高橋
重い体を引き摺るようにして起床した高橋は、歯を磨くと栄養ドリンクを飲みながら、ぼんやりとテレビ画面を眺めていた。
最近の食事はずっとこれかカロリーメイト等で済ませている。
食事にかける暇が無いわけではない。
何も食べる気がしないのだ。しかしそれではさすがに体を壊すので、栄養ドリンク等を摂取している。
今、体を壊すわけにはいかない。目的を果たせなくなってしまう。
テレビ画面がCMに切り替わった。鍋キューブの宣伝なのか、夫婦と子供一人が楽しそうに鍋を囲んでいる。
この季節、妻子とほぼ毎週末鍋を囲んだ事を思い出し胸が締め付けられた。
まともに食事する気になれないのは、大抵何を食べても二人を思い出すからだった。
そして「あの時、もしああしていたら、こうしていたら、二人は助かったかもしれない」等と考え込み思考が袋小路に入っていく。
高橋は水玉男を憎んでいるが、それ以上に自分を許せずにいた。
武の計らいで遂げた異例の出世は、高橋にとって何の慰めにもならなかった。
元々出世に興味が無く、警察組織の人間関係にも辟易していた。
忙しくなる事で家族との時間が減るのも嫌だった。交番勤務にでもならないだろうか、とすら思っていたくらいだ。
送られてきた妻子の遺体…当然の事ながら、明記された住所も名前もでたらめ。
しかし水玉男であるのは間違い無い。
他の警察には一切何も言わず携帯の番号を調べたが、トバシと呼ばれる別名義のもので追跡は不可能だった。予想はしていたので、さほど気を落とす事は無かったが。
テレビ画面ではCMが終わり、キャスターが都内高級住宅街で起きた殺人事件を伝えている。
この事件は自分も関わったので知っている。
有名大学附属病院の教授宅で、教授の妻が殺害され本人と次男は重症を追った事件だ。
犯人は教授の長男。「天皇陛下のご命令」等と言っており、シャブでもやってるんじゃないかと思ったら本当に覚醒剤が検出されたという。
長男の自宅マンションには女性の遺体があり、死因は覚醒剤の過剰投与らしい。
マニアックなSM風俗に勤めていたようで、長男とは客としての関係だったと考えられている。
ニュースや新聞では公表されていないが、教授の妻はスープにされて夫と次男はそれを知らずに食べたらしい。
生き残った二人は重症とだけ言われているが、顔面を酷く殴られ原型をとどめていなかった。
失明は確実だろう。今後は教授職どころか社会復帰すら難しそうだ。
重度の中毒症状の認められる長男は、即病院に放り込まれた。今後は薬浸けにされ、生ける屍と化しながら死んでいくのだろう。
同情心はわかない。
心に余裕が無いという事もあろうが、彼ら被害者には高橋との間に何ら関係性も共通点も無いように思えたからだ。
しかしここ最近、こうした事件が頻発している事は気になっている。
真面目なサラリーマンや公務員が違法薬物を乱用し、おかしくなって事件を起こす。
何か引っ掛かる。
高橋は飲み終えた栄養ドリンクの袋をゴミ箱に放り投げ、出勤のため玄関へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます