34話 抗おうか
特超隊と幽鬼との衝突が起こったのは一時間前。
現在は、夢幻町の人々が建設した堤防付近が戦いの最前線となっていた。日は落ち、堤防から森へ向けて広く照らされた明かりだけが、大量の数の幽鬼の姿を捉えていた。
「――放て!」
レーザー、炎熱、電撃、氷結――各々がもつ能力が堤防の上から大量の幽鬼に向けて、合図と同時に一斉に発射される。大きな破壊音をたて、横へ長く帯状に砂煙が舞う。幽鬼の叫び声が微かに響き、消えていく。
堤防のおかげで幽鬼の動きを止めることに成功し、特超隊は獣のように突っ込んでくる幽鬼に対して遠隔攻撃で対抗することで優勢を保ちつつ、ギリギリの攻防を続けている。しかし、こちらは疲弊していく一方で、それに対して幽鬼はどれだけ倒しても森から湧いてくる。
特超隊は戦い慣れているとはいえ、戦争のような大規模な戦いは経験したことがなく上手く連携が取れていない。堤防を突破されるのも時間の問題だった。
防御系の能力を持つ超常人は幽鬼からの攻撃を守って堤防を破壊させないようにして、近接攻撃や攻撃系の能力を持たない超常人は後方支援や、飛翔の能力など堤防を単独で乗り越えてくる幽鬼の対処に追われていた。大群相手に、白兵戦を挑むのは危険で無謀だからだ。
ただ、一人を除いては。
彼が通った場所は竜巻が通り過ぎた跡のように、地面がえぐられ、周りには気絶して倒れた幽鬼が散乱している。一つ、また一つと狂風が巻き上がり幽鬼が吹っ飛ばされる。
しかし幽鬼は、普通の人間とは違い、様子がおかしかった。血も汗も流さず攻撃してくる。吹っ飛ばせば叫び声を上げるから痛みは感じているんだろうが、まるで死ぬのが怖くないみたいだった。
「邪魔くせぇ!」
ハヤトは風の動きを操り、向かってくる幽鬼を手あたりしだい吹き払う。それでも数が減っている様子はない。
軽くいなす程度では倒れず、気絶させない限り立ち向かってくる。血も流れなければ息が上がっている様子もない。
幽鬼から言葉は返ってこず、笑いながら殺そうとしてくる。
「狂ってやがる」
ハヤトは軽く舌打ちをすると、足に力をこめると後方へ宙返りするように飛び上がり、堤防の上に着地した。
「ハヤトさん! これ以上の単独行動は危険すぎます!」
堤防の上で特超隊の指揮を執っていた隊員の一人が心配そうに声をかける。
「なーに言ってんだ。相手がモブってのは気に入らねえが、こんな楽しい状況を指くわえて待ってるなんてこと、俺にはできねぇよ」
戦闘狂のハヤトは愉快に笑う。
「しかし……!」
「俺のことはもう良い。そんなことよりも、ジンはまだ見つからねぇのか」
隊員は出そうとした言葉を飲み込む。
「……はい、いろんな隊員から話は聞いているのですが……今朝からジンさんを見たという情報がありません」
「……チッ、あいつどこ行きやがった。こういう戦いを指揮するのは得意だろうが……」
ハヤトは小さな声でぼやく。
ジンの居場所を探している暇はない。こうしている間にも、幽鬼の勢力は進軍している。
「ゲンジの爺が言うには、時間稼ぎしていればこの大群はどうにかなるらしいから、お前らはもう少しだけ踏ん張ってくれ。俺はもうひと暴れしてくる」
それだけ言うと、ハヤトはもう一度足に力をこめ、幽鬼の大群に飛び込んでいった。
――怒号。叫び声。爆発音。様々な音が響き渡る。ユーマが仙樹の場所に戻ってきたとき、すでに戦闘は激化していた。
堤防そのものは明るく照らされ、仙樹からも特超隊の人が動いているのがわかる。そして、堤防から等間隔に森へのびるように平原を照らしている。夜の時間帯に攻めてこられた場合に対応するためにあらかじめ堤防に取り付けられた照明が役に立っていた。
「ユーマ……!」
夢幻町の様子に唖然としていると、泣き顔のエリが飛び込んできた。ユーマはユイを背負っていたので、そのまま身体で受け止める。少し、よろめいた。
「ごめん、エリにはまた心配をかけた」
「ううん、ミオさんから話は聞いたから、それは良いの。それよりも『幻影の扉』が……!」
森の付近は薄暗いので見えづらいが、大量の幽鬼が続々と堤防に向けて進んでいるのがわかる。普段ならありえない光景だった。
「ついに、開いたんだね……」
いつか来ることだとわかってはいたが、いざ目の前にすると怖気が全身を襲ってくる。
「すまんな。俺が予測を見誤ってしまった」
いつのまにかゲンジがとなりに来ていた。
「大丈夫ですよ。ただの勘だったわけですから……」
それでも、このタイミングなのは予想外だった。心の準備などさせてはくれない、意地の悪い現実だ。
「平気じゃ……ないよね」
エリが見つめる。ユーマは自分の顔が強張っていることに気づいた。
「そうだね。震えが止まらない」
あの悍ましい幽鬼の中に飛び込まなければならないなんて、どうしても怖気づいてしまう。
エリが、さらに強く抱きしめた。
