26話 人と違うということ

「この町は俺の第二の故郷、そしてこの人達は仲間だ。それを傷つけるようなやつの味方になる気はない。それが例え弟だとしても、だ」


 ユーマはケンタに真剣なまなざしを向ける。ケンタは再びあの獲物のような鋭い目つきに戻っていた。


「どうして……この町に住むやつらは全員そうなんだよ。なんでこのせまい世界で生きようとするんだ。お前らは見て見ぬふりして、ただ隠しているだけなんだ」


 ケンタの言葉は止まらない。


「俺は数か月間、いろんな場所を見て回ったよ。ひどいもんだ、人間のせいで何人超常人が死んだ? それを悪いと思った人間は何人いた?」


 ケンタは半分笑いかけながら訴えた。皆が俯き、アリスは微笑みながら聞いていると、いきなり地響きが起き、丘に突風が吹き荒れた。


 ケンタが、と思ったが、ケンタも同じように驚いていた。ハヤトのようだ。いつのまにか地面に胡座をかき、拳を地面に叩きつけていたのだ。地面がえぐれている。


「つまんない話をしてんじゃねえよ。そんなこと、ここに住むやつは百も承知のことだ。それでも俺達はこんな隅で生きている。何も知らないのも何も見えていないのもお前の方だ。勘違いするな」


「知っているのに、どうして戦わないんだよ」

「抵抗して、どうする」

 ハヤトは腕を組み、問いかける。


「確かに超常人全員が反乱を起こしていた時期もあった。でもその後どうする? 日本中を敵にして、独立国家でも作るのか? 反抗してくる者全てに牙をむいて生きて行くのか。そんなことしたら、今までの人間が私達にしてきたことと変わらないんじゃねえか。人間の醜い部分を真似して良いわけがない」



 ケンタは顔を歪ませる。明らかに動揺しているのが目に見える。今まで確固とした信念のもと暴れて来たのに、その信念が否定され、壊され始めているのだ。ケンタが掲げて来た使命が、思いが、揺らいでいる。


 すると、クスクスと後ろにいたアリスが笑い出した。


「私という人間がいるのに、あなた達はひどいことを言いますね。傷ついてしまいますよ」


「嘘つけ。あんたは人間の中でも相当狂ってるぜ」


「そうかもしれませんね」

 

 アリスは腕を組む。

「それにしても、皆さん人間には厳しいのに、お仲間には優しいのですね。もっと制裁があるのかと思いました」


 ハヤトを指差す。ハヤトは狂暴だ、そういう目で見られてもおかしくない。


「制裁はするさ」


 口を開いたのはジンだった。


「町をこんなにした罪は重い。罰を与えないと皆に示しがつかないからな。でも、ケンタ君のように乱心する超常人は何度も見て来たし、皆も分かってくれるはずだ」


 ハヤトは腕を組み、二度うなずく。

 なるほどね、とアリスは呟いた。白衣のポケットに手を入れ、薄い唇が微笑むように歪んだ。薄気味悪いと思った。



 ユーマは不吉な予感がしていた。この人はこのまま簡単に引き下がってくれるのか、と。



 そして、勝手に身体が動いていた。



「つまらないですね」

 アリスはポケットから拳銃を取り出すと、ケンタに向けた。

 

 そして微笑むと、容赦なく引き金を引く。


 あまりにも突然過ぎて、ジンやハヤトでさえ動けなかった。その場で驚くしか出来なかった。もちろんケンタも銃を向けられているのに避けることが出来ずにいた。



 ――しかし。ユーマだけは違った。とっさにアリスの前に左手を伸ばした。考えるよりも先に身体が動いていた。


「――――っ!!」


アリスも驚いた様子を見せたが、すでに遅かった。引き金をもう引いてしまっていた。


 耳をつんざく銃声が二発した。


 ユーマの広げていた左腕に衝撃が走り、身体をねじる。


 そして、もう一発の銃弾はユーマの偽物のツノの片方を破壊した。




 長いようで一瞬の間、周囲に沈黙が流れる。折れたツノが、地面に落ちる音が響く。


 ゆっくりと左手を見た。つけていた手袋の真ん中に大きな穴が開いて、そこから闇の色をした五芒星が覗いていた。


 アリスの手から、拳銃が地面にこぼれ落ちた。


「ユーマ!」

「兄さん!」


 エリとケンタは同時に叫ぶと、ユーマのところへ駆けつけた。ミオも後をついてきた。


「アリス、お前!」


 ハヤトは一瞬にしてアリスのところへ走り、襟首を掴むと研究施設の壁に叩きつけた。ジンは激昂するハヤトを抑えるように後ろから身体を引っ張る。


「今、何しようとした!」


「何って制裁の手伝いですよ」


「殺そうとしていただろ!」


 あの距離だったら、ケンタに命中していたはずだ。



「ユーマ、大丈夫なの?」


 頭を触ってみるが、何も痛まないので、頭には当たっておらず、見事にツノだけに命中したのだろう。


 そして左手も開いたり握ったりするが、どこも痛まない。奇跡と言ってもいいぐらいに、うまくこの穴に銃弾が命中していた。


 あの時の衝撃は音速で発射された銃弾の衝撃波によるものだ。銃弾本体は穴に吸い込まれ、消えた。


「何ともないよ。これは凄いや」

 初めて、自分の能力が役に立った気がした。

 しかし、改めて自分のしたことを考えると、恐ろしくて震えた。思わずその場にへたり込んでしまう。


「ユーマ、平気か」

 重力で暴れているハヤトを抑え込んだジンは、心配そうにしている。


 撃ったアリスは逃げるように踵を返すと、研究施設の中に入って消えた。


「逃げるのか!」とハヤトが吠える。今にも噛みつきそうな勢いだ。



「……俺は大丈夫です」


「大丈夫なんかじゃないですよ。もし当たっていたら、今頃死んでましたよ!」


 ミオが珍しく怒った表情でユーマを見下ろしていた。


 ユーマは苦笑した。

「気が付いたら、手が出てました」


 ミオはため息をつくと、頭を抱えた。隣でケンタが震えながら見ているのに、ユーマは気がついた。罪悪感に苛まれている様子だった。


「ケンタに当たらなくて本当に良かった」


 再び、皆の視線がケンタの方へと集中する。


「兄さん、俺」


「いいよ、何も言わなくても。大丈夫だから」

 ケンタは俯き、拳を握りしめていた。

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