Act12 シーン1 リビングルーム! 俺は美加島だ!

天野健一郎は、腕時計をぼんやりと見つめながらため息をついていた。

順子から逃げ回った挙句(あげく)、恐る恐る戻ってきた天野家のリビングルーム、そこに、本社から戻ってきた不動社長も加わり聡と「ミーナ」を、三人は待っていた。

「まだ連絡つかんのか?」

不動が、何度も不安そうに聞いてきたが、健一郎としては息子達を信じるしかなかった。

「駄目です。何度電話しても出ようとしません」

「私もぉ、今かけてるんですけどぉ駄目です」

川上も残念そうに社長に報告した。

「う~ん、彼らが居ないとどうしようもないな」

「ですね」

健一郎にはその後の言葉が無い。

「しかし家にいて本当に大丈夫なのかね? 君の奥さんが帰ってきたらややこしいぞ! アイツはノートリアス製薬の社長だからな!」

不動の言う通り、この騒動をライバル会社に知られてしまうと面倒くさいことになるのは分かっていた。

「だいじょうです、今度来たら事情を話しますから!」

「なんのだね?」

先程の浮気騒動を知らない社長は当然の反応をした。

「実はさっきぃ、奥さんは私達が浮気してると思われてぇ、それでホウキで追い回されてぇ! 逃げてました!」

川上がスラスラと言いにくい報告をしていくと不動は顔を歪(ゆが)めた。社員の不幸に直面して、大企業の社長として思うことがあるのだろう、と二人は思った。

「そうだったのか、まさかお前たちが浮気してるとは、この代表取締役社長の私でさえも気付かなかった、、、まあ、そのほうが会社的には好都合だな」

「は?」

あまりにも想定外の不動の発言はここで止まらない。

「早く離婚届にはんこ押しなさい、川上君はいい子だ! しょうがない! 夫婦の社内同部署での勤務禁止のルールもこの際無いことにしてやろう」

「社長ぅ、私達浮気してません」

川上が離婚上等の不動に事情を説明し始めたその時、健一郎の携帯電話の音がなった。スマホ画面を見ると聡からだった。 

「社長! 私の息子から電話です」 


公園で、さきほどの実行犯の一人が嬉しそうに電話していた。

そこには「美加島」の精神を再度移動させたという罪の意識もなく陽気なものだった。「美加島」は恨めしそうに電話の男をじっと見た後、服のポケットの中に入っているスマホの暗証コードを顔認証で開け、自撮り機能で自分の顔を確かめた。全てが受け入れ難かった。 カメラで見た自分の姿は最初に変わったミーナではなく女の子のような喋りをしたミーナと呼ばれる男そのものなのだ。すなわち自分は、ミーナと身体が入れ替わった後、今度は見知らぬ大学生と身体が入れ替わってしまったのだ。

