第160話 クレーマー

俺はショッピングモールの苦情受付の仕事をしている。

 

基本的に怒っている客を相手にするので、日々のストレスは半端じゃない。

先輩なんかは、笑顔で適当に相槌を打って聞き流せばいいだけの仕事だから楽だよ、なんて言っているが俺はまだまだその境地には及ばない。

 

特に、Oというクソババアがいるのだが、俺を目の敵にしているのか毎日のようにやってきて、ひたすら文句を言ってくるのだ。

短くて3時間。

長くて6時間も居座られたことがある。

 

上司や同僚からも時間をかけすぎだの、その分のしわ寄せがこっちに来るだの、文句を言われる始末。

 

帰ってくれないのだから仕方ないと言っても、開き直るなと怒られてしまう。

最悪なことに、ババアはいつも俺を指名してきて、俺が休みの日は10分くらい話して帰るらしい。

だから、周りは俺がそのババアを使ってサボっていると思われている。

 

冗談じゃない。

こっちは少しハゲかかってるくらいストレスを感じているのに。

 

せめて先輩の言うように聞き流すことでストレスを軽減しようとしたが、とにかくあのババアは口が上手い。

的確にこっちがカチンと来ることを要所要所で言ってくる。

そして、質問するようなことを言ってくるので、こちらも気が抜けない。

 

これがSNSとかだったら誹謗中傷で訴えられるのに。

だから、一度、録音して上司に聞いてもらおうとした。

しかし、お客さんとの会話を録音するなんて、と激怒されてしまった。

 

しかもババアが言ってくるクレームも本当にくだらない。

というか、因縁でしかない。

 

ババアは左利きのようで、買うもの買うもの全てが使いづらいと言ってくるのだ。

それは右利き用だから仕方ないことだと、何百回も説明したが聞き入れてくれない。

左利き用のを買えと言っても、よくわからん、お前が買えと言う始末だ。

 

何度、知らねえよ、俺が作ってんじゃねえよ、と言いたくなったことか。

そのたびに手を握り締めて耐え続けた。

 

今では手のひらに爪の痕でできた生傷が無数に出来ている。

 

最近では夢にまで見るようになってしまった。

こっちとしては一日中、ババアの苦情を聞いているような感覚だ。

 

もちろん、何度も辞めようと考えた。

だが、あのババアのせいで仕事を失うのも、あのババアが俺がいなくなったことで喜ぶ顔を想像すると、絶対に辞めたくないという思いになる。

 

そして、今日もババアがクレームを言いにやってきた。

今日は買ったハサミが使いづらいとのことだ。

当然、右利き用だから使いづらいのは当然で、そのことを言ったら、火が付いたように文句をまき散らしてきた。

 

俺を罵るババアを見ていたら、なんだか虚しくなってきた。

そこで俺は「じゃあ、なんとかしてあげますよ」と言ってしまった。

 

するとババアは鬼の首を取ったかのような笑みを浮かべて、面白い、やってみろと挑発してきた。

 

次の休みの日。

俺はババアの家に行った。

鉄を切断できるノコギリを持って。

 

その日以降、ババアがクレームに来ることはなくなったらしい。

今ではちゃんと、右手用の器具を使うようになったようだ。

 

終わり。














■解説

語り部はのこぎりでOの利き腕である「左手」を切り落とした。

なので右手用の器具を使うようになった。

また、語り部は最後、「らしい」や「ようだ」という表現で、他人事のように言っている。

語り部は傷害により捕まっている可能性が高い。

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