Act10 シーン1 美加島 対 偽アイドル

クイズ番組のロケが終わって、「孝雄」は、スタジオのトイレへと急いでいた。

いくら能天気で、何も考えてない孝雄でも、女性の格好をして女のフリをして過ごすのは大変なことだった。メイクがおかしくないか、ちゃんと足を揃(そろ)えて座っているか? などなど、アイドルは大変で、一旦(いったん)、トイレに退避して休憩することにした。

「ミーナちゃん!」

楽屋を抜けてもう少しでトイレというところで、誰かに左手を強く引っ張られた。その男はそのまま「孝雄」を使ってない楽屋に連れ込んだ。

「なによ! あんた!」

男は憎(にく)き恋敵(こいがたき)の美加島だった。ミーナにも手を出そうとしているのだと思った。

「なによって! いつも協力してくれてるじゃあないか?」

美加島は、ホワイトニングしました!って感じの白くてキラキラした歯で微笑んだ。

「なんのこと?」

「俺とララちゃんだよ。メール見ただろ?」

美加島は、『いったいどうしたの?』って感じの顔で頭を斜め45度に振り上げた。

「見てない、見てない!」

ミーナのメールは一切見てないし、美加島のメールなんか土下座されても見たくない。

「頼むよ、あのさ、またマンション貸してくれない。週刊誌に撮られたら面倒だからさ!」

「なんで俺がお前にマンション貸すんだよ!」

そういうことだったのか、こいつはララと付き合うために、ミーナを利用しているのだ! 孝雄は心の中で激昂(げきこう)した。 すなわち、お人好し芸能人の馬鹿ミーナが、ララちゃんが騙(だま)される場所を、わざわざ進んで提供している、ということだ。

「え? なんでそんな言葉づかい?」

【長身のクソイケメン日本中の全ての男の敵である】美加島は、そんな「孝雄」の気持ちも知らずにクールに問いかけた。

「あ! 機嫌悪いんだよね」

「そうなんだ」 

「じゃあな!」

このふざけた男と話すだけ時間の無駄だった。

「ちょっと待ってよ? いつも協力してくれてるじゃない」

美加島はしつこくまとわりついてきた。イケメンという人種(じんしゅ)は面倒臭い。

「しらねえよ! だいたいお前、本当にララちゃんと付き合ってんのか?」

「付き合ってるよ!」

美加島が真剣な顔で躊躇(ちゅうちょ)せず返事したので、孝雄は心中動揺したが、このまま引き下がる訳にはいかなかった。

「お前佐藤結花はどうしたんだよ、俺はな! 「月間実話」読んでるんだぞ!」

「なんで? 「月間実話」ってほとんどエロ本じゃあなかったっけ?」

「そうだよ!コンビニで立ち読みしたんだよ!」

「コンビニで?」

当然ながら美加島は、「孝雄」をミーナ本人だと思っているので、話が噛み合わないのだが、それが孝雄をさらにむかつかせた。

「そんなことはどーでもいいんだよ、で、どーなんだよ? お前、佐藤結花とは本当に別れたのか?」

「別れたよ」

質問に圧倒された美加島の返答が遅れた。それを「孝雄」は怪しいと思った。

「信じられないな! あんた相当遊んでるって、雑誌には書いてあるんだけど! 実際、モデルのTYとはどうなんだ?」

雑誌にはイニシャルしか書いてなかったのでそのままTYと言うしかなかった。

「あれは、向こうから来たから!」

「来たから! それで?」

だんだん美加島の顔が青ざめていった。

「孝雄」の顔が、ベテラン刑事の顔になった。 

「あれは飲みに行っただけだから!」

「じゃあラブホの写真は?」

ここで孝雄は切り札をだした。 

「いや、あれは本当にカラオケだけ―――」

これ以上、犯罪人、美加島大輝の供述を聞く必要はもうなかった。

「ふざけやがって! お前という奴は! 顔がいいと言うことを利用しやがって!不細工の敵!」

孝雄は美加島の手を感情的に鷲摑(わしづか)みにすると、「目を見ろ目を! お前なんかぶん殴ってやる!」と叫んだ。     

「君が?」と言いながら、美加島は笑って「孝雄」の手を振り解こうとするが、予想以上に馬鹿力だった。

「そうだよ! 俺様がだよ!」

「孝雄」と美加島はお互い睨(にら)み合い、息を荒げながら手をしっかり掴(つか)んでもがき合った。

すると、「孝雄」はサイン会の時に感じた光と同じ光を感じた。 同様に美加島も光を感じた。

全ての感染の条件が揃(そろ)ってしまい二人は入れ替わった。美加島の中に孝雄が入り、ミーナの中に美加島が入ってしまったのだ。

「あれ?俺が二人いる!」

美加島は、当然何がおこったのか分からずに混乱しはじめた。 その一方で、2回目の変身を経験する孝雄は、「やば! また変わった!」と言葉とは裏腹(うらはら)に余裕の表情を浮かべていた。

「どういうことだ? これ」

「知らないよ! きっと天誅だろうな」

「どうしたらいいんだ?」

美加島は恐る恐る聞くしかなかった。

「戻りたかったらおとなしくミーナちゃんを演じろ! これはお前がやってることに対する神様からの天誅と思え! 誰かに言ったら二度と戻れないぞ!」

孝雄はイケメン俳優の身体を簡単に手に入れた。そして同時に、ララの恋人の座も勝ち取ったのだ。

「あんたは誰だ? どういつもりなんだ?」

「見ての通りさ、俺はイケ面俳優の美加島大輝さ! じゃあな! お互い楽しもうぜ!」

外見がイケメン俳優になった「孝雄」はスキップをしながら楽屋から去っていった。   

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