第10話 初無双
無事に
夢みたいな生活だ。なに不自由も無く、憧れていた青春を送れている。それは間違いない。
でも元の世界の俺はどうなっているのだろうか。
一人暮らしとはいえ、このまま何日も休んでいたら学校から連絡が行くはず。親は心配するだろうな。
俺は行方不明になっているのだろうか。身体がどこかは知らないが、今俺の意識は間違いなくここにある。
それに、主人公はどうなったのだろう。まさか俺の身体に?いや、それはさすがにないか...
俺の中のエロゲー主人公像を頼りに演じてはいるが、いつボロが出るかはわからない。
ただこの世界が真に始まったのは、恐らく今日なのではないだろうか。そんな予感がする。
始業式の転入生紹介イベントに、各ヒロインに会って大体どんな子か知れた。
会長...とはあまり喋れていないが、先輩兼お嬢様ということは理解できたし、起承転結の"起"としては充分だ。
まるで俺の為に用意されたかのような世界だ。
でも当然違和感もある。俺は死んでもなけりゃ主人公じゃない。それに、だ。思い出せないことがいくつかある。
まずこの俺のいるエロゲーの名前。PVを何回も見たのに何故かゲームのタイトルが出てこなかった。そんなことあり得るのか?
そして俺の名前。主人公じゃなく前世(死んでない)の俺の名前。自分の前世は覚えているのに名前だけが分からない。
あと他に気になったのはトーク履歴だ。
情報を得れると思い、主人公は如月夏や利奏と連絡先を交換していたので、悪いと思いつつ覗かせてもらった。
だがトーク履歴は何もなく、一面まっさらだった。その他メールも通話履歴すらもない。
今日に合わせて買い換えたという線も0ではないが、消えたか消されたと考えた方がしっくりくる。
...主人公の身に何かあったのだろうか?偶然で片付けていいものじゃない。
多分、これらを知ってしまったらこの世界の根幹を揺るがしかねない何かとか...考えすぎか?
でも結局考えても俺には分からないし、主人公を演じると決めた以上、他の誰もあてにはできない。
ストーリーは生徒会を中心とした純愛物...だよな?ここのサークルの前作は甘々だったから恐らくそうだと思いたいが...
〈如月夏〉
「ゆう
と、1人で考えていると部屋のドアをノックされる。如月夏の声だ。
〈優斗〉
「どうぞー」
〈如月夏〉
「ゆう兄ぃ!ゲームしよゲーム!!」
〈利奏〉
「先輩!やりましょー!」
利奏も居た。お泊まりって言ってたな。普通に明日も平日だし学校だと思うのだが。まぁいいや。
〈優斗〉
「なんのゲームだ?」
〈利奏〉
「そりゃもちろんヌンテンドウのセマブラですよ!」
〈優斗〉
「ぶふっ!」
あまりにも雑な改変につい笑ってしまった。たまにエロゲーをプレイしているとこういうのにも笑わされる時がある。
目の前で体験するとは夢にも思わなかったが。
〈利奏〉
「ん、先輩どうかしました?」
〈如月夏〉
「大丈夫、ゆう兄ぃ?」
〈優斗〉
「あぁ、すまん。...俺は強いぜ?」
〈如月夏〉
「まぁゆう兄ぃがゲーム強いのは知ってるけど、あくまでソシャゲーだけでしょ」
〈優斗〉
「それはどうかな」
〈利奏〉
「え、なんですかこの自信。なんかイヤな予感が...」
〈如月夏〉
「だーいじょうぶだって!ゆう兄ぃセマブラはクソ雑魚だから!」
⭐︎★⭐︎★⭐︎
〈優斗〉
「はっはっはー!無駄無駄無駄無駄ァ!!」
〈如月夏,利奏〉
「...............」
GAME SETの文字が表示され唖然とする2人。結論からいうとボコボコにした。
その後2対1を挑まれるも1ストックも落とさず合計6タテした。
〈利奏〉
「もういい...きさ、お風呂入ろっ!」
〈如月夏〉
「そうしよそうしよ〜二度とゆう兄ぃセマブラ誘わない」
涙目になった利奏に、むしろ呆れた様子の如月夏。2人ともコントローラーと俺を放置してお風呂に行ってしまった。
〈優斗〉
「あらら、やり過ぎたか」
悲しいかな。俺の転生後の初無双はまさかのスマブ...じゃないセマブラ。更にちょっと嫌われた気がする。
でもたかがゲームとはいえ、勝負事で手を抜くのは嫌いな性分なんだ。
テレビとゲームの電源を切り、コントローラーを片付ける。
...ん?ちょっと待て!今なんて言った!?お風呂!?しかも2人とも!?
エロゲー大好きな俺が変態じゃない訳がない。あくまでR18じゃないエロ無しエロゲーだが、それでもだ。俺は男なわけで。
風呂場に今すぐ突撃したい欲求に駆られた。
うおぉぉぉ耐えろ俺ぇぇぇ!!
とりあえず部屋に戻り、何かしないと落ち着かないので筋トレを始めた。
うおぉぉぉぉ!!98...99...100!!
ふぅ、いい汗かいたぜ。お風呂に入りたくなってきたな。...お風呂?
あぁぁあぁぁぁ!!
ダメだぁぁぁ!筋トレはダメだ!別のことしなければ!!
は!あそこに本棚があるじゃないか。丁度良い、何か本でも読んで気を紛らわすとしよう!
なになに〜これは...何かの小説か?
「彼女とすれ違う瞬間、そのフローラルの香りに僕は釘付けになった」
フローラルの香りか、どんな香りなんだろうな...風呂ーラルぅぅぅ!?!?
うわぁぁぁ!!これもダメだぁぁぁ!!
その後も俺の葛藤は永遠と錯覚する程続いたのだった。
⭐︎★⭐︎★⭐︎
〈如月夏〉
「ゆう兄ぃーお風呂でたよーって、なんかボロボロじゃない?大丈夫?」
1時間程経った後、部屋がノックされパジャマ姿の如月夏が入って来た。利奏は居ないようだ。
〈優斗〉
「...大丈夫だ。ちょっと自分の限界に挑戦してみてただけ」
あ、すげー良い匂いがする。お風呂上がりの如月夏最高か!お風呂上がりでも謎の力でアホ毛はピンと浮いていた。
〈如月夏〉
「あと、利奏が嫌がるからお湯は抜いといたよ!残念だったな!」
〈優斗〉
「!?」
〈如月夏〉
「張り替えとくから後で入ってねー!じゃ!」
衝撃の事実だけ伝えられて部屋を後にする如月夏。
待てよ?利奏がいるからってことは...普段は如月夏の後は...ダメだぁ!男子校だった俺には刺激が強すぎる。
それに、パジャマに着替えてたけど制服や下着は...って、おぉぉぉ!!息子よぉぉ!?どこに向かってるんだぁぁぁ!!
でもよくよく考えるとこの息子は俺の息子じゃない訳で...そんな事を考えているうちになんか萎えた。
その後、普通に風呂に入り、用意されていたパジャマに着替え、特に何事もなく寝た。
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