「大丈夫。いつも言ってるでしょう? ユーマは一人なんかじゃない」
そのとき、後ろからケンタの声が聞こえた。
「兄さん!」
後ろを振り向く。そこには、見慣れない光景があった。ミオやソーマ、ケンタだけではなく、胸元に徽章のついた白妙のローブをなびかせ数十名の超常人が厳粛に並んでいた。
よく見ると、集団の右半分と左半分で胸元の徽章が違う。ミオやソーマもその同じローブを上から着ようとしているところだった。
「この人たちは……」
「私とミオさんの両方の一族の人たちよ。最終決戦だからね、一族総出で必ず『幻影の扉』までの道を切り開くわ」
エリの言葉と同時に一斉に片膝をつき、ユーマに敬意を表す。なんだか落ち着かない気分になって、ユーマはどぎまぎする。
すると、ユーマの背中でうめき声が聞こえた。ユイが目を覚ましたらしかった。
「ユイ、大丈夫か?」
「ユーマ……うん、おはよ……ありがとう、おぶってもらって……」
ユーマの背中からゆっくりおりると、目をこすりながらつぶやく。そして顔をあげると、目の前の一族が勢ぞろいしている光景を見て、一瞬身体を固まらせた。
「ユイ、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」
先ほどの寝ぼけた様子はなくなり、ユイは勢いよく後ろを振り返った。ユイの目には特超隊と幽鬼が戦っている様子が映っているだろう。驚いて目を丸くしている。
「……『幻影の扉』が開いたってこと、だよね」
思ったよりも声は冷静だった。ユーマはゆっくりとうなずく。すると、ユイは口元をほころばせた。
「あはは、ゲンジさんの予想、大外れだね」
「む、悪かったとは思っているが……」
ユイの冷やかしにゲンジはしかめ面になる。小さくため息をつくと、優しい声で言う。
「人をからかうくらいには元気そうだな、ユイ君。身体に大事はないか?」
「心配無用だよ、ゲンジさん」
ユイはユーマに視線を送る。
「私はもう諦めたりしないから、ね」
ユイの言葉にユーマは嬉しさがこみ上げ、微笑んだ。
「一族のみんなの様子を見るに、もう準備は万端って感じかな? 私とユーマが着るローブはある?」
「ああ、あるよ」
一族の集団のなかから一人、二着のローブを抱えてユイの前に出てエリの横に立った。スーツ姿ではなかったが、そのいで立ちですぐ気づいた。
「シュン!」
「よう、ユーマ。そのなんだ、前よりも精悍な顔つきになったな」
「うん。俺も少しは成長できたみたい」
シュンは顔を悲しげに曇らせる。
「……もう、覚悟はできているみたいだな」
ユーマはうなずく。
「そう、か」
シュンは少し顔を強張らせながら、ローブをユーマとユイに手渡した。想像よりもずっしりと重みが手にのった。かすかに、桃の香りが鼻腔をくすぐる。
「このローブは仙樹からつくられていて、幽鬼からある程度身を守ることができるんだ。これを着て『幻影の扉』へ向かう」
ユーマは仙樹を見上げる。この樹がここにきて役に立つとは、と感心する。
「行き方は? ソーマさんのワープであの洞窟までひとっ飛び?」
すると、ソーマは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「それが出来ていればもっと簡単だったのですが……何度か森を抜けてワープ先を作ったのですが全て幽鬼につぶされてしまって……。ですので『幻影の扉』に直接行くことは出来ません」
ソーマのワープは突然出現させるものではなく、ワープの場所ごとにセーブポイントを地面に設置することで発動させる能力であるため、そのポイントを壊されてしまっていた。
「そううまく事は運ばないってことだな」とシュンが言う。
「そうだね。でも、このローブもあるし、何より……今はみんながいる」
ユーマはローブを羽織る。表情は真剣なものに変わっていた。
「ユーマ」
ユイが左手を差し伸べてきた。ユーマはしっかりとその手を握る。
改めて、ユーマは顔をあげてみんなを見た。一族の人たち、エリ、シュン、ゲンジ、ミオ、ソーマ、ケンタ、そしてユイ。『幻影の扉』までには幽鬼がひしめきあっていて、あの場所まで行くのですら厳しい戦いが強いられるのだろう。でも、こんなに頼もしい人たちはいない、とユーマは思う。みんなとなら必ずたどり着ける自信が芽生えていた。
ユーマはユイの手を強く握りしめる。
「これから、『幻影の扉』を閉じに行く。でも、それは二人だけじゃ出来ないことだ。だからみんな、俺とユイに力を貸してほしい!」
いつの間にか身体の震えは止まっていた。ユーマは不敵に笑う。
「さあ、理不尽に抗おうか」
上がった雄叫びが夢幻町に響き渡る。ユーマとユイは森の方へ身体を向けると、勢いよく飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます