Act8 シーン1 クイズ番組
人気クイズ番組の収録スタジオは華やかだった。
レギューラー回答者のフローレンの三人だけでなく、今回はベテラン大御所演歌歌手の古島春雄(ふるしまはるお)が特別ゲストに招かれ、人気司会者の滝沢耕平(たきざわこうへい)も気を使っているのがわかった。
人気芸人のガリデップの二人は、本番が終わると気配を消したようにおとなしくなって、AD達と同化していた。 その他、デビュー仕立てのグラビアアイドル、若手芸人、文化人とそのマネージャー達でごった返していた。
その人々の塊(かたまり)から離れたところで、イケメン俳優で有名な美加島大輝(みかしまひろき)が、ケータリングのドリンクを片手に遠くを見つめていた。 そして、その目線の遥(はる)か先にはララの姿がありロックオンしていた。
ADにディレクターの堀(ほり)ノ外(そと)が合図を出して、AD鳥谷が声を張り上げた。
「はあい、一回目終了しました、お疲れ様でした。20分後に、もう一週分撮りますので、よろしくお願いしまーす」
フローレンの三人は、マネージャーのいる方向に向かって歩き出すと、その前に堀ノ外が立ちはだかった。
「よかったよー、フローレンちゃんサイコーだね。やっぱりフローレンだよ!」
「掘ノ外さん、いつもありがとうございます」
サキがしっかりとお礼を言った。
「サキちゃん! いつもかわいいね」
「ありがとうございまーす」
堀ノ外の声かけをサキは業務的(ぎょうむてき)にかわした。 隣のララも、なんか声かけされるかもと身構えているが、堀ノ外は何も言わずにスルーして、少し離れて歩いていたミーナの方に走り寄った。
「というかやっぱり、いや、どしたの? ミーナちゃん良かったよー、サイコーだよ。あの問題の答え! というかあんなに頭よかったっけ? 知的アイドルとして売り込むことも夢じゃあないね。いやーいいわ! ね、今度さ、いい焼肉屋さん見つけたからさ、二人だけでいこうよ! ね、ね」
堀ノ外は指を2本出しながら、平常運転な感じでアイドルに声かけしていた。
「焼肉っすか!」
「孝雄」は大好物の焼肉で興奮したが、その瞬間、敏腕(びんわん)マネージャーの笹本(ささもと)が隣にいた。
「あら、私と二人だけですかぁ 壕ノ外ディレクター!」
「あら、マネージャーがなんできちゃったのかな?」
「いいですよ! 出来れば1対1で」
マネージャーの笹本は優秀で、この手の「害虫」からタレントを守るのが得意だった。
「ん、あ、ごめん仕事に戻るね。じゃあまた」
堀ノ外はソワソワし去っていった。
「追っ払ってやったわよ」
笹本は「孝雄」に微笑んだ。
「あなたは確か私のマネージャーの? お名前は?」
「笹本よ! 確かって? デビューからずっとお世話してるんだけど」
笹本は悪い冗談を聞かされた顔をしてのけぞった。
「堀ノ外! あの人サイテー! 先週は私に声かけてたのに」
先週、ララは堀ノ外の声かけから逃げ回っていたのに、何も声をかけられなかったことがいささか不満だった。アイドルは気まぐれなのだ。
「ララちゃん! 仕事の為だからあんまり怒らないでね」
そんなララを笹本は無難にさばくと、今度はサキが「笹本さん!スマホ頂戴」とスマホを催促(さいそく)し始めた。
「はいはい、サキちゃんはこれだっけ あとララちゃんとミーナちゃん」
順子はセカセカと忙しく携帯を渡しながら業務を遂行していく。
「ミーナ、今日はすごくのってたね、いつもよりおもしろかったわよ」と「孝雄」を称賛した。実際、「孝雄」はクイズに強く今回の収録はパーフェクトアンサーで終えたのだ。
「これが俺の携帯」
「そーよ? あたし間違ってる?」
「いや、そういう意味じゃあなくて」
「変な子ね、あ、なんかすごく電話なってたわよ。ブルブルブルブル、もううるさかったわよ」
