美保

美保は大きく溜め息をつくと、スマートフォンの画面に電話を表示させた。


アドレスから実家の母を選ぶ。後は通話ボタンを押すだけ。

そこから先を考えると暗澹とした。

美保は口が上手くない。嘘をつくのも下手だ。

だからメンエス嬢としてもお茶をひき続けている。

風俗やAVへ行かないのは、性依存性へのせめてもの抵抗だ。

依存性の治療のためにはセックスを一切絶たねばならないのだから、そんな事は抵抗のうちにも入らないのは分かっている。

それでも、そうする事で多少良心を誤魔化す事はできた。


美保は幼い頃から度々、性犯罪の被害に遭ってきた。


性依存性になったきっかけは、被害を追体験する事で過去のトラウマを乗り越えようと思ったからか?

もしくは能動的な性行為によって性に関する記憶を上書きし、忌まわしい記憶を消し去りたいと思ったからか?

どちらもなのかもしれない。


しかし性行為を重ねるうち、快楽に溺れる事で全てを忘れる事に没頭し始めた。

過去のトラウマ、普通に働き人間関係を築けない無能な自分、誰からも必要とされない自分を、セックスしている間は忘れる事ができる。


そんな自分に恋人達は皆、愛想を付かして離れていった。

性行為でしかコミュニケーションのとれない美保には同性の友達がいない。

性に縋る自分が嫌になる時がある。それでも性を絶って苦しい現実と向き合う勇気は無く、こうして逃げ続けている。


健児は自分を必要としている、美保でなければ駄目だと言ってくれる。

彼なら、私から絶対に離れていったりしない。

彼と一緒なら、性を絶たず孤独にもならずに済む。


美保は勇気を出し、通話ボタンに指を伸ばした。


実家には生活費全般を出してもらっている。

上京した娘の中でも、自分はかなり恵まれている方であろう。

それなのに過去の細かい彼是が、狭量な彼女の被害者意識を強く刺激し、素直に感謝できず憎しみばかりを抱いていた。


SNSで散々実家への不満、憎しみを垂れ流す美保は、まさかその実家に生活の面倒を見てもらっているなどとは書けず、あたかもメンズエステでの収入で生活しているかのように見せかけている。

健児にはうっかり口を滑らせてしまったが、誰にも言わない事を約束してくれた。

自分にベタ惚れなのだから、きっと大丈夫だと安心している。


そうだ、メンズエステの収入を健児に渡そう。

やはり実家には頼み難い。

生活には別に困らないし、趣味と言えば自分にはそれこそセックスしか無く金はかからない。

美保はスマートフォンのディスプレイを消した。




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