第9話 揶揄いはプリンの元

如月夏きさな

「おっかえりーゆうぃ!」


〈優斗〉

「...あぁ、ただいま」


如月夏に元気よく迎え入れられる。


玄関には2つの靴があった。当然だが利奏りなはもう先に上がっているのだろう。


挽回するならここからだ。恐らく先程の利奏との会話でミスがあったのは間違いない。


 帰り道に作戦を考えてみた。


その作戦というのは、謝る。つまり先程の発言を撤回すること。


異性としてみてる...はさすがにない。本音とはいえ、冷静になって考えてみると頭おかしいとしか思えない。


それにあの場ではああ言ったものの、生徒会を通して青春をエンジョイしたいのなら、まずは共通ルートを通るのが筋だ。


共通ルートとは、ヒロインみんなと共に時間を過ごして、それぞれのヒロインを知り仲を深める期間のこと。


どの選択肢を選んでも基本的に物語の大筋は変わらない。なので攻略したいヒロインの好感度を上げるのだ。


エロゲーだとこの選択肢次第で次の個別ヒロインルートで誰と結ばれるかが決まる。


共通ルートの期間がいつまでなのかが、俺にはわからないのが難しいところだが...有名どころだと、夏休みや文化祭とかか?


三年の会長が攻略ヒロインとして存在している時点で、会長が卒業する一年以内には共通ルートが終わると思われる。


とりあえず、今は共通ルートの期間なのは間違いない。だから、一人のヒロインとお熱になるのは避けたいところ。


それに今どのヒロインに告白しても恋は叶わないはず。一緒に日々を過ごすなか段々...というのがエロゲーの定石。


...いや、妹属性だけは例外だな。胸に秘めたる想いを抱き続けている、なんてのはあるあるで。


ちらっとリビングに向かう如月夏を見てみる。


〈如月夏〉

「ん?ゆうぃどしたー?」


〈優斗〉

「いや、なんでも」


気付かれた。とてもそうには見えないが...とりあえず分かるのはカワイイ、萌える。


...話が脱線した。


作戦...だが基本は謝る方針で、更に秘密兵器を用意した。


少し寄り道してコンビニでプリンを買ってきた。


このプリンが秘密兵器になり得るのだ。


ほんの数十秒のPVで得た知識の中に、利奏がプリンを美味しそうに頬張る一枚絵があったのを思い出した。


他のヒロインの好物は何一つ分からないが、これならイケる!!


お代は鞄の財布に入っていたお金を利用させてもらった。主人公には悪いが必要経費だと思っていただきたい。


...なんか悪いしバイトでもするか?


と、リビングに着いた。心なしかソファに座っている利奏が少し気まずそうな表情をしているように見えた。さぁ、作戦開始だ。


〈優斗〉

「...ただいま」


〈利奏〉

「先輩...おかえりなさいです」


〈優斗〉

「さっきのことなんだが––––」

〈如月夏〉

「あ、ゆう兄ぃ!先に手洗わなきゃ!」


〈優斗〉

「ん?あ、あぁ、そうか」


話そうとした途端、如月夏に遮られた。まぁ確かに感染症も流行ってる...ってゲームの中でもなのか?


