健児
健児はベッドの前に立ち尽くしていた。
もうずっと布団を干さず、シーツも代えていないベッドの上は湿気て異臭を放っている。
その上で横たわる美保は鼻血を出し、目玉は飛び出さんばかりだ。
肌は青白く、呆けたように開いた口から涎が垂れ、僅かに手足が痙攣しているのを見るに生きてはいる様だった。
これまで一人占めし、与えなかった分をと思い、いつも自分が摂取する量の倍以上を美保に投与した結果だった。
「どうしたんだ、美保?なぜ何も喋らない?」
湿気たシーツの臭い、部屋中散らばる残飯の腐臭に美保の漏らした糞尿の臭いが混じって部屋中を漂っている。
「恍惚のあまりトリップから帰ってこれないのじゃよ。」
隣で陛下が言った。
そうだったのか、と一安心した。
そうだ、親父にも教えてやろう。きっと俺を見直すぞ。
携帯に電話をかけると、数回のコール音で親父が出た。
「何だ?」
あからさまに不機嫌そうだ。健児に対して父は常にそうだった。
しかしこれからは違う、この素晴らしい知らせを聞けば親父もきっと俺を認めてくれるはずだ。
「父さん、あんたにシャブの素晴らしさを伝えようと思ったんだ。
まあ聞けよ、これはまず…」
プツンと通話を切られる音がした。
「何だよ、人がせっかく良いものを教えてやろうとしているのに…」
ブツブツ文句を言いながらも、シャブの効いた健児の脳は落ち込む事が無い。
次に弟に電話をかけたが、結果は父親と同じだった。
何を言うか、ではない。誰が言うかが問題なのだと聞いた事がある。
同じ事を言っても、感心される人と嘲笑される人がいるのだ。
健児は後者だ、少なくとも父や弟にとっては。
だからこの素晴らしい知らせも、馬の耳に念仏に終る。
「あの二人には思い知らせてやらねばならんな、お前程の人間を馬鹿にした事を後悔させてやらねばならん。」
陛下が眉間に皺を寄せて言っている。
「朕の親戚は、もはやお前だけじゃ。あの二人はもう良い、天誅を与えよ。」
陛下の命、従わないわけにはいかない。
親戚は自分、たった一人と言い切ってくださった方の命を…
自分は皇軍だ、たった一人の…陛下の命とあらば、罪にはなるまい。
健児は陛下に向かって敬礼し、玄関へ向かった。
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