「父さんやったよ! 成功だ! ミーナちゃんは元に戻って俺の横に孝雄がいる。うん、今からそっちに行くから!」

電話が終わると、その男はにこやかに自分に微笑みかけた。

「おい! いい加減に話聞けよ、だから俺は孝雄じゃねーんだよ! こんなとこまで引っ張ってきやがって」

「美加島」は、どんだけ同じことを言ってもはぐらかすこの聡という男には頭にきていた。

「なんだよ、そんなに悔しかったのかよ、ララちゃんの側にいれなかったのが」

「だから違うっ―――」

「美加島」が言ってる途中で、聡は冗談っぽくパンチをみぞおちに命中させ言葉を詰まらせた。

「お前、ミーナちゃんのおっぱいなんか触ってねーだろうな。くそ! うらやましくてしょうがないぜ!」

「おれは美加島大輝だ!」

とうとう「美加島」は自分の名前を出した。これでこの男は自分の話を真剣に聞くことだろう、と思った。

「お前がか? はいはい行くぞ! どうせお前は親父達の目の前で尋問(じんもん)だ。芸能人かぶれしやがって!」

「あのな!」

話を聞くどころか、聡はシャツの袖を掴(つか)んで引っ張り始めた。

「俺もさ、ミーナちゃんとずーっと一緒だったんだけどさ、なんせ顔がお前だからさ! さすがにくどけなかったよ」 

「おい! もう一度言う! おれは み か し ま ひ ろ き だ! いい加減人の話を聞け! この能天気な馬鹿野郎が!」

怒りが頂点に達して真剣な顔で怒鳴った結果、やっと聡のおちょくるような動きが止まった。そして長い沈黙が続いた後、聡がようやくしゃべりだした。

「ん? おまえ? 違うの、まじで!」

「美加島」は大きく静かにうなづいた。

 

健一郎が電話を終えると、天野家のリビングルームは、先程のどんよりした空気が晴れて全員がにこやかになった。

「やりましたねぇ、天野さん!」

「さすが天野君の息子だな! 仕事が完璧だよ」

「ありがとうございます!」

社長から息子を褒(ほ)められて健一郎はニヤついた。

「これでわが社は莫大な利益を国から得て、世界でトップの製薬会社に踊(おど)りでるのは間違いないな!」

社長は腕を大きく組み、まるで世界征服(せかいせいふく)を成し遂(と)げた者のようなドヤ顔をした。 

「よかったですねぇ! 社長」

川上がさらに社長に勢いをつけると、社長はワッハッハと派手(はで)に大笑いした後、「ノートリアス製薬なんて目じゃないよ!」と健一郎を指差し戯(おど)けてみせた。

「社長ぉ、明日の午前中のぉ、フローレンを使ってのCMのオファーはどうされますかぁ?」 

「あれ! OKでたの?」 

いい気になっていた社長は、お金の話になり顔を引き締めた。

「いいえぇ、まだ働きかけてもらっていますぅ」

「あ、そうか、もういらないな、、、」

不動はそう言いながら、チラリと川上を見た、そして彼女のガッカリした表情を確認する

と、ニヤリと微笑み言葉を加えた。

「しかし! ペッパーダイン製薬代表取締役社長として、今更キャンセルするのは業界の恥! 2億なんてはした金よ!」

不動は歌舞伎役者のように調子良く言い切った。

「さすがぁ社長!」

天然な川上は拍手(はくしゅ)し大喜びした。不動は満足そうにうなづいた後、人差し指一本を顔の前に掲げて注目をひきつけた。

「それにだ! ミーナちゃんには明日会って、しっかり口止めしとかんとな」

「確かにそうですね」

健一郎は明日どうやってミーナと話して納得してもらうか考えはじめた。 彼女はかなり怒ってるハズなのでしっかりと謝らなければいけない。そして謝罪の際には、不動社長を全面に押し出すべきではない! 残念ながら社長の斜め上を突き抜けた考え方では謝罪は上手くいかない! そんなことを真剣に考えていると、社長が微笑みかけてきた。

「天野君! 映画のメンインブラックでやってた。あのー? なんだ? 光を見せると記憶がなくなるライト! 映画見ただろ!」

「見ました!」 

「明日までにあのライト! 君達二人で つ く り な さ~い!」

「え?」

二人は呆れて目線を合わせた。やはり社長に実務をさせてはいけないのだ!

「いやー冗談だよ! 最高だね!」

不動社長は再度大笑いし、リビングの空気をなごまし始めた。


家の前に、【外見は学生なのに人気俳優】の美加島と聡が立っていた。

「美加島」は、家に向かう途中に聡からおおまかな成り行きを聞いた。

自分の身に起こったことはあまりにも現実離れしていて、もしアカの他人が、このような経験を話してきたとしても、絶対に信じないだろう。

孝雄という能天気な聡君の友人が、まず握手会でミーナちゃんと握手して、フローレンに潜入して、その後自分と入れ替わった。そして、ミーナの身体の自分は、孝雄の顔をしたミーナと入れ替わった。よってミーナは、彼女の身体を取り戻し、自分は孝雄の身体を手に入れる羽目(はめ)になったのだ。 そして家にいるのはウィルスの開発者の父と助手、そして製薬会社の社長と言うことだった。 その上、身体と精神の移動ができるのは、前の移動から24時間以内、すなわち早く移動しなければ、自分はこの目立たない大学生孝雄のままなのである。悪い夢を見せられているようで、この現実から逃避(とうひ)したかったが、もし、そうすればイケメン俳優のキャリアは孝雄に奪われてしまうのだ。

