第106話 ライフジャケット

男は大学の夏休みに客船の乗務員のバイトをすることにした。

 

周りからは泳げないくせに、そんなバイトをして大丈夫かとからかわれたが、船が沈没することなんてないと笑い飛ばした。

周りも、確かにその通りかと男を見送った。

 

船は男が思っていたよりも小さく、乗客は15人ほどのものだった。

 

乗務員の仕事は厳しく、男は高額でもこのバイトを選んだことに後悔する。

そして、忙しい毎日が過ぎていく。

 

出発して1週間後。

船は嵐に巻き込まれた。

 

船はかなり古いものだったが、男は沈没するとは思っていなかった。

 

だが、その日の夜。

ライフジャケットを身に着けた男の上司が、大量のライフジャケットを持ってやってきた。

 

この船は沈没する。

そういわれて、男の頭は真っ白になった。

 

だが、そんな男に上司は乗客にライフジャケットを配れと指示される。

 

男は状況に頭がついていっていなかったが、とにかく、ライフジャケットを持って、乗客のところへと回る。

 

しかし、思ったよりもライフジャケットの数が足りない。

男の上司は、足りなくなるかもしれないと青ざめていたが、ライフジャケットはピッタリ、乗客15名分だった。

 

ホッと安堵のため息を吐く、上司と男。

 

それと同時に、船が大きく傾き、船が沈んでいく。

慌てて全員、船外へと飛び出す。

 

その後、ニュースでは乗客15名は全員助かったと報道された。

 

終わり。















■解説

ライフジャケットの数と乗客の人数がピッタリ同じだということは、「男の分」のライフジャケットは無いことになる。

上司に声をかけられたとき、男はライフジャケットをつけていなかった。

また、ニュースでは「乗客15名は全員助かった」とあるが、乗務員も助かったとは言われていない。

つまり、ライフジャケットのない男は助からなかったということになる。

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