39話 最終決戦 序

「フフフフフフフフフフフフ」


 笑うと同時に、ピキッという、壊れるような音が出た。イザナミの頬に亀裂が走り、枝分かれして目や鼻の辺りまでとどくと、イザナミの片方の頬が割れ、中身が露になる。

 骸だ。外側にくっついていた顔は仮面だった。


「ああ、恥ずかしい、こんな姿……。せっカく、楽しくお話しできると思ったのに残念です。あなたタチはどうしたら私に従ってクダサるのでショウカ。アア、アア」


 突如、先ほどよりも大きな轟音があたり一帯に響き渡る。地面が波打ち、ユーマはバランスを崩してふらつく。立っているのがやっとなほどの地震だった。



「アアア、アアアア、アハハハハハハハハハハハ!」



 狂気の笑い声、それに呼ばれたように柵の向こうからカサカサと蛆虫が這い出て、イザナミの元へと集まっていく。


「それでだ、ユーマと言ったか。あれと戦うということで良いんだな?」


 イザナミの顔は剥がれ、その中から大量の蛆虫があふれ出る。外からの虫もイザナミの身体にたかりだし、やがて身体を包むほどになった。


「はい。でも、どうしたら倒せるのかはわかりません」

「活路は、ある」


 虫は集まり続け、段々と球体の形に大きく膨らんでいく。とうに人の身長を超え、何倍にもの大きさにまでなっていた。


「倒す方法を知っているんですか?」


 虫が死んだように動きを止め、その場で崩れ落ちる。積みあがった虫の山の中から、骸の姿になったイザナミが露になった。


「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 イザナミの怒号が大地を震わせている。半分だけ人の顔で、残りの半分は骨がむき出しで、身体は全て骸になっていた。人の身体のときより何倍にも巨大で、足はなく宙に浮かび、身体は青白い光を纏っている。


 さらに柵の向こう側には、暗闇の中ユーマたちをねめつけるように見てくる眼が無数に光って見えた。ユーマは背筋が凍る。


「まずはここを離れようか。下層は特にあれの領域内だ、戦うのは分が悪い」


 ユーマの先祖はユーマの手を握った。すると、足が地面を離れ、先祖に引っ張られるように宙へ浮かんだ。


「飛ぶぞ!」


 先祖たちは急激に速度を上げると、風を切って上昇する。ユイも他の先祖に連れられて上へ上へと飛んでいく。一瞬でイザナミの姿が遠のき、小さくなった。


「どうやって空を飛んで――」

「ここは幽世で、私たちは死んでいるからな。宙に浮かぶことくらいできるさ。ただ、イザナミも飛んでくるだろうがね」


「逃がすと思うナヨォオオオオオ!」

 地面から蛇のようにうねりながら、無数の虫の群れがユーマたちを追う。イザナミも並びながら上昇してきた。


「――――痛っ!」

 ユーマの腕に何かが掠った。後ろを見ると、無数の鋭利な刃物がイザナミの身体を沿うように回っている。


「そう簡単には、逃げられないようだな」


 先祖たちは飛んでくる刃物を回避しながら上昇を続ける。二人一組で飛んでいるが、攻撃を避けているうちにバラバラになって飛行している状況だ。他の四人の無事を気にしている暇はなかった。徐々にイザナミとの距離が狭まってきている。そして上空には、壁が迫ってきていた。


「天井が見えてきたな、消去をお願いできるか? 時間はかけられないから、一瞬でよろしく頼む」


「無茶言いますね……でも、やってみます」


 先ほどまで暗くて見えなかったが、幽世の下層、その天井が目の前に迫ってようやく現れた。しかし、スピードを緩めることなく天井に向かって突進する。ユーマは左手に力をこめ、能力の制限に集中する。


 ユイの家を吸収したあたりから、この能力は周りの全てをのみ込むのではなく、接着しているものなら自分の意志で吸収する物体を制限できると気づいた。これも、同じことだ。


 無駄に吸収する範囲を広げすぎず、人が少し余裕をもって通れる程度、それ以上は広げず円柱の形に細長く、かつ速度を落とさないため迅速に。



「ぶつかるぞ!」



 ユーマは左手を伸ばした。ほんの一瞬、左手に激突の衝撃が来るが、それさえも吸収するように天井の岩肌に円形の穴が空き、それが細長く、一直線に長く伸びるように消された。


「よくやった。このまま突っ切る!」


 他の「無角」たちとは別れ、ユーマと先祖は奥に見える光を目指して全速力で真っ暗の通路を直進する。

 この狭さならイザナミが通ることは出来ないだろうが――後ろからは虫の群れが追跡する。風を切る音の中、虫の羽音が確かに近づいてくる。


「追いつかれそうです!」

「わかっている! もうすぐ上層に出るぞ!」


 ついに、細い道を抜け、ユーマは広い場所に出た。少し離れたところで同じように地中を抜けて四人が空中を飛んでいて、その奥には壁に沿うように松明が灯され、下には幽鬼の群れがこちらを見上げているのが見えた。ユーマはここがどこか、すぐに気が付いた。


「ここが上層……? 奥の道にあったあの穴は幽世の入口じゃなかったのか……」

「何を言っているんだ、ここに来るのに洞窟に入っただろう? あそこからすでにこちら側の世界だよ」

 現世と幽世に明確には境界線はなかったのか。扉という名称こそあるが、


「そうだったのか……じゃあ、洞窟の入口が『幻影の扉』――――」

「ユーマ――――!」


 ユーマは振り向く。そこにはエリやミオ、シュン、ソーマがいた。エリが泣きながら笑っているのがはっきり見える。


「ほう、一族か。ここまで来られるとは、今回は優秀だな」

「俺の仲間は頼りになるんです」

「そうらしい、彼女らには幽鬼の対処に当たってもらおう。私たちは、あれを倒すとしようか」


 鳴動とともに岩壁が破壊され、イザナミが姿を現した。ユーマとユイが下層へ移動したあの暗闇の穴からここに来たのだろう。イザナミは崩れた大岩を押しのけて進む。


 空中で浮いて動きを止めていた虫の群れたちが、不意にイザナミの右手に集まっていく。すると虫の群れは細長く伸び、やがて散開すると、イザナミの右手には巨大な矛が握られていた。


