6章

明け方近くなってようやく訪れた微睡みも、救急車の音と、部長の泣き声で掻き消えた。


はっとして目が開く。自分の部屋のベッドの上。昨日の光景を夢にみたらしい。ざわめく部員と野次馬。うずくまり、ひとり泣き続ける部長。それを慰める3年生の先輩たち。先生がもう帰るようにと大声で叫ぶ。でも、誰もが騒めき、動かない。


救急車の真っ赤な警光灯の明かりが、道路の向こうまで届いている。道を歩く人もぎょっとした顔でこちらを見ている。そんな時間も場所も綯い交ぜになった光景が、夢になった。


窓から外を見る。雲は厚みを増して、ついに夜半過ぎから降り始めた雨は、夜が明けても勢いを落とす気配はなかった。どこまでも灰色で、切れ目が見えない空を、遠くに見えるスカイツリーが支えているようだった。窓から見える路面には水たまりができて、街灯の白い明かりを反射している。ずいぶん降ったんだ。


結局、一睡もできなかった。もう徹夜でいいと思った。いつもは夜遅くまでやり取りが続くSNSのメッセージも、昨夜は一通も届いていない。私も、送る気になれなかった。


夜通し握りしめていたスマートフォンの時計は、5時47分。起きるには早すぎる時間だが、今更眠る気にもなれない。布団を蹴り上げて起き上がり、スマホをジャージのポケットへ落とす。大げさに音を立てながら部屋の扉を開けると、目の前に洗濯カゴを抱えた母がいた。


「おはよう、ユリ。早いね。」

洗濯カゴには私の替えのジャージとか、弟のパンツとかが詰め込んであって、あふれかえりそうだ。

「ユリ、大丈夫? 今日、朝練やるの?」

それは私が知りたかった。母の元へは特に連絡はなかったようだし、部長も副部長もメッセージ一つ送ってこないところをみると、あの後どうなったのかは多分、誰も知らない。

「…わかんないけど、一応行ってみるよ。」

みんないつも通り練習できるとは思えない。それでも、集まるような気がした。

「そう、これ干したら朝ごはん作るから。ナッちゃん、何事もないといいね。」

母親たちは、先輩をナッちゃんと呼ぶ。子どもっぽいからって先輩は嫌がっていたっけ。


朝早く家を出る母は、この時間に洗濯を済ませてしまう。カゴを持って2階に上がるのを手伝おうかと思ったが、やめた。タオルを取り洗面所へ向かう。冷たい水で乱暴に顔を洗っても、雨の音は消えなかった。


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