35話 全速前進
幽鬼と特超隊の攻防が続く戦場に、一本の砂煙が巻き起こる。それは全速力で森に向かって進んでいた。
多くの幽鬼が異変を察知してそちらの方を見るが、やがて桃の香りが幽鬼を刺激すると明らかに嫌な顔をして、その一行から避けるように幽鬼の大群が動き始めた。幽鬼は総じて知能が低く、本能のままに動いているようだった。
仙樹からつくられたローブが絶大な効果を発揮していて、ユーマたちは大きな障害もなく突き進むことができていた。視界にはすでに森が映っている。
「行かせるかよぉ!」
森への侵入は防ぎたいのか、幽鬼が立ちふさがる。攻撃にユーマも身構えた。
しかし。
「お二人は戦わず、進んでください」
ユーマの背後からソーマとシュンが飛び出すと、襲ってきた幽鬼に叫び声を上げさせる暇さえ与えず、一瞬のうちに気絶させた。
「二人は能力なしでも強いね」
「この日のために、日々鍛錬してきましたから。この程度なら造作もありません」
「心強いね」
すると、後ろからエリの声がした。
「総員、陣形を整えてください!」
その指示とともに、一族の人たちがユーマとユイを囲むように走り始める。
流石というべきなのだろうか、とユーマは走りながら考える。一族の人たちは、立ち向かってくる幽鬼をユーマとユイの足を止めさせることなく倒していく。慣れた動きで無駄なく敵を屠っていく。森の付近にきて、こちらに犠牲者は出ていない。
「洞窟までは問題なく行けそうだね!」
ユーマの言葉に、ユイは相槌を打つ。
「うん。特超隊の人たちが応戦してくれているおかげもあって、私たちに向かってくる戦力が少ないから助かってる状況ね」
そのとき、一族の一人が叫んだ。
「誰かがこちらに急接近してきます!」
ユーマとユイがそっちを見ると、人の影が勢いよくこちらに迫ってきているのが視認できた。近づいてくると、それが何者かすぐにユーマは気が付いた。
「ハヤトさん!」
ユーマの声に反応したように、ハヤトは速度を緩めて、一族の人たちを押しのけてユーマの前で止まる。
「ユーマじゃねえか。こいつら誰だ、夢幻町の人間じゃないよな」
ハヤトは一族の人たちを怪しむように見る。どうやら敵だと思って突っ込んで来たらしい。ここで立ち止まっているわけには行かず、ユーマはそのまま走り続ける。ハヤトも歩調を合わせて走る。
「俺ら幽鬼の進行を止めるために森に向かっているんです。この人たちは味方です」
「……今はこいつらのことは見逃しておいとくが、ユーマ。そういうことなら、手を貸そうか」
心強いとユーマは思ったが、後ろからミオが出てきた。
「いえ、ハヤトさんはここで幽鬼の処理をお願いしたいです」
「ミオ。お前もこいつらとグルか」
「すみません、ハヤトさん。今は説明している時間はないです。ハヤトさんは町の防衛をお願いします。町を守れなかったら進行を止めても意味がありません。ハヤトさんにしか、頼めないことです」
ハヤトは黙って、考え込むように眉をひそめる。
「――わかった。ここは任せておけ。だけどな、お前ら死ぬんじゃねぇぞ」
「はい、約束します」
ミオは微笑む。
ハヤトはニヤッと笑うと、怒涛の如く飛び出していった。
「さあ、急ぎましょう」
ミオの言葉にユーマはうなずいた。
ユーマの前にいたシュンが明かりを灯す。いつの間にか、森が間近にせまって堤防からも遠くなり、薄暗くなってきていた。
ユーマとユイは森に入る。森の中は暗闇で、木々の間に多くの幽鬼がゆらめくのがうっすらと見える。
「ケンタ! 『反発』お願い!」
エリが声を上げると、空中を飛んでいたケンタが降りて先頭に立つ。そして、幽鬼に向けて構えた。
「吹っ飛べ!」
ケンタの能力である「反発」が発動し、ケンタの前方にあった木々が激しい音を立てて根こそぎ倒れていくとともに、幽鬼が強い衝撃を受けて後ろに飛ばされる。地面が抉られて、一本の道ができた。
「進め――――――っ!」
ユーマたちはその道を突き進む。仙樹のローブの効果で、逃げ惑う幽鬼と、それでも立ち向かう幽鬼が入り乱れて、戦場は混乱している。
しかし、それにしても立ちふさがる幽鬼の数が多かった。さらに洞窟に近づくにつれて、幽鬼の動きが単調ではなくなってきていた。そのせいで、これまでは幽鬼が能力を発動させる前に倒して処理をしていたが、それが間に合わなくなってくる。
それでも、洞窟を目視できるところまで来た。
その瞬間、視界が黒い霧で覆われた。
「なっ――」
周りを見渡す。霧によって一瞬のうちにみんなを見失う。幽鬼の能力だと気づく。
ユーマはすぐさま左手で霧に触れた。五芒星に黒い霧が吸い込まれ、再び視界が晴れる。
他のみんなもいることを一瞥して確認する。しかし、この一瞬の隙が生まれたことによって幽鬼に流れが傾いてしまっていた。
どこからか叫び声が聞こえる。振り向くと、一族の人が幽鬼に襲われていた。その直後に別のところからの叫び声が重なる。何重にも重なっていく。爆発音が近くで鳴り、一族の人たちが空へ飛ばされる。
「態勢を立て直すんだ!」
誰かの声がした。でも、すぐにかき消されてしまう。ユイたちも応戦しているのが見えるが、段々と陣形が崩れてみんなが散り散りになる。ユーマの目の前にも幽鬼が立ちふさがっていた。
どうにかしなければと、ユーマは左手を地面に押し当てる。
