第1章「我が国葬」
第1話「はい、覚悟の上です。ジェイク陛下を見送る最後の機会ですから」
――人生最後の”悪魔の国”旅行。
その最初の目的地は、忌々しき我が故郷・ソドムとなった。
旅立つ前に生まれ故郷を見ておきたいなんていう殊勝な心掛けではない。
親兄弟が生きている訳でもないし、ここに良い思い出なんてひとつもない。
「あれ、坊ちゃん1人かい? 長いよ、この列」
先の見えない長蛇の列、その最後尾で警備兵に声をかけられる。
確かに8歳の子供が1人で並ぶには不釣り合いな場所だ。
家族連れは多いけど子供だけというのは俺以外には見当たらない。
「はい、覚悟の上です。ジェイク陛下を見送る最後の機会ですから」
そうだ。俺は今から”自分自身の国葬”に並ぶ。
魔王都で行われていた一般参列には間に合わなかった。
だから故郷にまで足を延ばす羽目になったのだ、この忌まわしきソドムへと。
「小さいのに偉いな。冷えるだろうから、これを巻いてきな」
「……よろしいんですか? 無事にお返しできるかも」
「いいよ。君みたいな愛国者に風邪でもひかれたら悪魔軍人の名折れだ」
狼獣人さんがその首に巻いていたマフラーを俺の首に巻いてくれる。
「ありがとうございます。ボク、大事にしますね」
それとなく彼の名前を聞き出してから一般参列の最後尾に並ぶ。
この長さだ。早くても深夜まで掛かるだろうな。翌日になるかもしれない。
だからマフラーを返しに行けるかどうか。
だというのに、子供に風邪をひかせる訳にはいかないと温情を与えてくれた。
『坊ちゃん可愛いから、これオマケな』
『1人旅なんて小さいのに大変だね、乗っていくかい?』
『途中まで送ってやるよ、お嬢ちゃん』
目覚めの地である魔法研究所から、このソドムまでの旅路。
幾人もの悪魔国民たちに優しくしてもらって、ここまで辿り着いた。
8歳の子供が1人旅をしている特異さもあるのだろう。
けれど8歳の子供が1人で居て襲われることもなく、ここまで来れたのだ。
……自分の行ってきた100年の統治を少しだけ褒めてやれる気がする。
「まさか、あの不動のジェイクが敗れるなんてな」
「俺なんて生まれた時からあの人が王様だったからよ~、不安だぜ」
「即位100年、歴代最長”不動の魔王”だもんな。
あの人の前を知ってる奴なんて限られた長命種くらいだろう?」
前に並ぶ勤労学生みたいな2人組が俺の話をしている。
フクロウ獣人ともう片方はオークだろうか、2人とも眼鏡をしていて知的だ。
政治に詳しいタイプの若人たちだな。
「先々代の賢帝も凄かったとは聞くけど、やっぱジェイク陛下だよな~」
「100年間も大戦争を起こさず、それでいて人間連中の好きにもさせず」
学生諸君には、フェリス陛下ももう歴史の向こう側か。
なんて寂しさは少しあるけれど、自分の居ないところで自分が褒められているのを聞けるのは気分が良いな。ゴマすりではない賞賛を浴びるのは気持ちいい。
「しかし最後の最後に、人間の勇者を次の魔王にしちまうとは」
「宣教局のエージェント相手に、王位継承戦なんて認めるかねぇ? 普通」
「……歴史に残る汚点になるかあるいは」
俺を愛してくれる国民諸君からも酷評されてしまうか。
いや~、流石にちょっとマズかったかもな。
勇者を次の魔王にしてしまうなんて。継承戦にしてなかったらタダの暗殺だ。
人間の勇者が魔王に即位することはなかった。
「人間が魔王になったんだ。ひょっとしたらあり得るぞ、大陸統一が」
「あー、かもな。少なくとも継承戦になってなかったらもう大戦争だったろうし」
「しかし、あの勇者が魔王としてどう動くか次第だよな全ては」
この学生2人はそこまで読んでいるか。なかなかに見どころのある連中だ。
勇者が俺を殺したとして、それが継承戦でなければ弔い合戦が起きただろう。
開戦の理由としては充分だし、国葬もそこそこに終わらせて、大軍勢で人間の国を滅ぼしにかかったはずだ。
こうして自分の足で自分の葬列に並んで改めて実感する。
”不動のジェイク”の仇討ちは、国民世論としても外交としても充分だ。
「勇者様が人間の国に無条件降伏しますなんて言い出した日には」
「クーデターだな。誰だってそうする。軍人連中は特にそうだ」
「とんでもない時代に立ち会ってしまいそうだなぁ、俺たち」
学生たちの面白い会話もそこそこに水筒に口をつける。
少し喉が渇いてしまった。
今のところ勇者は大人しく新米魔王として俺の国葬をしてくれている。
といっても恐らく勇者は座っているだけだろう。
主導権を握って儀式を執り行っているのは、俺の副官だ。
副官とは80年ちょっとの付き合いで、飛び切りに優秀な奴だ。
誰が魔王となっても30年は国が傾かない自信がある。
それにいざとなれば、継承戦を仕掛けて勇者を殺せと伝えている。
まぁ、国も身体も名前も捨てて、海外スローライフを企むクズのお願いをどこまで守ってくれるかは分からないけど、それでもあいつは国を見捨てるような悪魔ではないだろう。
「……あたたかいな、このマフラー」
この国で懸命に生き、子供にやさしくできる真っ当な大人たちを思うと少し無責任だったかもしれないな。俺が最後にやったことは。
それでも全く勝算がないわけではない。勇者が俺の見込んだ通りの男であれば。
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