健児
健児の主な仕事は掃除やお茶汲み等の雑用だ。
一般企業でいうところの窓際社員のようなものである。
自分に群がる婚活女達はそれを知らないし、また興味も無いだろう。
元々健児にそんな事は期待していない。
また、健児は彼女らの誰かと結婚する気はなかった。
彼女らは結婚後、手のひらを返した様に態度を豹変させるであろうと健児は予測している。
自分に感心を持たなくなり、図々しくなり、プライドを傷付けるような悪態もつくようになる。
悠々自適の専業主婦になるという目的を果たしたからだ。
永遠に自分だけに感心を注ぎ続け、褒め称えさせ、永遠に王であり続けるためには、ランクをもっと落とす必要がある。
容姿の話ではない。自分というメシアに依存する素質のある女、要は精神を病んだ女だ。
そうした女の引っかけ方は、ある程度知っている。
マッチングアプリなどではなく、SNSでめぼしい女に何人か粉をかけていた。
盲目の羊の素質ある女は、たいていがSNS中毒だ。
しかし今はそんな事を考える余裕も無い。
自分がこの職場でやった事がバレたら、もしくはあの男に写真をばらまかれたら…
考えまいとしてもふとした事でよみがえり、不安が容易に恐怖と化した。
酒の量が増え、眠れぬ夜が続いた。
そんなノイローゼ気味だったある日、一人で住む自宅に荷物が届いた。
差出人に覚えは無く、首をかしげながら封を解くと、フリーザーパックのような袋に詰められた白い粉が出てきた。
睡眠不足の頭が急に冴え、背筋に悪寒が走る。
かたぎの自分でも、これが覚醒剤である可能性があると分かった。
差出人は、あの自分を脅迫した男だと直感が告げた。
差出人、住所は確実にでたらめだろうが、こんな事をしてくる人物は自分の周囲では彼しか思い当たらない。
まともな思考の人間なら、即警察に届け出るだろう。
しかし健児は日々の心配や恐怖に加え睡眠不足のため、まともではなかった。
一度くらいなら
そう思って手を出した。
一度では済まなかった。
覚醒剤の効果により、睡眠不足の脳が冴え渡っている。
恐怖も劣等感も消え去り、圧倒的な万能感を感じた。
淀んでいた世界が美しく見え、全てが素晴らしい。
こんな良い薬を今まで使った事が無かったなんて、勿体ない事をした。
あの男に感謝しなければ、彼は天使…いや、正に神だ。
健児はあっという間に袋の中身を全て使い切った。
しかし薬が切れると、その分の倍以上の劣等感や被害妄想が襲いかかる。
蔑視を投げかける父親の幻覚や、弟の嘲笑が聞こえ、テレビに映る芸能人が自分に侮蔑の言葉を投げかけ、皇室カレンダーの皇族らが嘲笑っている。
どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!
ブラウン管を叩き割り、カレンダーを破いて喚き散らした健児はふらつく足取りで家を出た。
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