりでなんかおかしかったわ! あの時? すごく高圧的だったし!」

ミーナはさっきの自宅マンションでの出来事を思い出し始めた。

「俺! いや、孝雄に会ったの?」

「うん、ついさっき、私のアパートにララと二人っきりでいるわ!」 

「二人っきり! 急いで戻らないと! 行こう!」

美加島は思い切り焦り出したが、ミーナは冷静だった。

「駄目よ、あんた達二人と私が行ったら、ララに警察に通報されるわ」  

「でも孝雄にララちゃんを取られてしまうよ、一緒に行こうよ!」

「美加島」が悲鳴をあげ、ミーナは腕を組んで考え始めた。その横で聡も同じように腕を組む。

「どうする? 私達がまたマンションにつくまでだいぶ時間かかるわ」

「やばいな! あいつ有頂天だし! 絶対告白するよ!」

「とりあえず二人にしたら危険だわ! あたしにいい考えがある」

ミーナはスマホを取り出して電話をかけ始めた。

「サキのマンションは私の隣なの! あ、もしもしサキ! 大切な話だからちゃんと聞いてね、今日私のマンションで、みんなでパーティやるの。 そうそう! あの二人が付き合うことになったのよ! それで、私達買出ししてて、だからすぐにマンションに行って欲しいの」

ここで一旦(いったん)、ミーナの会話が止まった。多分サキが、いろいろと質問でもしているのだろう。 ミーナはその質問を一旦聞き入れた後、「それで、ララが美加島さんと二人きりで緊張して話せないって言うのよ、会話が続かないから至急お願いって!」

そして、ここでまたサキが何かを確かめて、それを再びミーナが落ち着かせた。

「うん5分で行ってあげてね! うん じゃあ」

サキはようやく納得したようで電話は切れた。 ミーナは大仕事をした感じで大きく息を吐き出すと、「とりあえずこれでOKね!」と笑顔を見せた。 

「で、どうするの?」

聡は不安そうにミーナを見つめた。   

「私、今から行く! 明日までに絶対孝雄を説得するから!」

「気をつけろよ! 孝雄は君のことをまだ僕だと思っているから」

「大丈夫よ! 望むところだわ!」

「美加島」の心配もあっさりと返して、ミーナはでて行こうとした。

そして、話を聞いていた不動・健一郎・川上は、今度こそコマーシャルのスポンサー資金確保の為に本社へ向かおうとしていたその時、順子が入ってきた。

順子は公園で聡に励まされしばらくその辺をさまよって夜風にあたった後、頭を冷やして自宅に戻ってきた。リビングが騒がしく不思議に思ってドアを開くと、見覚えのある人気アイドルがいるという次第(しだい)だ。

「まあー、なんで我が家にフローレンのミーナちゃんが居るのよ! 信じられないわ、 ねえ、どうしたの聡、教えて!」

聡の部屋には、ミーナのポスターだらけなので、すぐに分かった。モテないと思っていた息子の大金星(たいきんほし)に母親として当然テンションがあがった。

「いや、だからさっき公園で話したじゃあないか! 父さん達から全部聞いてるだろ、だから ミーナちゃんは、孝雄と―――」

「言ってない! 父さんは何も母さんに言ってないぞ!」

健一郎がここで異常な大声で遮った。ここで順子に全てを知られることは致命傷で、聡に早くそれを気づいてもらわなければいけなかった。

「え?」

そして突然の想定外に聡は硬直した。 

「ん? 何のこと? 聡!」

もちろん順子が突っ込むが、「え? いや」と聡は誤魔化(ごまか)すしかなかった。順子は息子の異変を察した。 順子の頭の中では、『夫、健一郎の浮気、それが原因での離婚』というシナリオが頭をよぎった。このままでは息子が非行に走ってしまうかもしれない。息子の為に何かする必要があった。彼女は大きく深呼吸した後、聡を見つめた。

