第142話 リピーター

世の中では毎年、8万人の行方不明者が出ている。

 

もちろん、届け出があれば捜査するが、すべての行方不明者を探すことはできない。

刑事には他にも色々と事件を抱えているのだ。

 

なんとなくの肌感だが、5年くらい前から捜索願が多くなっている気がしていた。

それは数字的に出ているわけじゃなくて、なんか多いな、くらいの感覚だった。

 

捜索願を受け取りながらも、俺は他の事件の捜査で忙しかった。

失踪者だけでなく、事件も多くなっていたんだろう。

毎日毎日、俺はほんとうにヘトヘトになるまで捜査を頑張った。

 

そんな俺にも密かな楽しみがある。

それはあるステーキ屋に行くことだ。

 

安月給の俺からするとかなり厳しい金額だが、それを考慮しても十分通うに値するお店だ。

 

本当に美味しい。

ステーキを食べている間だけはその美味しさに没頭でき、すべてを忘れることができる。

だから、疲れた時はこのお店に行くことにしている。

……というより、このお店がなければ俺はこの忙しさを乗り越えることはできなかっただろう。

 

もちろん、このお店は誰にも教えていない。

1人でこっそりと行っているのだ。

 

このお店に通い続け、店長とも顔見知りになり、すっかり常連となっていた。

そんな中、突然、店長がお店を閉めると言い出した。

 

それを聞いたとき、冗談ではなく、目の前が真っ暗になった。

もう、お店に通えなくなるなんて信じられなかった。

それくらい、俺はそのお店の虜だった。

 

なんとか続けて欲しいと頼んだが、店長は首を横に振った。

 

落ち込んで家に帰る途中、世間は連続殺人犯が捕まったというニュースに沸いていた。

犯人は5年前から犯行を重ねていたようで、さらにはその被害者の死体はほとんど見つかっていないのだという。

 

刑事の俺が言うのはいかがなものかと思うが、そんなニュースはどうでもよかった。

俺にとってはあの店が閉店になる方がよっぽど重要だった。

 

なんとかならないかと考えていたとき、ふとあることが思いついた。

そのことを店長に伝えると、店長は「常連にだけ」という条件で店を開けてくれることを了承してくれた。

 

本当に良かった。

これでこれからもお店に通うことができる。

 

俺は前よりも頻繁に2人でお店に行くようになった。

今日も、俺は一緒にお店に行ってくれる人を探している。

 

終わり。















■解説

そのお店で出している肉は人肉。

店長は連続殺人犯から肉を買っていた。

なので、犯人が捕まってしまうと材料が用意できないので閉めると言い出した。

 

語り部は、最初は「1人」でお店に通っていたが、今では「2人」でお店に通っている。

つまり、今度は語り部が「材料」を調達し始めたということになる。

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