健児

向かった先は新宿。ドラッグなどこれまで関わった事も無いので、一体どこへ行けば購入できるのか分からなかったが、とりあえず新宿へ行けば売人に会えるのではと考えた。


しかし新宿へ来たは良いが、どうやって売人を探せば良いのか分からない。

まさか周囲の人間に尋ねるわけにはいかない。


ところが新宿に着いて間もなく、向こうから声をかけてきた。

売人にはジャンキーが分かるらしい。


給料の殆どを覚醒剤で溶かすようになった。

何処でやろうか、いつやれるか、頭の中は常に覚醒剤の事でいっぱいだ。

結婚する選択肢はとうに消えた。結婚なんてすれば、覚醒剤を買う金もやる時間も削られてしまう。

俺にはこのシャブさえいれば良い。彼女(シャブ)こそが俺の運命の人、これ以上に快楽を与えてくれる花嫁はいない。


女なんて、キメた時のセックスの相手だけでじゅうぶんだ。

健児はSNSで気を持たせておいた女の一人に白羽の矢を立てた。

SNSで、アプリで盛った顔や露出した体の写真を載せてはチヤホヤされる事が生き甲斐のメンヘラで、性依存性というシャブをキメたセックスにお誂え向きの女だった。


シャブ中の自分と性依存性の女、これ程お似合いなカップルはそういまい。


健児はその女、美保と居る時非常に気が楽だった。

人は同じ階層の者に安心感を抱く。

露出した体を、親や先祖の遺産、名ばかりの職業など外面を取り繕い社会に愛を乞うも、誰からも見向きされず、必要とされない負け犬同士という安心感。


「君と一緒にいると心が安らぐ。誰かと一緒にいてこんな風に思えるのは初めてだ。」


そう言うと、美保は頬を赤らめ喜んだ。

もちろん安らぐ理由については口にしなかった。

人はプレミア感を愛する事が多い。他の大多数の人間よりも優れているという承認欲求を満たしてくれる相手に好意を抱くものだ。


特に、美保の様に承認欲求に飢えた者ならなおさらだった。


美保にも覚醒剤をキメさせたら、より快楽を得られるんじゃないかと思ったがやめておいた。

美保の健康を気遣うわけではなく、高価な覚醒剤の自分の取り分を減らすのが嫌だった。


行為が終わり、美保はブラジャーを着けながら背中合わせの様にして座る健児に声をかけた。


「何か食べる?テキトーに作ろうか?」


ブラジャーなど必要無いだろう、と言いたくなる。

美保は決して痩せてはいないが貧乳だった。

腰にくびれも無く寸胴で、要はメリハリの無い体つきをしている。

精神年齢が幼いと、体つきまで子供のようになるのだろうか。

職業はメンズエステだが、指名は全く取れずお茶をひいており、実家からの仕送りで暮らしていた。

実家とは折り合いが悪いらしく、口を開けば親の悪口を言っている。しかしその親から上京する金を出してもらい、一人暮らしをしつつ脛を齧り続けていた。

美保はまるで反抗期の子供のまま大人になったような女だった。


「いらねぇ。食欲ねぇんだ。」


「もう…何か食べた方が良いって。顔色悪いし、すごい痩せてるし。」


最近美保は図々しくなってきた。

釘を刺しておく時期かもしれない。もしくは他の女に代えるか。


最近シャブが切れるのが早くなりつつある。

以前は4時間程もったのに、今日は2時間でこれだ。

シャブをキメたくて仕方無い。

しかし金が無かった。家賃、光熱費を払った後の全ての給料をシャブに使い込み、貯金も無い。


「あのさ…金、かしてくれないか?」


「えっ…」



美保は眉間に皺を寄せ、不安そうな顔で聞き返した。

ぼんやりとした、存在感の無い目元が訝しげに揺れる。

美保の様な女は例外無く、目元に存在感が無い。

顔付きの話ではなく、たとえ大きなぱっちりとした目の構造であっても、不思議とぼんやりとした、存在感の無い目元なのだ。


反対に、ある種の女はたとえ糸目であっても目に存在感がある。

健児は、この手の女は絶対選ばない事にしている。眩しさに耐えられる自信が無い。


「辛いからあまり言いたくないんだけど…俺さ、子供の頃からずっと両親から嫌われてんだよ…弟からも似たようなもので…だから人との接し方やく分からなくて、好きな人にもどうやったら伝わるのか分かんないんだ…」


訝しげだった美保の目が同情の色にすり代わった。


「家庭とか、冷たい嫌な思い出しか無いし考えた事も無かった。

でも、美保と出会って産まれて初めて温かいものを感じた。

美保との関係だけは失いたくない。」


「私も!けんちゃんとなら幸せな家庭築ける気がする。」


美保がそっと寄り添いながら言った。


よく女の夢はシンデレラだと聞くが、この手の承認欲求に飢えた女はシンデレラよりもメシアになりたがる。

「君に救われた、だからもう君しか見えない、君は僕にとって唯一の、たった一人の女だ」と言われたがっているのだ。


「そのためには金が必要なんだ…二人の未来のために…」


「分かった!いくら必要なの?実家に相談してみる」


「ありがとう、美保。君は本当に俺を救ってくれた。」


健児は美保をそっと抱きしめた。美保の実家を通じて入る金、そして自分の真のメシアであるシャブを想い口角が上がった。











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