第148話 ゴーストライター

僕はある出版社の編集をやっているんだけど、入社当時からずっと担当している作家さんがいる。

 

20年前、担当のご挨拶をする際にあったとき、先生が70歳だったことに、当時とても驚いたことを今でも覚えている。

だって、先生はバリバリのお色気路線のラノベ作品を書いていたからだ。

 

僕が担当に着くときにはもう売れっ子作家として安定していて、筆も早く、納期に遅れたこともなかったので、新人の僕に任せるのにちょうどいい作家さんだったのだろう。

 

最初の頃は先生が僕に気を使って、打ち合わせをしてくれていた。

今考えれば、それは打ち合わせというよりも、この業界のことや作家への配慮などを教えてくれていた時間だったと思う。

先生はずっと独身で天涯孤独だったためか、僕のことを息子のように可愛がってくれた。

先生には本当に頭が上がらない。

 

でも3年も経つと僕は仕事にも慣れたし、担当している他の先生のことで忙しくなり、その先生との打ち合わせはほとんどしなくなった。

原稿ができたらメールで送ってもらい、それを僕が読んで直して欲しいところがあれば、電話で伝えるということが続いた。



 

それも数年が経つと、電話さえすることなく、届いた原稿をざっと読んでとりあえず誤字脱字がないか程度を確認して出稿していた。

それくらい先生の作品は安定していて、僕としてもいうことがなかったのだ。

 

まあ、時間がないのと面倒くさいというのも多少はあったんだが。

 

特に担当が変わるなんてタイミングもなかったし、編集長も僕とその先生は上手くやっていると思い込んでいるのか、担当を変えようとはしなかった。

 

だけど、そんなあるとき。

……っていうより、その傾向は数年前から徐々に表れていた。

 

というのも、執筆速度が遅くなったのと、本が売れなくなってきたのだ。

 

僕からするとここまで長く人気を維持している方が凄いと思うのだが、先生はかなり焦っているようだった。

先生の方から出版社の方に来たときは、本当に驚いた。

 

そこで僕は本当に久しぶりに先生と顔を合わせて打ち合わせをした。

その話し合いで見えてきたのは、感性のアップデートが出来ていないということだった。

つまり、古いということだ。

また、小説を書き切る体力もなくなったことにも悩んでいた。

 

それは先生の方から言い出したことで、こればかりはどうしようもないということもわかっているようだ。

 

そこで先生が提案してきたのが、ゴーストライターを充てて欲しいというものだ。

若い作家がネタとキャラクターを作り、それを先生がストーリーとして構築するという流れだ。

 

つまり、若い作家がネタとキャラクターを作り、先生がプロットを作って、そのプロットを元に若い作家が小説を執筆するというものだ。

僕は文体まで変わったらさすがに読者にバレるんじゃないかと思ったが、意外とバレないどころか好評だった。

どうやら、先生の名前であれば読者はすんなりと受け入れてくれるみたいだ。

 

それからはまた本が売れ出し、僕はホッと一安心した。

 

だけどそれから数年後。

突然、先生からゴーストライターと喧嘩別れをしたというメールが届いた。

どうやら作家性が合わないとのことで、クビにしたのだという。

 

またゴーストライターを探さないと、と思っていたが先生はもう一度自分一人でやってみるとメールで返ってきた。

 

僕はまた売り上げが落ちたら考えようと思い、そうしましょうと返した。

 

だけど僕の心配は無用だったみたいで、執筆のペースも本の売れ行きも変わらなかった。

さすが先生だ。

 

そして、またいつも通り、先生から原稿が送られてきて、それを出稿するという流れ作業に落ち着いた。

 

それからしばらくして、僕は遅れながら編集長へと昇進した。

入社して30年。

ここまで短かったような、長かったような。

 

そこで僕は久しぶりに先生に直接挨拶しようと思い、メールを送った。

 

終わり。














■解説

最後に語り部が先生に直接会ったのはゴーストライターを付ける前である。

ゴーストライターと喧嘩別れをしたことは「メール」で報告されている。

そして、ゴーストライターではなくなったのに、売り上げは好調のままということは、『内容はゴーストライターの時と変わらない』ということになる。

喧嘩別れでクビになったのは、ゴーストライターではなく先生の方だという可能性が高い。

ゴーストライターは先生の名前を乗っ取って、今も小説を出し続けている。

 

さらに先生は高齢(現在は100歳を超えている)で小説を書き切る体力もなくなったと言っているのに、同じペースで書き続けているのもおかしい。

では、先生はどうなってしまったのか?

天涯孤独な先生はもうこの世にはいないのかもしれない。


また、この後、語り部が直接挨拶に行きたいとメールをしても断られるはずである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る