「あ、ごめーん、じゃあ!ちょっと携帯見てくるね!」
スタジオが慌ただしい中、「孝雄」は一人でスタジオの端に移動した。
孝雄はスマホを覗いた。ミーナの携帯は暗証ロックがかかっていたが、顔認証だったので、問題なくスマホがあいた。そこには異常なほどたくさんの電話やラインの履歴があった。
「俺は誰も知らないし、返しようがないな」と「孝雄」は独り言を言った。
その一方で、マネージャーがフローレンから遠ざかるのをずっと待っていた男がいる、美加島だ! 頭を斜(なな)め45度に振り上げ髪をなびかせながらフローレンへ近寄り始めた。
それを、サキがいち早く気づいてララに知らせた。
「ララ! 誰かさんが近づいてくるよ」
「よ! さきちゃん達のチームすごかったね。まさかミーナちゃんがあんなに賢かったなんて! 驚きだね」
美加島は計算なのか? あえて最初は本命でないサキの方に話しかけた。
「ミーナはまるで生まれ変わったみたいにクイズ得意になったんですよ」
サキはニコリと返した。
「美加島さん、こんにちは」
「こんにちは、元気?」
ララは短いが目線の効いた挨拶(あいさつ)だけし、加島も短くそれを返した。そこには、短い挨拶で言い表せることができない空気感を漂(ただよ)わせた。二人じっくり見詰め合い明らかにこの世界は二人だけの物という感じだった。サキは次元をこえそうな二人を、現実社会に呼び戻すために声をかけた。
「なんか空気かわってるよ、お二人さん」
さっきからスタジオにいる「孝雄」のスマホが振動し続けていた。 スクリーンに現れる電話番号には見覚えがあった。なぜならそれは孝雄自身の携帯番号だったからだ。そしてその電話は長いこと振動すると切れた。
「また俺からだよ、どうしよう」
誰も聞いていないのにまた孝雄は独り言を言った。
この電話を取ってしまうと、今ある全ての楽しいことが全部なくなりそうな気がしていた。
電話の向こうにはもちろん聡とミーナがいた。ミーナはドラマの探偵さんのような表情で言った。
「まだクイズ番組の収録中かもしれない」
さっきの言い争いの時と比べて完全に立ち直っていた。二人は何度も何度も孝雄に電話し、ラインのメッセージも残しまくった。そして、まだ諦めることもなく電話し続けていた。
そして今、電話先の孝雄はその電話をまだ無視し続けていた。
あまりにも電話がしつこいので、「孝雄」もだんだん追い詰められていた。彼はは天を仰(あお)ぎぐっと考えた後、ついに電話を取った。
「もし もし」
「でた!」急いで聡は「ミーナ」に目で合図すると、
「もしもし、俺だよ!聡だよ。もう分かってると思うけど、おまえ! ミーナちゃんとおまえは入れ替わったんだ」
聡は言いながらスマホのスピーカーをオンにして、「ミーナ」も聞けるようにした。
「わかってるよ、聡! やばいよ、芸能人だよ俺! ララちゃんなんてすぐ側にいる!
やっぱ芸能人最強だよ! ピカピカ輝いてるよ」
「お前浮かれてる場合か!」
聡がすぐにつっこんだ。
「なんで?」
「なんでじゃあねえよ!」
聡も「ミーナ」も顔を歪(ゆが)めた。「ミーナ」は興奮して力が入ったのか? スピーカモードになっているのでこのまま会話ができるのに、電話を取り上げながら、「もしもし!」と絶叫(ぜっきょう)した。
「はあい、みなさん2回目収録はいります!」
不運にもその時、スマホの向こうからADの声が聞こえてきた。
「ごめん、仕事なんで、じゃあ」
孝雄はさっさと電話を切り、再び未知の世界を夢中で追いかけ始めた。
「ミーナちゃん」
聡が声をかけると、孝雄の姿をしたミーナは黙って首を横に振りひざまずいた。
同時に、ミーナの姿をした孝雄は、ゆっくりとフローレンのメンバーのところに戻っていった.
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