「このまま死んでたまるかよ!」
地面がユーマの左手に吸い込まれるように横にゆっくりと動き出す。
無理に引っ張られたことで、大きい音を立てると地面が裂け、隆起し、割れる。幽鬼たちは地震にあったようにバランスを崩して倒れこむ。
幽鬼の攻撃の手が、一瞬止まった。
「ユーマ!」
ユイが幽鬼を気絶させながら、ユーマのところに向かってくる。ユイは手を差し伸べると、ユーマはその手を握った。幽鬼が襲いかかってくる。
「くそっ! 前に進めない!」
しかし直後、その数人の幽鬼が断末魔の叫びを上げてばたばたと倒れた。透明になっていたエリが姿を現す。両手には小型のナイフ。今までに見たことのない、厳しい表情をしていた。
「総員! ユーマとユイを守り通すことだけを考えなさい!」
鋭く、通った声は響き渡る。その言葉で一族たちは立ち上がった。ユーマとユイの周りにいる幽鬼を薙ぎ払い、二人への攻撃を防ぐ。
「ユーマ、早く!」
エリとケンタが先陣を切ってユーマとユイの前を走る。ソーマ、シュン、ミオも少し離れたところにいるが、援護しようとこちらに走ってきている。
――悲鳴が聞こえた。二人を守るために、一族の人たちが血を流して倒れていく。
ユーマは歯を食いしばった。それでも進む。洞窟に行って「幻影の扉」を閉じることが、この状況を覆すことができる唯一の手段だった。
洞窟からは新しい幽鬼が出てくる気配がなく、森にいる幽鬼が全てのようだった。しかし、その幽鬼たちは洞窟に入れまいと押し寄せてくる。その姿は狂気じみていた。
一人、また一人と息を止める。もう洞窟は見えている。それなのに、思うように前進できない。
もう一手。状況を打開するには、まだ足りないとユーマは感じていた。しかし、良い案は思い浮かばず、ただひたすらに能力を奮う。少しでも気を緩ませれば、途端に幽鬼が身体の自由を奪ってくる気がした。
「兄さん」
ケンタが、足を止めた。
「ケンタ何してんだ! 止まるな!」
ケンタは振り返らなかった。
「ここは俺に任せて。必ず『幻影の扉』を閉じて…また会おう」
「何言って――――」
その瞬間、反発板がユーマの足元に来ると、ユーマの身体を宙に飛ばした。
「――――!」
ユーマは空中で一回転すると、受け身を取って着地する。その直後に、ユイ、エリ、ミオ、シュン、ソーマが後を追ってユーマと同じようにこっちに飛ばされてきた。
飛ばされた場所は洞窟の入口だった。数メートル先にいた幽鬼たちが一斉にこちらをにらみ、襲って来ようとした――
しかしその直後、幽鬼たちは吹っ飛ばされて四散する。幽鬼が倒れていく奥に、ケンタの姿があった。一人、幽鬼に囲まれている。
「――――ケンタあああああああ!」
ケンタの方に走り出そうとしたユーマを、ユイが必死に手をつかんで止める。
「ケンタが自分の身を賭してまで私たちをここまで飛ばしてくれたんだよ! 戻っちゃだめ!」
「じゃあ、見捨てろっていうのかよ!」
ミオが、冷静に言う。
「この状況からして私たち以外にここまでたどり着ける人はもういないでしょう。ユーマさん、使命を忘れないでください」
「戻っても助けられるわけじゃない」シュンが言う。
「っでも――」
ユーマは言葉に詰まった。エリとミオが、苦しそうに顔を歪めていた。
「進もう」ユイが力強く言った。
「私たちにはもう、それしかできない」
「…………わかった」
ミオが、ソーマに向かって目で合図をした。ソーマが外の方を向き、小型のナイフで指を刺し、少量の血を地面に垂らす。そして、手を前に出した。
「能力、始動」
徐々に空間にヒビが入り始めた。そのヒビは仙樹のところで見たときよりも大きく伸びていき、洞窟の入口くらいの大きさになる。
電撃のような青い線が円状に広がり、暗闇が洞窟の入口を塞いだ。ケンタの姿が見えなくなる。幽鬼が外から洞窟に入ってくるのを防ぐための策だろうと、ユーマは気づいた。
ユーマたち六人は洞窟のなかを全力疾走で進む。真っ暗闇の中、懐中電灯の明かりだけが頼りだった。
洞窟の中に、幽鬼の気配はない。それが、不気味で仕方なかった。
「あれ……光が……」
ユイの言葉に、ユーマは顔を上げる。暗闇が続く道の先に、薄明るく光が差し込んでいた。
「関係ない。急ごう」
長く続いた道が終わり、ユーマたちは広い場所に出た。
その場所は、ドーム状の形をしていて、外周の壁には等間隔で松明が並んでいた。明かりが届かないせいで天井は見えず、どのくらいの高さなのかはわからない。
ユーマは洞窟の奥へと続く道がこのドームの反対側にあるのを見つけた。おそらく、「幻影の扉」に続く、その道を。
そしてその道を塞ぐように、人の姿があることも同時に視認した。
「なんで――――」
その風貌にユーマたちは言葉を失い、思わず立ち止まった。馴染みのある顔だった。
「六人、か。まったく、『無角』の二人以外はここに来ないように妨害しろと命じたはずなんだが…………所詮は知能のない幽鬼といったところか」
事実を受け入れたくないというように、ミオが身体を震わせている。こんな姿を見たのは初めてだった。
「こんなところで、何をしているんですか………………ジンさん」
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