「貴様ら、全員皆殺シダァアアアアアア!」


 イザナミは天高く矛を振り上げると、そのまま地面に振り下ろした。凄まじい地響き、地面は裂け、強風とともに亀裂は反対側の壁まで到達する。それで幽鬼たちが吹き飛ばされて空を舞っている。ユーマたちには当たらず、後ろのエリたちがいる位置とも違う方向だった。


「敵味方関係なく攻撃してるぞ……? 無茶苦茶だ」

「理性が消えているな。あれは火が苦手だから」


「幽世にイザナミの苦手な場所があるなんて、天上の神様とやらの仕業ですかね?」

「現世に攻めるのを防ぐためだろうな……まあそんなこと今は良い。イザナミの倒し方だが、青白い光を纏っているのが見えるか?」


 ユーマはうなずく。

「おそらくだがユーマの『物質消去』が効かなかったのは、あれが原因だ。どういったものなのかはわからないが、私たちがかつて戦ったときもイザナミに触れることすらできなかった」


「じゃあ、どうすれば………」

「安心しろ、『精神消去』で青白い光を吸収できた」

「――――!」


「あのときは果たせなかったが……纏う全ての光を消せばイザナミに攻撃が通る、はずだ。ただ、あの光に触れ続けなければならないし、消すには時間がかかる。ユーマたちにはその間、私たちを守ってほしい」


「なかなか難しいですね……わかりました」



 イザナミのいる付近で、ユイと他の先祖たちが戦闘を開始していた。ユーマはイザナミと戦う前にエリのところへ走る。エリたちは向かってくる幽鬼を薙ぎ払っている。


「みんな無事か!」

「ユーマ! いったい何が起きてるの⁉ あの大きい骸骨は何⁉」


 ユーマが声をかけると、エリが透明状態を解き、慌てた様子で言った。

「ごめん、説明している時間はないんだ! あいつは俺たちが倒すから、みんなは幽鬼の処理を頼む!」


「それは良いが、ユーマ」

 シュンが幽鬼を蹴り飛ばしながら言う。


「あれが最後の敵なんだろ? 俺たちの力が必要になったら言ってくれよ」

「私のワープもあと一回は使えますので、あてにしてください」

「私の無効化があれに通用するかはわかりませんが……必要とあれば、いつでも」


「……! ありがとう、頼りにしてるよ」


 その時。周囲の空気がぴりつくのをユーマは感じた。

凸凹の地面が震え出し、重力に反して小石や砂がゆっくりと真上に浮き始めた。見知った顔が、殺気を放ちながらこちらへと近づいてくる。ユーマたちはその人物と対峙する。



「ずいぶんと、滅茶苦茶にやってくれたじゃねぇか、ユーマ」


 地面が大きな音を立てると、抉れたようにいくつもの巨大な岩が宙へ浮かぶ。高度をあげて、優に三十メートルはある位置まで上昇した。その様子を見た周囲の幽鬼たちが巻き込まれないようにユーマたちから離れていく。



「さっきは災難でしたね、ジンさん。身体は大丈夫でしたか?」

「……生意気な小僧だ」

「悪いけど、ジンさんに割く時間はないんだ」

「はっ、ふざけたこと抜かしやがって…………貴様らは俺が磨り潰してやるよ!」


 ジンは容赦なく「重力操作」で、岩にかかる重力をユーマたちの方向に加えた。まるで隕石のようにユーマたち目掛けて飛んでくる。


 ――しかし、ユーマたちと衝突することはなかった。岩が壊れたということではない。突然、上空で微塵も動かなくなった。まるで、時が止まったかのように。

「なんだと…………!」

「やっぱ初見で驚かないやつはいないか」


 シュンの能力のことをジンが知るはずもない。


 ジンは一瞬、狼狽した。

「特超隊の創設者ともあろう人が、戦闘中に隙を見せちゃうなんてね」


 何もないところからの、声。ジンが回避しようとしたときには遅く、ひゅうっと、喉を鳴らしてあっけなくその場で倒れた。幽鬼の指揮をしていたジンが呆気なくやられたのを見て、幽鬼たちがざわめき出す。


「動け、ない……」

透明になっていたエリが姿を現した。


「動けないように切ったからね。そこで眠っていて」

 ジンは気を失った。しかし、そんなことを気にしている余裕はない。


「おい見ろ、幽鬼たちが……」

 シュンの言葉に、ユーマは顔を上げる。周りにいた幽鬼たちは、ユーマたちを攻撃してくることなく目的を失ったようにうろうろと彷徨っていた。


「もしかして、指揮官がいなくなったから……?」

「そのようですね。私たちにとっては好都合、残るはあの骸骨とその支配内の幽鬼ですね」


「あの骸骨、ユーマの能力で倒すことはできないのか?」シュンが訊く。


「あの青白いオーラを『精神消去』で消さなきゃ倒すことができないみたいなんだ。みんなにはユイたちを邪魔してくる幽鬼を抑えていて欲しい」


 ユイたちが「精神消去」を使うのを、イザナミが黙って見ているはずもない。ユイたちが攻撃されないように幽鬼とイザナミの対処する必要があった。


「ねえ、ユーマ」

 エリが何か思いついたように言う。



「そういうことなら、作戦を一つ思いついたのだけど――――――」

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