第137話 正義のために

俺は昔、いじめられっ子だった。

 

小学3年まではまさに毎日が地獄そのもの。

友人や担任はおろか、両親も助けてはくれない。

 

そんなとき出会ったのが空手だ。

いじめられてボロボロになった俺を見た師範が、こう言った。

 

「苛められる方が悪いとは言わない。だが、悪くないからと言って、何もしなければ何も変わらない」

 

この言葉で俺は、自分自身が変わらないとダメだと思い立った。

 

その日から俺は空手に熱中した。

専念した。

 

中学を卒業する頃には空手の大会でいいところまで勝ち上れるようになったし、俺をいじめるような奴はいなくなった。

いじめは弱い奴を狙うこと。

つまり、そいつよりも強くなればいじめられない。

 

もちろん、高校に入ってからも俺は空手を続けている。

俺をここまで育ててくれた師範と空手に感謝しかない。

 

今まで空手に打ち込むことしか頭になかった俺だけど、最近は何か恩返しをしたいと考えるようになった。

 

師範は「お前が強くなってくれればそれが恩返しだ」と言ってくれた。

 

じゃあ、空手に対して何か恩返しはできないのか。

そこで思い立ったのが、「弱い人を守る」ことだった。

 

そこまで長い時間は無理だけど、俺は暇があればランニングもかねて辺りを見て回った。

時々、いじめを見かける。

そんなとき、助けに入るのだ。

 

パトロールのようなことをするようになってから気づいたことがある。

それは昔と違い、いじめられる側といじめる側の人間があまり変わらないということだ。

 

今では昔のようなわかりやすい不良なんてほとんどいない。

逆に優等生っぽいやつがいじめをしている。

 

そんないじめをするようなやつを叩きのめすことが、俺にとって空手の恩返しだ。

 

そして、俺はいじめられていた方に、「強さを見せればいじめられなくなる」と伝える。

そんな言葉で、俺のように変われる人は少ないだろう。

でも、一人だけでも「強さ」を身に着けようと思うってくれればそれでいい。

 

そんなある日。

額に傷のある少年が、一人の男を木刀で叩いているところを見つけた。

叩かれている方は必死に「止めてくれ! 悪かった!」と叫んでいるが一向に止めようとしない。

 

俺は割って入って、木刀を持っている男を叩きのめした。

叩かれていた方は俺を見るなり、逃げて行ってしまった。

 

よほど怖かったのだろう。

 

いつものアドバイスが出来なかったことが少し残念だったけど、いじめを止められたことは満足だ。

 

次の日。

ニュースで少年が川で、水死体で見つかったと報道されていた。

 

なんでもその少年はいじめられていて、そのいじめの中で殺された可能性があるとのことだった。

 

俺はその場に居合わせられればと、激しい怒りと虚無感に包まれた。 

 

そして、その少年の額には傷があったのだという。

 

終わり。
















■解説

ニュースで死亡を報じられていたのは、語り部が叩きのめした木刀を持った少年。

少年はいじめられっ子で、以前、語り部に助けてもらった際の「強さを見せればいじめられなくなる」というアドバイスに従って、木刀でいじめっ子に仕返ししようとした。

だが、その場面に語り部が通りかかり、叩きのめされてしまった。

木刀で叩かれていた方が、語り部を見て逃げたしたのは、以前、いじめていたときに叩きのめされたから。

この後、木刀を持っていた方の少年は、いじめっ子の報復に合い、悲しい事件が起こってしまった。

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