第136話 体育会系

大学を卒業後、先輩の紹介で今の会社に就職することができた。

 

この会社は良く言えばアットホーム、悪く言えばブラックだ。

上下関係がものすごく厳しく、先輩の言うことは絶対。

 

俺の同期が飲み会で酔って先輩にタメ口をきいただけで、壮絶なイジメを受けて退職していった。

だから、飲み会の「無礼講」なんて言葉は嘘で、先輩や上司に接待する場所だということは絶対に忘れてはいけない。

この会社に居続けるためには、入社1年目はどんなときでもお酒は飲まないというのが鉄則だ。

 

逆に先輩や上司の言うことをきいていれば、本当に良い職場だ。

ミスをしても、ノルマを達成できなくても、先輩や上司が親身になって助けてくれる。

 

この会社は良い意味でも悪い意味でも団結力が半端ない。

それがこの会社の強みでもあるんだろう。

 

とにかく大変で楽しい1年目は長いようで短かった。

ようやく俺の下に新入社員が入ってくる。

 

これでようやく、打ち上げの飲み会の準備や、社内の清掃、備品の補充など新入社員の仕事から解放される。

 

この1年は大変だったけど、先輩たちに助けてもらった分は、俺も後輩を助けていかないといけない。

この1年で覚えたことは決して少なくない。

それをちゃんと後輩に伝えていこう。

 

逆に言うと、俺も今日から先輩だ。

後輩に舐められないようにしないといけない。

 

その日は、いつもよりも早く出社した。

新入社員の誰よりも早く出社して、気合を入れ直す。

 

新入社員に教えることを整理し直した。

 

よし、最後にトイレに行って万全の状態で新入社員を迎えよう。

 

トイレに向かう途中、廊下で新入社員と会った。

学生の気分が抜けきってないのか、髪は金色だし、ネックレスや腕輪なんかもつけて、いかにもチャラそうなやつだ。

 

そいつは俺をチラリと見ると、頭を下げるどころか顎を上げた。

 

俺の同期でもいたな、こんなやつ。

学生の頃はやんちゃしていて、怖い物知らずというやつだ。

先輩でも上司でも、舐めた口をきいて、結局、入社後3ヶ月で退職していった。

 

ここは先輩の腕の見せ所だ。

こういうことを注意するのも先輩の仕事だろう。 

 

「おい! ここじゃ、先輩に対しての態度はちゃんとしろ!」

「……」

「すれ違うときは、頭を下げて、お疲れ様ですって言え。あと、タメ口も絶対にするな。わかったか? わかったなら、返事しろ」

 

その新入社員は返事をするどころか、俺に対して、舌打ちをしてきた。

本当に舐めたやつだ。

きっと、こいつは3ヶ月……いや、1ヶ月ももたないだろう。

 

そんなとき、俺の上司が出社してきた。

俺は新入社員のお手本を見せるように頭を下げて、こう言った。

 

「おはようございます!」

 

そして、上司は俺たちを見て、こう言った。

 

「おはようございます!」

 

終わり。
















■解説

上司が「おはようございます」と、敬語を使ったということは語り部と話していた男は新入社員ではなく、「上司よりも上の立場」だということがわかる。

つまり、語り部は上司よりも上の立場の人間に対して、舐めた口をきいたことになる。

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