第2話(……よく、ここまで美しい死に化粧を)

 ――生まれ故郷には、良い思い出がない。

 幼少期から酷い生まれでロクな生き方をできなかった。

 先代のフェリス陛下に見出されるその時までは。


 俺は、彼女に1人の男にしてもらったのだ。


 けれど今こうして、俺を看取ろうとする国民たちに囲まれてゆっくりとソドムを歩いていると最後に良い思い出ができたと感じる。故郷を憎むだけではない温かな思い出を得ることができたのだと。


「ココアいかがですか~? あったかいココアあります~♪」


 猫の獣人、若い女の子がココアを売り捌いている。

 ちょうど日も落ちて冷えが回ってくる頃合いだ。

 商売のセンスがあるな。需要がある場所に供給するということが分かっている。


「お姉さん! ココア1つもらえますか?」

「はいはーい、ただいま! キミ1人? 大変だニャ~」

「ふふっ、お姉さんほどじゃありませんよ。お疲れ様です」


 小銭を渡し、ココアを受け取る。僅かに触れたモコモコの手が温かい。

 そしてココアの紙コップとは別にクッキーを握らされていた。


「あれ、ボク、クッキーなんて」

「サービスだニャ~、良い子には良いことあるものニャ」


 お礼を言う前に、他の客に呼ばれて猫のお姉さんは去って行ってしまう。

 ……こんなに優しくしてもらって良いんだろうか。

 そう思いながら甘いクッキーをかじり、ココアを飲む。

 ちょうど小腹が空いてきた頃で、本当にありがたかった。


「いよいよ別邸だな~」


 少し前に並ぶ学生たちが、久方ぶりに口を開いた。

 魔王の別邸が見えてきたのだ。懐かしい場所だ。

 フェリス殿下に初めて連れてこられた場所がここだった。


 しかし、別邸の庭では、列が何度も折り返されている。

 ……これは、ここからが長いな、間違いなく。

 終わりが見えてきたと思わせつつ、ここからが本番と言ってもいいだろう。


 クッキーを貰っていて良かった。

 まだお腹の中にあって熱になっている。


 別邸にはあまり顔を出していなかったが意外と綺麗に保存されているものだ。

 ハウスキーパーが優秀だったのだろうな。

 もう少し顔を出しておいてやればよかっただろうか。


「ジェイク様……っ! どうして人間なんぞに!!

 目を開けてくださいませ、陛下――っ!」


 長かった庭を越え、別邸の中、公開安置されている部屋が近づく頃だ。

 女性の悲痛な叫びが聞こえてくる。

 ……そこまでか? そこまで俺のことを?


 いったいどんな人がこの声を出しているのか知りたかったが、列が進めば人々も進む。一般参列に並ぶ1人に過ぎない今の俺には知る術はない。少し残念だが仕方のないことだ。


「陛下、私は貴方のおかげで――」


 キツネの獣人、その立ち方で元軍人と分かる男。

 彼は静かに棺の前で礼を行う。その瞳からは静かに涙が零れる。

 漢の流す涙が、ここまで美しいものだとは知らなかった。


 そして、ずっと背中を見てきた学生2人を見届け、いよいよ俺の番が来る。

 俺が、俺自身の遺体を見つめ、俺を見送るのだ。

 不動のジェイクとして過ごした100年を、本来の肉体を。


(……よく、ここまで美しい死に化粧を)


 気を抜いたら、口を開いてしまいそうだった。

 今、口を開けば一国民としての言葉なんて紡げない。

 だって、棺に納められた自分自身の遺体を目の当たりにしているんだから。


 なるほど、美しい青年だ。ドラゴニュートは歳を取らない。

 成人まで至れば、その後に身体が変わることはない。

 ソドムという街で、この美しさは呪いでもあった。

 けれど、今なら分かる。国民がここまで愛してくれた理由のひとつでもあると。


 丁寧に棺に納められ、フェリス陛下と同じ花に囲まれている。

 ……ようやく、終わったんだ。

 100年前に貴女を殺め、看取ってからの日々が。

 こうして貴女と同じように葬られることで、魔王ジェイクの物語は幕を閉じた。


 ――塩辛いものが唇に流れ込んでくる。

 あれ、どうしてだろう。どうして涙なんて俺が。

 魔王ジェイクが死んでいないと知っているこの俺が、どうして。


「少年――」


 警備兵が優しく俺の肩に触れる。

 ……ああ、立ち尽くしてしまっていたのか。

 情けないな、自分自身の遺体を見てこんなになってしまうなんて。


「あ、ご、ごめんなさい……」

「いや、本当なら気の済むまで立たせてやりたいが」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 こんなところまで優しくしてくれるのか、俺の国民たちは。

 そう思いながら、なんとか足に力を入れる。

 歩くんだ、自分の足で。元々の身体は捨てたけど新しい身体がある。

 ドクの造ってくれたこの肉体が。


 ――別邸の外まで列に導かれて、解放される。

 やはり深夜になってしまった。

 それでも屋台が出ていて商魂のたくましさを感じる。


「やっぱ最高だな、悪魔の国は――」


 見慣れないソースがたっぷりとかけられたホットドッグを頬張る。

 絶妙にお腹が空いていたところに、砕かれた卵とマヨネーズの酸味、ソーセージの甘い脂がガツンと効いてきて力が湧いてくる。


「うっめぇ~、かー、ビール飲みてえ……!」


 いや、無理か。さすがに8歳にビールは売ってくれまい。

 そういう国に俺がしたのだ。他ならぬ俺が破るわけにはいかない。

 見えないところで破るならともかく、こんなところじゃダメだ。


『しかし、あの勇者が魔王としてどう動くか次第だよな全ては』


 ホットドッグを食べ終わった頃、列の中で聞いた言葉を思い出す。

 魔王の座を押し付けた勇者はどうしているだろうか。

 後を任せた副官は上手くやってくれているか。


(ちょっと覗いていくか……この別邸に居るんだよな)

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