第109話 彼女の犬

僕には好きな女の子がいる。

小学校の頃から10年以上想い続けている。

 

でも声を掛けたりはしない。

遠くから見てるだけで満足だ。

 

あとは彼女の物を収集するくらいだろうか。

例えば、彼女が鼻をかんだティッシュをゴミ箱から拾ったり、彼女の使っている消しゴムやキーホルダーなんかも取ったりしたこともある。

 

僕の一途な想いを考えれば、これくらいは許されるはずだ。

 

でも、僕の中でこの欲望がどんどんと大きくなっていく。

もっと、身近な物がほしい、そう考えていたときだった。

 

ふと、彼女がクラスメイトと週末に飼い犬の狂犬病の予防接種を受けに行くと話していた。

しかも家族総出で。

今は狂犬病が流行っているらしく、飼い犬が心配だと話す彼女の寂しそうな顔は僕の胸を締め付ける。

 

家族総出で出かけるということは、家には誰もいないということだ。

僕はこのチャンスを逃す手はないと考えた。

 

つまり、空き巣……彼女の物を手に入れる絶好のチャンスというとこだ。

 

そして週末、僕はずっと彼女の家の前で張り込みをした。

彼女の言う通り、家族で出ていくのを確認し、家に忍び込む。

 

彼女の家に入った瞬間、何とも言えない幸福感に満たされる。

だが、こんなことをしている場合ではない。

 

さっそく家の中で彼女の部屋を探す。

それはすぐに見つけることができた。

 

彼女の部屋。

そこに入ったという興奮は絶頂にも似た快感だった。

 

しばらくは彼女の部屋の床に寝そべったり、ベッドの上に乗ったりしていた。

しかし、目的を見余ってはいけない。

 

僕はすぐに物色を始めた。

こんなチャンスはもう二度とないだろう。

だからこそ、後悔のないものを持っていく。

 

もちろん、僕は彼女の下着を数枚もっていくことにした。

 

他にも何かないかと色々と漁っていたが、思ったよりも時間が経っていた。

仕方なく、下着だけを持って彼女の家を出る。

 

誰にも見つからないように、慎重に外に出る。

そして、彼女の家の敷地内から出ようとしたときだった。

 

急に足に激痛が走った。

見ると犬が僕の足に噛みついていた。

 

くそ、もう帰ってきたのか!

 

悲鳴を上げそうになったが我慢して、なんとか犬を振りほどいて、僕は逃げ去った。

 

その日の夜。

噛まれた足の傷が熱くて痛い。

 

病院に行こうと考えたが、彼女の家の犬が人を噛んだとなれば、殺処分されてしまうだろう。

それは駄目だ。

彼女が悲しむ顔なんて見たくない。

 

だから僕は我慢することにした。

 

傷の痛みはどんどんと酷くなるが、耐えてみせる。

これが僕の彼女の愛の深さなのだから。

 

終わり。















■解説

彼女の家の犬が戻ってきているのなら、当然、家族も戻ってきていないとおかしい。

つまり、語り部を噛んだ犬は彼女の家の犬ではなく、野良犬。

そして、狂犬病が流行っていることから、その犬も狂犬病にかかっている可能性がある。

この後、語り部は命を落とすことになる。

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