私は人物の写真は君しか撮れない

桜塚あお華

私は人物の写真は君しか撮れない



 私は、今日も写真を撮る。

 写真が大好きな祖父が私のために買ってくれた、中古の一眼レフ。同じく写真が大好きな私は、風景を撮るのが好きだった。

 カシャッ、と音がなる。

 一枚一枚丁寧に、画面を見て確認をし、もう一度写真を撮る。


「――智景ちかげって、風景ばかりだよね」


 幼馴染の少年、育人いくとが隣に座りながら声をかける。

 小さい頃から隣人だった育人とは距離が近くもなく、遠くもなく、友人と言う関係で一緒に過ごしてきた異性の友人。

 高校生になってからも、二人の距離は変わらない。別に恋人同士でもない、本当の友人だと、私は思っている。もしかしたら私だけなのかもしれないと思う事もあるが、育人は変わらず私に接してくれる。

 今日も、いつものように風景を撮る為に、近くの河原を訪れ、一枚、丁寧に写真を撮り、確認する。

 育人の何気ない言葉を聞いて、私は思わず反応してしまう。彼の言う通り、どうして自分は人物を撮影しないのだろうか、と。

 何回か、人物にカメラを向けたことがある。友人、家族、名前も知らない人たち――けど、どうしてなのかわからないが、私はシャッターのボタンを押せなかった。

「……そう言えば、そうかもしれない」

「だよなぁ……ねぇ、なんで?」

「さぁ、何となく、なのかな?」

「僕とかどう?結構良いモデルだと思うけど?」

「……」

 頬を赤く染めながら答える育人に対し、私は何の感情もわかず、ジッと目の前の幼馴染を見ることしか出来ない。対し、見つめられてしまったのか、恥ずかしそうな顔をしている育人の姿がある。

 確かに彼は顔良い。所謂イケメンの部類に入るのかもしれない、と思う。

 モデルとしては、良い存在なのかもしれないと私はカメラのレンズを育人に向けてみる。

「お、撮るか?」

「ポーズ決めないで。出来れば自然の方が良い」

「そ、そうか……む、難しいな……」

 育人はどうすれば良いのかわからないまま、とりあえず空を視線を向けて、笑った。

 シャッターのボタンが押せるかわからなかったが、私は空を見つめて笑う育人の姿を見て、つい見惚れてしまう。

 カシャっと、音がなる。綺麗な、静かな音。

 私は画像を確認すると、空と育人の笑顔が綺麗に映っていて、まるで絵のように見える写真だった。風景しか撮らなかった、最初の人物の写真。

「……撮れた」

「お、めっちゃいいじゃん。あとで僕にデータ送って」

「パソコン繋いだら送るよ」

「うん、待ってる」

 そう言って、育人は今日も綺麗に笑う。私と育人とは、住む世界が違うと言う、そんな感じで。

 それでも、育人は私と話をしてくれる。隣人同士でもあり、幼馴染である、それだけの私に声をかけ、話をしてくれる。私はそれだけでありがたいと思った。

「じゃあ、僕、そろそろ帰るわ」

「うん、またね」

「うん、またな、智景」

 ――またな、智景。

 育人はどんどんと忙しくなっていく。少しだけ寂しいと思ってしまったなんて、言えるはずがなく、私は今日も育人と挨拶をかわし、手を振り、別れる。

 昔のように、遊びに行くことも、話をすることも、徐々に難しくなってきているのに、育人はそれでも時間を作って私に会いに来てくれる。それだけで、満足なのだ。

 育人が走り去った場所に、私はもう一度カメラを向ける。シャッターの音がなり、画像に写真が映し出される。そこに映ったのはもう何もない、ただの風景の写真だった。

 私にとって、最初で最後の人物の写真は、育人に贈られる事なく、SDカードに閉まった状態になったのだった。


   ▽


 今日も、写真を撮る。

 趣味で風景を撮りながら、一人で河原を見つめていた。

 いつもならば、隣に育人がいるはずなのに最近は時間が空いていないのか、顔すら見ていない。学校も来なくなり、どうやら仕事が忙しいらしい。

 結局、育人を撮って以降、私は人物を写真の中に収めることが出来ていない。

 相変わらず趣味の風景を撮るだけの毎日。冬が始まろうとしているのか、肌に冷たい風が沁み始める。

「……寒ッ」

 手袋を持ってくるのを忘れてしまったなと思いながら、私は両手を擦るようにしつつ、近くのベンチに腰を下ろした。

 ベンチに座り、先ほど自分で撮った写真の風景を目で焼きつけながら、静かに息を吐く。

 携帯を取り出し、ニュースを開くとそこに育人の情報が流れ込んだ。


『速報!新垣育人にいがきいくと、連続ドラマの主役抜擢⁉』


「……へぇ、育人主役に選ばれたのか」

 顔は合わせていないが、時々LINEで連絡をしたりすることがある。育人は中学生の時に芸能界にスカウトされ、俳優業を営んでいる存在でもある。高校生になると仕事の方が忙しくなってしまったのか、来たり来なかったりと言う状況が続く中、半年前から二時間ドラマで注目を浴び、ブレイクした形で人気がついた。今では育人を知らない人はいない。

「……なんだか、遠い存在になっちゃったなぁ」

 ふと、私はそのように呟いてしまっていた。

 遠くもなく、近くもない距離感で育人と友人関係を気づいていたのだが、テレビで良く見るようになって、周りからも育人を知らない人たちはいなくなって、いつの間にか私だけが世界に取り残されてしまったんだなと言う変な事も考えるようになってしまった。

