呪われた橋

山野エル

呪われた橋

 言葉が地域によって異なる例は枚挙に暇がないが、私のフィールドワークで最もずっこけてしまったのは、某県の山奥の集落を訪れた時のことだ。

 細い山道を、車を走らせて二時間弱。日が落ちかけた頃にようやく集落の入口が見えてきた。早速、車で細い道に進入しようとすると、そばの民家から鬼のような形相で老婆が駆け寄って来た。腰曲がり快速老婆だ。

「ここ呪われてっから、そっちの道行げ!」

「はい?」

 何度聞き返しても、呪われてる、としか返ってこない。あまりにうるさいので、腰曲がり快速老婆の言う通り、脇道に逸れて集落の中を車で進んだ。集落には一軒だけ旅籠があり、そこの主がまた不気味な大男なのだ。

「ここは呪われてるところ多いからねえ」

 そう私を脅してくるのだ。ただの言語学者の私をビビらせてどんな得があるんだと思いながら、翌日から集落の中を見て回った。同じ畑の友人から「あの村は面白いから見てきた方がいい」と進められたわけだが、そこかしこにいる村人がジロジロと私をつけ狙うかのように視線を投げかけてくる。自然豊かだが、自然しかないような場所だ。外の人間に警戒心でもあるのだろう。

 山の尾根に出ると、奇妙な光景が広がっていた。全長五十メートルほどで幅二メートルもないくらいの橋が向こう側の尾根に向けてかかっているのだが、かたつむりもびっくりの近距離に二本の橋が通っているのだ。お互い手を取り合えるような近さだ。

 目を擦っていると、一方の橋の入口に札が立っているのが見える。

≪この橋は呪われています≫

 意味が分からずにそのまま橋を渡ろうとすると、その橋の向こうから鎌を持ったジジイが奇声を上げて迫ってきた。

「ごぉりゃぁ~! 呪われとるちゅうじゃろが~!」

 恐怖で足がすくむ私の前に立ったジジイはもう一方の橋を指さした。そっちには札がない。

「こっちじゃ! あんた行ぐんは!」

 訳も分からぬままジジイに睨まれながら札のない橋を渡る。高いから怖いのではなく、鎌を持ったジジイにじっと見られているのが恐ろしかった。

 橋を渡った記憶がないまま向こうの尾根へ。振り返ると、私が渡って来た橋のそばに札が立っている。

≪この橋は呪われています≫

 呪われてるじゃねーかと思いながら、もう一方の橋を見るとそちらには札がない。


 そこで気付いたのだ。

 ここでは「呪われている」というのが「一方通行」の意味だということに。

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呪われた橋 山野エル @shunt13

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