36話 絶望
「こんなところで、何をしているんですか………………ジンさん」
ジンは顎髭を撫で、自分がここにいることはさも当然のような顔をしている。
「私は幽鬼だ。ツノを折って超常人としてこの町に紛れていたんだ。だましていたのは悪かったと思っているが、この世はこんなものだ。どれだけ信用していたモノでも、簡単に崩れ去ってしまう」
淡々と真実を話していくジンは、愉快に笑みを浮かべていた。
「それにしても、ユーマが『無角』とは、ね。五芒星があるからそうだろうとは思っていたが、事前に聞いた話では『無角』は女性と聞いていたんだよ」
五芒星のことまで漏れていたとは。ユーマは空気がひりつくのを感じる。
動揺を隠すように、エリは険しい顔で言った。
「多少の確信があったなら……どうしてユーマを襲わなかったの。タイミングはいくらでもあったでしょう」
「ああ? もしかして『無角』を喰らえば生き返るって話か? あれは知能の低い幽鬼を動かすための、ただの出まかせだよ。だがそれ以前に、今回はわが主からの命令でね、『無角』は殺さずに連れてこいと言われている」
シュンとソーマが前に出て、ユーマとユイを守るように身構える。ジンは滑稽なものを見ているかのように、にやけた。
「まさか、私一人だけだと思っているんじゃないだろうな?」
ジンが右手を上げる。
「……そういうことかよ」シュンは歯をくいしばる。
ゆっくりと、ドームの天井から数百の幽鬼が顔を覗かせると、地面に降り立った。視界には数多くの幽鬼、その様子は絶望を表現していた。「重力操作」で幽鬼だけを浮かせていたのだろう、ジンが不気味に笑っている。
「もちろん、これが全てではない。『幽世』は妖怪魔物の巣窟だ、たとえユーマの能力が強力だとしても……誰一人死なずにいられるかな?」
ユーマは拳を握りしめる。能力で幽鬼を全て吸収してしまうことは、できるかもしれない。ただ、数百という数、そして触れずに吸収するのは時間がかかることを考えると、多勢に無勢、六人が生き残るという可能性はきっと低いのだろう。
「ユーマ、君は仲間を犠牲にはできない人間だろう?」
「はっ……」ユーマは両手を挙げた。
「わかった、ジンさ……お前が、これ以上みんなに手を出してこないというなら、言う通りにしよう」
「ああ、約束しようじゃないか。ここにいる幽鬼は全て主から借り受け、今は私の命令に従うようになっている。勝手に攻撃してしまうこともないから、安心しろ」
シュンが振り返る。
「ふざけんなよ、ユーマ。『幽世』へ行かないと封印は出来ないが、あいつと行ってそれが達成できると思うか?」
「そうだよ、私たちのことなんて気にしなくて良い。二人のためなら、死んだって――――」
エリの言葉をユーマは手で制する。
「みんなを死なせないのは『幻影の扉』を閉じるのと同じくらい大事なことだ。それに、今戦って勝てる保障はないし、扉を閉じれるわけじゃない。向こうが一枚上手だったのも事実で、それなら従うしかないだろ?」
「っだから――」
すると、ユイがくすっと笑った。
「私はユーマの方に賛成、さすがに六人でこいつらと戦ってる余裕はないでしょ」
ユーマとユイはジンを見据えるように、四人の前に立った。
ジンが右手を上げると、幽鬼たちが左右に開くように動き、一本の道がつくられる。一斉に幽鬼がねめつけるような目つきで、二人を見る。
「ソーマ」ユイが言う。
「もし、危ない状況になったら、ワープで逃げて良いからね。みんなを頼んだよ」
「…………お気をつけて」
ユーマとユイは歩き出す。左右からの高圧的な視線が突き刺さるが、二人は毅然とした態度で進む。
「ユーマっ!」
ユーマは振り返る。エリ――だけじゃない、シュンやミオですら、絶望した表情を浮かべていた。
だから、ユーマは笑顔をつくった。
「すぐ帰ってくるから、ちょっと待っていてくれ」
ユーマとユイがジンのもとへたどり着き、三人だけが奥へと進んでいく。もう、振り返ることはできなかった。
道を進んでからそう遠くはないところでジンは立ち止まった。
目の前には、洞窟の大きさほどの、濁った暗闇の色をした大きな穴が現れていた。気を抜いたら吸い込まれそうな感じがする。ここが「幻影の扉」なのだろうかと、ユーマは思った。
「そこに入れ」
ジンが脇に寄り、命令してきた。
ユーマは深呼吸すると、その幽世への入口を見据える。そしてユイの手を握りしめると、闇に浸食されていくように入って行った。
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