 私は相変わらず変わらない日常が続いている。勉強して運動して、家族と会話して、時々趣味の写真撮影をして、いつもだったら隣に育人がいたはずなのに、一年も隣に居てくれない。

 私は携帯に入っている画像フォルダを開け、そこに一枚の写真を見つめる。

 そこに映っているのは、一年前に撮った育人の写真だ。モデルになると言ってくれた育人だったが、ポーズはいらないと言った私の言葉にどうしたら良いのか悩み、最終的には空を見つめて笑うだけの姿になってしまったが、この一枚は私にとって、最初で最後の人物が写った写真だと思う。

 あれからも、私は人の写真が撮れない。レンズを向けてみるのだが、それでも指が動かなかった。何故なのかわからないが、どうやら私は人を写真に写すのが苦手らしい。

 家族ですらこの写真に収める事が出来ず、データの中はほとんど趣味で撮った風景の写真のみ。

 育人だけ、何故撮れたのだろうかと今でも不思議に思う。ただの友人だから、幼い頃から一緒に居たから、長い付き合いだから撮れたのだろうかと、何度も頭を巡らせる。

 しかし、家族も長年一緒に居た仲なのに、不思議と撮れない。数は少ないが、私にだって友人は何人かいる。しかし、それでも撮れない。

 育人だけ、撮れた。

「……?」

 ふと、育人のあの時の顔が私の頭の中に浮かぶ。空をバックにして笑顔で笑う育人の姿が、私の目に今でも焼き付くように、思い出す。

 いつの間にか遠くに行ってしまったかのような感覚になった友人に、私は自分の持っていたカメラを見つめた。

 もう一度、もう一度だけこのカメラの中に、あの育人の笑顔を収めることが出来たら、私は満足する事が出来るのだろうか、と。

 何も言わず、私は中古のカメラを見つめていた。誰も居ない空間でただ一人、風が私の髪を靡かせる。

 育人が居ないだけで、心にぽっかりと穴が空いてしまったかのように。

「……ちょっと会いたいなんて、思わないぞコノヤロー」

 私は育人に対しての悪口のような言葉を呟いた後、再度カメラのレンズを向け、シャッターのボタンを押そうと指に力を入れた。

 同時、私のレンズに小さく、人影が写った。いつもならばシャッターを押す事が出来なかったのだが、その人物が写った瞬間にボタンを押す事が出来た。

「え?」

 ボタンを押す事が出来なかったはずなのに、何故押すことが出来たのか不思議に思いながら、私は撮った写真を確認する。そこには私に少しずつ近づいてくる人影の姿があった。

 笑いながら、空と河原に、風景とマッチングしてくる、一人の男性。それは、私が求めていた相手でもあった。

 声がした。


「智景って相変わらず好きだよね、写真」


 一年ぶりに会った彼は、相変わらず綺麗に整った、イケメンだった。少しだけ成長したのか、身長も伸び、凛々しい姿になっているように見えてしまったのは、私の気のせいだと思いたい。

 近づき、声をかけ、笑った幼馴染に対し、私はもう一度カメラのレンズを向け、シャッターボタンを押す。カシャっと音が響くと同時に、

私のデータには彼の表情が写りこむ。

 俳優と言う職業をしているからこそ、目の間に立つ育人の姿は本当に綺麗だなと実感できるほど、マッチしていた。

 私は、いつものように笑う。その写真に写し出された育人の姿を見惚れながら。

「……育人だって、すごく変わったね」

「フフ、だって僕だしね。ほら、輝きが違うでしょう?」

「はいはい、違うね」

「……ねぇ、智景」

「何?」

「僕って、君の写真に写るぐらい、綺麗かな?」

「……」

 どうしてその時、育人がそんな言葉を言ったのか意味が分からない。しかし、胸の高鳴りは間違いなく本物だ。

 育人が自分のカメラの写真に収められている。そして何度も思った事がある。これは本当に綺麗だと、素敵だと。美しいと。

 笑いながら近くに居る友人に対し、私は笑う。


「うん、すごくきれいだよ、育人」


 本音をぶつけながら答えると、私の言葉に対し育人は笑っていた。少しだけ頬を赤く染めながら。

「そっか、それはよかった」

 育人は笑いながら私の近くに行くと隣に腰を下ろし、カメラの画像が開きっぱなしだったので、それを見つめている。

 久々に見た育人は子供っぽい姿は変わらないが、相変わらず綺麗な顔立ちをしており、テレビで出ている姿以上に、綺麗だ。

 見惚れてしまう、と言う言葉が咄嗟に出てきてしまった。しかし、私にとって育人はただの友人。性別が違うだけの友人関係――だと、私は思っていたはず。

「智景」

「何?」

「僕、写真も好きだけどね」

「うん?」


「――カメラの画面じゃなくて、本人を見てほしいな。これからもずっと、僕の傍で」


 私はその言葉を聞いた瞬間、持っていたカメラを落としかけてしまった。いきなりそのような言葉を言われるとは思わなかった私は呆然とした後、動揺する。

 この男は何を言っているのだろうかと感じつつ、明らかにこれはそう言う『告白』と理解し、数十秒ほど固まったまま、思わず頷くなど誰が想像しただろうか?

 頷いた事で育人は満足な笑顔を見せていたと同時、思わずカメラのレンズに収めてしまった私の姿があるのだった。

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私は人物の写真は君しか撮れない 桜塚あお華 @aohanasubaru

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