朝起きた後に顔を洗った場所まで向かう。大体家の構造も把握した。


1階に玄関から近い順に物置き、トイレ、洗面所、お風呂、キッチン、リビングといった感じ。


2階には物置きと主人公の部屋、如月夏の部屋がある。


主人公の部屋もそうだが、結構広い家だ。


問題なのはこの家が誰持ちか...だが、両親とは何かあったらしいし、如月夏が稼いでいる説もある。


まぁ今俺が考えてもわかることじゃないのは確かだ。


手を洗い、再びリビングに向かう。と、如月夏が作ってくれたのだろう、食欲を唆るいい匂いがした。


〈如月夏〉

「ご飯にしましょー!今日は作り過ぎちゃったから、ゆう兄ぃも利奏も、もりもり食べてね!」


時刻は12時を少し過ぎたぐらい。


俺は大体13時前後に食べるから少しだけ早く感じたが、如月夏の手料理だ。美味過ぎていくらでも食べれるだろう。


〈利奏〉

「手伝うよー」


〈優斗〉

「俺も手伝うぞ」


先に利奏に話をしたかったが仕方ない。ご飯を食べて少し落ち着いてからにしよう。プリンも食後のデザートの方がいいな。



⭐︎★⭐︎★⭐︎



〈優斗,利奏〉

「ごちそうさまでした!」


〈如月夏〉

「はーい、お粗末さまでした」


如月夏の料理はやはりめちゃくちゃ美味かった。お腹いっぱい幸せで満たされた。


利奏も幸せそうにしていた。


と、如月夏がテキパキと慣れた手つきでお皿を片付け始める。


〈優斗〉

「あ、皿洗いくらいは手伝うよ」


〈如月夏〉

「えー、いいよいいよ。キッチン入られるの嫌だし...はっ!んーじゃあ今日だけお願いしちゃおうかな!ただし、拭くだけでいいよ」


〈優斗〉

「了解」


断られそうな雰囲気だったが、如月夏が利奏の方に視線を向けたかと思うと、条件付きで承諾された。


利奏が先に帰ったし、当然話したよなぁ。食事の時も会話はよく間に如月夏が入っていた印象。共通の友人みたいな役割だ。


まぁといっても俺から話題を振ることなんてないんだが。


〈如月夏〉

「じゃあこれ使ってねー私が洗い終わったお皿渡したら、お皿拭いてそこに立てかけてくれればいいから」


〈優斗〉

「分かった」


食べ終わった食器を持ってキッチンに移動し、ふきんを手渡される。なんというか、すごい綺麗なキッチンだ。汚れが一つもない。


引っ越したて...なのか?それともきちんと掃除してるだけ?