「あなたのアドバイス通り、あなたの父親とこの小娘の一度限りの浮気を許すことにしたわ!」

「浮気? したの?」

「そう! あなたが目撃した浮気よ。それで家飛び出したんでしょ」

聡は、聞いたことがない話を聞いて硬直(こうちょく)した。

「そうだよ! お前はそれで家を飛び出したんだよ! いったじゃないか聡! 父さんはな、母さんに「何も言ってない」んだって!」

健一郎は、バレないように熱く聡に熱く語り出した。聡に喋らせるとボロがでてしまう。一方の順子は、浮気夫がいちいち会話に加わってきてうっとうしさだけを感じた。

「あんたはいったい何を私に言ってないの!」

健一郎は、そう言われてピクリと動きが止まった。「何も言ってない!」は聡に対して、「ウィルスの話をするな!」という合図だったのに、順子にそう言われると何を言ったらいいのか? 即座に考える必要があった。

「ごめんなさいだよ!」

健一郎はしてないはずの浮気を謝った。

「そんなのいいわ! だって私気にしてないし!」

順子は、その言葉に心を動かされそうになりながら、あえてクールに振る舞い、そしてうつむいた。そんな仲直りのいい空気になったところを、ペッパーダイン製薬社長不動が切り裂いた!

「こんにちは! ノートリアス製薬上野社長!」

「あら、こんにちは! なんでペッパーダイン製薬の社長なんて大物が我が家にいるのかしら?」

「これはこれはノートリアス製薬社長! あなたが、天野君の妻だったとはびっくりですな」

不動は巨大な身体と音声で皮肉いっぱいに返した。なんせ不動には研究員や社員を引き抜かれた恨みがあるのだ。

「あら私共のような小さな会社を覚えていただいて光栄ですわ」

「もちろん御社のことは知ってますよ、派手なヘッドハンティングで有名ですからね」

わが社の社員がいつ引き抜かれないかドキドキものですよ」

「あら、私は来たいという人に来てもらってるだけですよ不動社長 まあ、そのうち

うちの夫にも浮気の代償として、わが社に来てもらおうか? なんて思ってますけどね」

順子は、不動の挨拶を受けて先程の仲直りモードから戦闘モードに切り替えた。

「そんなことさせると思ってるのか!」 

「まあ恐い社長さん! ねえあなた!」

不動社長が大声で吠(ほ)えると、順子はか弱いフリをして健一郎に寄り添った。

「順子! 社長はほら! ミーナさんに会うためにな、今はお客様なんだから!」

健一郎が、再度出まかせの嘘で取り繕(つくろ)ったが、結局、順子は最初の質問に戻った。

「だから、なんで我が家にいるのよ? アイドルが!」

「明日のぉコマーシャルの撮影に、聡君達も出演するんですぅ。それで!ここで打ち合わせを!」

川上がペンギンみたいな足取りで前に出てきて、変なイントネーションで説明した。

「そーなの?」

順子は、腹立たしい顔で川上を睨(にら)むと、唯一(ゆいつ)信用できる聡の方を見た。

「うん、そーみたい」

聡は、既に状況を理解して感情を顔に出さずに棒読みで答えた。順子は彼のテンションの低さに少し違和感を感じたが、また健一郎が急に話を遮(さえぎ)った。 

「すごいだろ! それで、このあとまだ打ち合わせがあるんだ、さ、社長そろそろ行きましょう」

「あ、あたしもぉ!行きますぅ!」

川上がすぐに健一郎に反応し、不動・健一郎・川上はさっさと去って行った。 

「お、俺も! あ、ミーナちゃんも!」

聡はミーナを誘い出し、ミーナは「失礼します」とだけ残し、 「俺も!連れてけよ」と、「美加島」はそれを追いかけた。

結局、順子以外全部出て行った。

順子は、明らかに違う「何か」を感じながらも、何がいつもと違うのか?を、今だに察(さっ)することができなかった。 

「何よあの人達! 私だけまた置いていく気」

順子は独り言を言って寂(さび)しそうに首をひねった。 

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