幸い聡は、状況が分かり普通に接してくれるようになった。そして二人は聡の家につきリビングルームに入って行った。 「美加島」は、そこにいる三人の顔を見ると、服装や雰囲気から誰が誰なのかすぐに分かった。

「おー、帰ってきたか! 待ってたぞ」

健一郎が、勢いよく二人を迎え入れると、川上も喜んだ。そして、不動が偉そうに話しかけた。

「よし、これで一安心だ! 孝雄君、芸能界の話でも聞かせてくれよ!」

「聞かせてやってもいいけどさ! その前に俺もいろいろ確かめたいことがあるんだけど!」

言うまでもなく「美加島」は不機嫌だ。

「なんかキャラ変わったな? 孝雄君!」

健一郎が変な空気を察知(さっち)して心配そうに声をかけた。

「ごめん父さん! 彼は孝雄じゃないみたいなんだ」

聡は深々と頭を下げて謝った。

「何?」 

三人の顔が一瞬で曇った。

「俺は美加島大輝だ! 話は聡君から聞いた!」

「美加島大輝ってあのイケ面俳優のぉ? あたしファンなんです」

この状況でこの言葉を言ってします川上なのだが、「美加島」は、「ありがとう!」と礼を言った。

「美加島さんは孝雄に握手されてしまったんだ」

聡はすぐに話を戻した。

「ほんとうか?」

「嘘なんかついてどうなる?」

不動が悔しそうに言ったので、「美加島」はムキになって応戦した。

「美加島さん。疑って申し訳ないが念の為質問してもいいかな?」

焦(あせ)った健一郎が、すまなそうに頭を下げて言った。

「いいよ!」

「美加島」が不機嫌に受け入れると、「じゃあ川上君!」と健一郎は川上に真偽判定を託(たく)した。川上はモジモジしながら「美加島」の前に立つのだが、よほどのファンなのか?

見た目が百パーセント孝雄なのに顔を真っ赤にしながら質問し始めた。

「はいぃ! じゃあ聞きますねぇ? まず出身地はぁ?」

「横浜」

「すごぉい! 当たってるぅ!」

「質問が簡単すぎるよ! 誰でも知ってるよ!」

大はしゃぎしている川上に聡が突っ込んだ。

「じゃあぁ生年月日はぁ!」

「1993年12月26日 酉年 山羊座 AOのA型」 

「間違いない! あのぉー 恐れ入りますがぁ、身体のサイズはぁ?」 

「照れるな!川上!」

クネクネしながら聞く川上を、今度は健一郎がたしなめた。

「身長は186センチ 体重は70キロ 胸囲は100で そして股下95」

「すごい! 全部あってる! 初めて主演した映画は?」 

「遺伝子2346栗田秀作役、ちなみにこれはメジャーデビュー前の映画で、本当のファンしか知らない!」 

「はい! もちろん知ってますぅ。今撮影してる映画は?」

「最後の楽園から。轟所長役!」

「すごい完璧だわぁ! この人は美加島さんよ!」

イケメン芸能人を毛嫌いしていた孝雄に答えれる筈(はず)など無い。 そして、ピョンピョンと川上が跳ねて喜んでいることが証明になった。

「いや、川上君! 喜んでる場合じゃあないんだよ!」

そんな川上に不動が顔をくしゃくしゃにして突っ込んだ。 そして健一郎が話を本題に戻した。

「じゃあ、今孝雄君はどこにいるんだ?」

「孝雄は今、美加島大輝の中にいる」

「美加島」は悔しそうに首をかしげた後、ゆっくりと空を見上げた。 

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