〈如月夏〉

「〜〜〜♪」


エプロンを着て、鼻歌混じりにお皿を洗う如月夏。あー、この画角にこの表情、いい一枚絵になりそうだな。


数分そんなことを考えながら立ち尽くしていると、如月夏は泡だらけになったお皿を水で流し出す。と、鼻歌が止まった。


〈如月夏〉

「はいお願いします」


〈優斗〉

「はーい」


濡れたお皿を手渡される。ふきんで丁寧に拭いていく。


〈如月夏〉

「ねぇ、あのプリン利奏にあげるんでしょ?」


水音でかき消されて、リビングの利奏には聞こえないだろう声量で話しかけられる。こっそり冷蔵庫に入れたのに気付かれたか。


〈優斗〉

「....まぁな」


〈如月夏〉

「私のは?」


〈優斗〉

「すまん、ない」


〈如月夏〉

「けちー」


頬を膨らませながらも淡々とお皿を流していく如月夏。怒った姿も可愛かった。


〈優斗〉

「今度なんか買っとくから」


〈如月夏〉

「チョコがいい!カカオ70%の苦いやつね!」


〈優斗〉

「はいはい」


俺も話をしながらも手は止めないようにする。


〈如月夏〉

「...えーっと、ゆう兄ぃはさ、利奏のこと好き?」


先程よりも更に声量を落として聞かれた。万が一にでも利奏に聞かれたくはないのだろう。


それにこの質問は、意図が明らかだった。


〈優斗〉

「...好き、だけど。女の子としてではない...かな。さっきはその、あれだ。逆に利奏を揶揄ってやろうとして、だな」


ミスったか?そんな想いが一瞬胸を締め付けたが、ぱぁっと笑顔になった如月夏を見るに、どうやら杞憂だったようだ。


〈如月夏〉

「なぁんだ〜そういうことかー!びっくりさせないでよー!」


〈優斗〉

「すまん、まさかこうなるとは思わなかった」


〈如月夏〉

「もうお手伝いはいいから利奏と話し合ってくること!」


〈優斗〉

「でもまだ」


〈如月夏〉

「分かった?」


〈優斗〉

「...はい」


食い下がる俺だったが如月夏に凄まれ撃沈。妹にも勝てないのか。利奏といい主人公のヒエラルキー低すぎ問題。


ふきんを置いてリビングにいる利奏の元へ向かう。


〈優斗〉

「利奏」


〈利奏〉

「あれ、せ、先輩?きさは––––」


〈優斗〉

「俺は、お前が好きだ」


〈利奏〉

「は、はい!」


〈優斗〉

「でも、やっぱり女の子として...ってのはちょっと違う気がする」


〈利奏〉

「は、はい?」


〈優斗〉

「あくまでも、友達として...お前が好きだ」


〈利奏〉

「......」


〈優斗〉

「今までみたいな関係でいて欲しいって思ってる」


〈利奏〉

「...きさが何かいいました?」


〈優斗〉

「いや?何も。これは俺の本音だ」


一度俺の目を見た後、利奏は頬を膨らまし、


〈利奏〉

「なんか私がフラれてるみたいじゃないですか!先輩のクセに!!」


〈優斗〉

「お前が"私のこと女の子として意識してます?"とか聞くからこうなったんだろ!」


〈利奏〉

「あー!それ言っちゃいますか!でも意識してるって言ったの先輩ですからね!!」


〈優斗〉

「ずっとやられっぱなしだったから俺だって揶揄ってみたかったんだよ!」


〈利奏〉

「先輩が私のことを揶揄うのなんて10年早いです!!もう、女の子の心情を弄ぶ先輩なんて嫌いです!」


〈優斗〉

「悪かったよ...だからプリン買ってきた」


〈利奏〉

「プ、プリン!!そ、そ、そ、そんなのに釣られる私では...」


〈優斗〉

「いらないのなら俺が食べる」


〈利奏〉

「あーダメですー!!私が貰いますー!!」


それから言い合いを続けてるうちに、洗い物を終えた如月夏が来た。


〈利奏〉

「大体先輩はいつもいつも––––あ、きさ!ねぇ聞いてよー先輩ってばー!」


〈如月夏〉

「えー、ゆう兄ぃが何かしたのー?」


〈優斗〉

「してない」


〈如月夏〉

「って言ってるよー?」


〈利奏〉

「自分でしたなんて言う訳ないでしょ!はぁ、もういいや疲れたー。あ、きさ食器洗いまでありがとうね!」


〈優斗〉

「俺も大して手伝ってなかったな。如月夏、ありがとう」


〈如月夏〉

「いいって、いいって!それより仲良くなったみたいで良かった」


にこにこと微笑む如月夏。女神か。


〈利奏〉

「あ、そうだ先輩!私いい事思いついちゃいました」


さっきまでの恥じらいはどこにやら。すっかり帰り道会った時の利奏に戻り、小悪魔的な顔で俺に近づいてくる。


〈優斗〉

「...なんだ?」


〈利奏〉

「生徒会の話、有耶無耶になっちゃいましたが、やっぱり私も入ることにしました!まぁ先輩が入るならって条件付きですが」


〈如月夏〉

「あー、私も!ゆう兄ぃと利奏が入るなら!」


"私も"と手を挙げる如月夏。こんな可愛い2人と生徒会生活が送れるとか、幸せだろうな。


〈優斗〉

「まぁまだ2人とも入れるか分かんないんだけどな」


〈利奏〉

「あれ?そういえば先輩推薦されてないんですか?式で清き一票とか言ってましたし」


〈如月夏〉

「私も利奏もここの受験で満点合格だったから、成績優秀で先生から声かけられたよ」


〈優斗〉

「なにそれ!?」


ま、満点だとっ!?それに2人ともって!?めちゃくちゃ天才じゃないか!


〈如月夏〉

「ゆう兄ぃ転入生だし、声かけられてもおかしくないのにねー」


〈利奏〉

「じゃあもう先輩以外で生徒会楽しんじゃいますか!ね、きさ〜」


〈如月夏〉

「よし、そうしよう!」


〈優斗〉

「俺も仲間に入れてくれぇー!」


かくして、2人の生徒会入りが決まった。なお俺だけがまだ決まってないのであった。

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