閑話

「東中の陸上部は、今の3年生…要はナツ先輩達が入学するまでは、ずっと弱小だったっぽいよ。そのころ部員は男女合わせても10人かそこらで、しかも半分は幽霊。年に1回来るかどうかってレベル。残りも練習には出るけど、大会で結果を残そうだとか、記録を目指して頑張ろうだとか、そういうのはなかったんじゃないかな。だってその頃の成績って全然残ってないじゃん。それを変えたのが今の3年生。中でも、小日向こひなた夏美…ナツ先輩だったんだよ」


「ユリも知ってると思うけど、ナツ先輩って小学校高学年のころ、市内大会の女子100m走で1位を取ったんだよ。だからスカウトされた。先輩も元々陸上部に入るつもりでいたから、即答だったって。同じ小学校のメンバーもついてきて、その年だけで20人くらい入部したんだってよ。大量だね」


「ナツ先輩の活躍は、中学になっても続いたのね。その辺の中学どころか高校まで含めて話題になってて、高校生が大会を見に来たりとかしたらしいよ。今でもそれっぽい人、来てるじゃん。もちろん、ナツ先輩は中学1年の女子100m走で優勝した。その時の写真、職員室前のガラス棚に飾ってあるよ。以来、東中の陸上部には新入部員が集まるようになったのである…てわけ。今? 40人くらいじゃないかな。吹部より多いよね、多分」


*


2週間後の引退試合。誰もがナツ先輩の200m走に期待していた。陸上部の中心は、ナツ先輩だった。アヤ部長でも副部長でもない。私たち2年生も、まだ入学したばかりの1年生も、みんなナツ先輩を追いかけていた。


でも、やっぱり、ナツ先輩は苦しんでいたんじゃないか。そしてそれはきっと、みんな知っていたんだと思う。


だけど先輩なら大丈夫って、やっぱりみんな思っていたんだろう。先輩なら自分の限界を知っていて、その前にやめるはず。本人がやりたいって言ってるんだし、やらせた方がいいよね――山橋だってそう思ってたに違いない。


でも、そうじゃなかった。ナツ先輩はとっくに限界で、それでも走り続けてた。


どうして、そんなに走るんだろう?


体が潰れたことよりも、そこまでして走る理由の方が、その先にある心のほうが、私はずっと心配で、怖くて、わからなかった。。それでも走れるナツ先輩が、私には、わからなかったんだ。

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