吉彦

明朝7時、吉彦は朝食をとりながらテレビでニュースを見ている。


部屋のあちこちには未洗濯の異臭を放つ衣類が散らばっている。その中で万年床に座り、吉彦は朝食である牛肉の塊を生で齧っていた。

生肉は消費期限をとっくに過ぎ、ハエがたかりこれまた異臭を放つが吉彦は気にしない。

腐敗した肉塊にわいた蛆虫のプチプチとした食感、そして口いっぱいに広がるクリーミーな味わいが肉の苦味と合わさり絶妙なハーモニーを奏でている。


世の中が水玉模様に汚染される前の彼はこうではなかった。

毎日風呂に入り、衣類を洗濯、布団は定期的に洗ったり干したりし、火の通った肉や消費期限内のものを口にしていた。

世界が水玉模様一色となり、自らが世界から排除されてから、彼は一切合切がどうでも良くなった。風呂に入るのも1ヶ月に2,3回だ。


ニュースは突如現れた水玉男の話でもちきりだった。

無差別に人を拉致し、顔中に穴をあけて金品を奪い逃走する。

そう、吉彦自身の話だった。


世界から排除され、存在しない者として扱われる彼にとって、こうして世の中を怯えさせる存在となった事は快感だった。


水玉模様の世の中での扱われ方も、徐々に変化している。

吉彦が起こす猟奇事件によって、水玉模様が今や恐怖、忌まわしい存在になりつつあるのだ。


吉彦は満足げに腐った肉を噛り続けた。


彼の頭の中にあるのは、次のターゲット。

使用するハイエースは名簿屋で買った偽名義で、毎回違うレンタカーショップから借りている。

対象は水玉模様を身に付けた成人であれば、誰でも良い。


皆が水玉模様を忌み嫌い、水玉模様が無くなるまでやめるつもりは無い。

捕まったとしても、殺人まで犯していないのだから死刑にはならないだろう。

出所してから再び活動するつもりだった。

万が一、死刑になったとしても構わない。他にやりたい事も無いのだ。


しかしそんな吉彦の覚悟と裏腹に、警察は無能だった。

日本の警察は優秀とよく聞くが、それはおそらく自己評価の肥大した警察が流したデマだろう。

げんに推理小説のようなトリックなど何も使っていない吉彦を未だに逮捕できていない。


警察は縄張り意識が強い。

だから被害のある地区を分散すれば、自然捜査は滞る。

縄張り意識の強い犬どもは、情報共有し皆で助け合い捜査する事ができないからだ。


肉を食べ終えた吉彦はテレビを消し、腰を上げた。



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