27話 兄と弟

 ケンタの暴動により、夢幻町に甚大な被害が出た。いくつもの建物が全壊し、修理して元の形に戻るには数ヶ月かかるとされた。そして、被害に遭った住人の方は幸いにも死者は出なかったが、負傷者は数十人に及んだ。建物を修復する費用は政府との交渉によってどれくらいの負担になるか決まるそうだ。


 ここまで大きな被害は夢幻町では初めてだ、とゲンジが失笑していた。


 ケンタがこの後どうなるのか。当然これだけの被害を出して、そのままで済むはずもなく、ジンを含めた仕事のチーム代表者が集う会議で、どういった判決にするか決めているところだ。ジンが説得して、罪を軽くしてやると豪語していたので、安心はしている。


 しかし、三日経っても判決は出ていない。




 ユーマは研究所へ続く坂道をのんびりと一人歩いていた。街灯もないこの道は、懐中電灯を点けていないと危ないほどに真っ暗で道が見えなかった。


 ふと、後ろを振り返った。建設中の建物がいくつも並んでいるのが見える。町は復興へと向かっていることを実感した。


 その一方で堤防の建設が止まってしまっているのが心配だ。


 坂道を登り、研究施設の中へ入って行く。懐中電灯で暗い一本道を照らしつつ、何かを探すように周りを見渡しながらゆっくりと歩いていた。そして、右の壁に扉があるのを見つける。ポケットからこの扉の鍵を取り出した。



 ――どうしてこんなことをしているのか。全ては、ユーマのわがままから始まった。ミオに「ケンタと会って話がしたい」と言い、今どこにいるのか教えて欲しいと頼んだのだ。


 ミオはすぐさま了承してくれ、この扉から階段を降りたところにケンタがいると教えてくれた。そこは判決を待つ人が収容される牢屋だ。

 鍵はエリがジンの部屋から無断で借用してきてくれたのだった。



 扉の鍵を開け、古びた階段を降りる。一歩降りるだけで音が大きく響いた。誰かくるとケンタは気づいたに違いない。


 ケンタがいた牢屋はまるでドラマで見るような場所だった。黒くて太い檻に閉ざされ、トイレにベッド、それに簡易机が一つあるだけだ。ケンタは三日前に見たのと同じ服装をしていた。


「兄さん、どうしてこんなところに」


 突然のことにかなり驚いているようだった。


「ケンタと話がしたくて。皆に内緒で来た」


 牢屋前にある小さなスペース横の壁に寄りかかり、その場に座った。


「話って……」


「エリから色々聞いたよ。逃げていた時も凄い暴れようだったらしいね」


 エリはシュンに会ってケンタのことを聞いていたそうだ。日本各地で能力を使って暴れ回っていたことを、昨日エリから聞いた。話せずにいてごめん、と謝っていた。


「ジンさんが言ってた。この町の超常人を負傷させるだけじゃなく、研究員を含め、人間達にもケガを負わせたせいで罪は通常より重くなるかもしれないって」


「あの時は人間が憎かった」


 ギリッ、と歯を食いしばる音が聞こえた。


「前に言ったでしょ。俺は小学校でいじめられていた」


「ああ」うなずく。


「言っていたな」


「ただでさえ人を信用していなかった頃に、俺は超常人になった。人間から来る冷たい視線。どこに行っても穢れた物でも見ているような目を向けられたんだ。俺はずっと、ずっと……」


 布団を叩く音が聞こえる。ユーマは黙って聞いていた。何度も何度もその音を、じっと。


 ケンタはどこにでもいる普通の小学生だった。それが、いつの間にかクラスメイトからいじめられ、勝手に超常人にさせられたかと思うと、無視していた人々さえ自分に敵意を向けてくる。


 唯一、対抗出来るものとすれば、奇しくも手に入った人間を傷つけられる力。


 ケンタはずっと一人だった。


「だから暴れていたと」


「こんなに俺を一人にさせる世界なら、俺が世界を変えてやるって思っただけだ。そしてそれが、俺自身の存在意義なんだ」


 存在意義、その言葉が心に刺さった。


「でも、この町に来て同じ超常人の皆に出会った。これで同じように考えている人が、仲間がやっと出来ると少し期待していたんだ。それなのに……全く逆だった」


 ジンもハヤトも、それにユーマでさえもケンタの味方になることはなく、今までの信念を全否定した。そしてその信念を否定することはケンタの存在意義を否定しているのと等しかった。 


 仲間だと思っていた人が、敵だった。一人ぼっちに逆戻りだ。


「ねえ、兄さん」

 ケンタは勢いよく立ち上がる。


「俺は間違っていたのかな? 俺は、俺は生きていい存在なのかな」


 魂を絞り出すように呻く悲しげな叫び声だった。ユーマの頭の中で不快な音が響いた。ケンタを見上げると、眼に哀愁がこもっている。


 ケンタは孤独が辛く、寂しかったのだ。外面だけで平気そうに取り繕って、心の中では嘆いていた。助けを待っていた。それなのに何も知らずにのうのうと暮らしていたのだ。罪悪感が広がる。




 しかし、ユーマの口からは別の言葉が出た。


「言いたいことは、それだけか」


「え?」


 ユーマの反応に、ケンタは目を丸くした。そして、戸惑いながらも頷いた。


「ケンタは間違ってなんかいないさ。少なくとも夢幻町に住んでいる人達は、皆ケンタと同じ思いだよ。ハヤトさんなんか、いつ人間に食い付いてもおかしくないぜ」


 今まで差別され続けて、ハヤトも人間が憎くないわけがなかった。


「でも、それならどうしてあの時、皆で俺を否定したんだよ」


 ケンタはベッドの上に座る。ユーマは微笑んでいた。


「ハヤトさんが言ってたろ。何も知らないのも何も見えていないのもケンタの方だって。ジンさんも言っていたように、人間と戦争したら、人間と同じことをしているだけなんだよ。終わらない戦いを続けたって、何も生まれやしない。だから今はまだこんな狭いところで暮らしているんだ。いつの日か人間が差別しなくなる日を待っているんだよ」


 それなのに、ケンタのように復讐に力を使ってしまっては、超常人が穢人へと変わったあの事件のように、ただ人間に恐怖の念を植え付けてしまうだけで、夢幻町の人達が目指す未来から離れていくのだ。


「でも、結局それはさ。俺の今までの行動を否定しているってことだろ。自分自身の手で世界を変えるっていう俺の信念を否定しているってことだろ?」



 俺の生きる目的を否定しているってことだろ?



 生きる目的を、意味を失った人はこんなにも焦点を失ったような空虚な眼差しをしているのかと、ユーマは顔を歪ませた。


 どうすればいいんだ、と頭を抱えて悩んでいたその時、ユーマはあることを思いた。


 ところがすぐに思い直す。

 エリやミオが他の隊員に話していないことは、あまり無関係な人には話さない方がいいのだろう。


 ――いや。ケンタはユーマの弟で、ユイとは幼馴染みだ。決して無関係などではない。


 話すべきだ、と決心した。

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